頭の痛みを癒す心の痛み

 学会があって、神戸まで来ているが、頭痛が止まない。仰向けになっていると、動脈の血流が重力に逆らわなくてよくなるからか、少しは楽なので、夜は出歩かず寝ている。出張費で来ているので遊びに行く必要はないが、人の話を聞くことによる情報収集が不足とはいえるかも知れない。
 横になって読んだのは、学術書でなく、村山由佳『ダブル・ファンタジー』。これは帯の惹句にあるような恋愛小説ではなく、書く人、創造する人の、身を切るような苦しみを綴った本だ。著者の苦しみと闘いは読む人に力を与えてくれる。

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カウントダウン

 いろいろな仕事を年越しさせないために、紅白のブログパーツを貼りました。特に学生の卒論だけは絶対に年越しできないので、このカウントダウンから何日か引くと、残り日数が分かるという訳です。もっとも、自分のブログも見なくなるほど、忙しくなる可能性が大。
 時計の音は、NHKの権利のマークの横にあるスピーカーのマークを押すと、オフが選択できます。

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19番目の政令指定都市

 先日、閣議で神奈川県相模原市が19番目の政令指定都市になることが決定された。私が子どもの頃と要件が変わっているので、どの町が政令指定都市か覚え切れていない。
 平成になってから指定されたのが、仙台、新潟、千葉、さいたま、静岡、浜松、堺、岡山なのだが、これらの都市には失礼ながら、仙台と新潟以外はどうも腑に落ちないのである。それまでの都市が人口百万都市ないしは圧倒的な地域の中心で、誰が見ても文句が言えない感じの町々だったせいか、どうもかさ上げの感がある。もちろん、これは一定以上の都市に自治権を強化する地方分権の流れといえるかもしれないが、静岡や岡山クラスの県で政令指定都市があると、逆に県などは要らないのではないかと思えてくる。相模原に至っては、周辺部にも圧倒的な存在感はない。町田と厚木の間の町ということ以外に何か知られているだろうか。せいぜい首都圏最大級のベッドタウンという話ではないか。三つも政令市があるなら、それらを強化すれば、神奈川県など要らないだろう。
 サンデープロジェクトが明らかにした、橋下大阪府知事の(イメージと異なり、実は)深謀遠慮、大阪府の発展的解消こそ、まともな考えに思えてくる。

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富山でもマニフェスト選挙

 超保守県である富山県の地方首長選でもマニフェスト選挙が始まった。県都・富山市と第2の都市・高岡市にはさまれた射水市(いみずし)であるが、これはもともと富山新港のある旧・新湊市と旧・射水郡(大門町、大島町、小杉町、下村)が合併してできた新市(合併後、市長選は2回目)だ。現職の旧・新湊市長大門地区から立った新人候補(県議)が挑む地域間の競争が、この静かなる保守県で異例の動きになったようである。
 新湊(しんみなと)は港町なので、地域的なまとまりが強く、時に県内の他では見られないような気合いが入る。港湾関係で旧・社会党系などもそこそこいて、県内平均よりはリベラルな町だ。地元の新湊高校が甲子園に行ったときなど、人口の5分の1?くらいが応援に行ったのか、町が閑散として「新湊がやってきた」と中央の新聞に書かれたくらいだ。このときは勢いでベスト8まで行ってしまった。普通、富山県勢は1回戦か2回戦で負けるのである。
 大門(だいもん)は全国に知られたものはないけれど、一人著名人を出している。読売新聞の中興の祖にして日本プロ野球の基礎を築いた正力松太郎である。

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北日本新聞が夕刊休刊へ

 富山県の最有力地方紙『北日本新聞』が夕刊を休刊する。夕刊の創刊は1940年、戦争中に中断した後、戦後夕刊が復活したのは、奇しくも自由民主党が結党した1955年だという。全く関係はないが、自民党政権と同じ寿命だったわけだ。富山は自民党が負けない(今回は1区は負けた)超保守王国である。
 もともと人口100万人程度の小さな県だし、メディア環境の変化からやむを得ないだろう。ただでさえ小さい市場に、ほかに石川県の『北国新聞』の姉妹紙『富山新聞』もあるし。持ち家率は全国一、生活保護受給率は全国最低なので、決して貧しい県ではないのだが。

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ヨーロッパハウスの移転

 三番町にあるヨーロッパハウス(EUの大使館にあたる駐日欧州委員会代表部がある)が港区に移転する。ただし、まだ建設が始まったばかりで、実際に移るのは少し先、2011年の話だが、今後のEUの業務の拡大には、今あるところは手狭になるらしい。EU(というより当時はEC)を勉強し始めたときは、ここに公開のライブラリーがあって、よく通ったが、それがなくなってもう10数年経っている。
 80年代後半から90年代初めにかけて、私の学生時代から会社時代は、九段下のイタリア文化会館とここで資料収集するのが、私のお決まりコースだった。両方が閉まる夕方からは語学教室や映画に行くという流れである。昔は蔦の絡まる古風な建物だったイタリア文化会館が数年前に高層ビルに変わり(会館の機能は内部に残っている)、それに続いて、大げさな言い方をすれば、わが青春の名残りが消える。
 新ビルは、EU研究の盛んな慶應にますます近くなる。

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金沢の書店事情

 頭痛から覚めてNHK衛星第1で流れる各地のニュースを見ていたら、金沢の書店事情のレポートがあった。
 金沢は私の生まれた高岡の親分筋(江戸から明治までは北陸の東京が金沢であり、北陸の大阪が高岡であった)に当たる町だが、書店事情は高岡で起こっていることが数倍のスケールで起こっている。つまり、中心街での書店の減少と郊外に大型書店という構図。
 金沢の中心街、香林坊にあった「うつのみや」という書店は、私が子どものころの憧れだった。高岡の文苑堂より大きい富山の清明堂より大きい金沢の「うつのみや」、当時のコピーは「本のデパート」だったと思う。それが香林坊から撤退してずいぶん経つ。県庁近くや駅ビルの店舗は残っていたが、やはり郊外に重点を移していたようだ。しかし、今は、外商に力を入れ、金沢に著名人が来るときは、自ら会場に出向いて著書などを販売しているようである。逆に駅と香林坊の途中のもう一つの繁華街、名鉄丸越デパートのある武蔵ヶ辻では、近くの近江町市場に関連づけて食に重点を置いた新しい本屋もできたという。
 しかし、状況が厳しいことは変わらない。今年の夏休みに行ってみたら、かつての「うつのみや」ほどではないが、とりあえず香林坊にあって、その代替にもなっていた中田書店(富山が基盤の書店)が撤退していた。数年前にはいったん金沢に進出していた大型書店ジュンク堂も駅前近くにあった店を撤退している。
 高岡の文苑堂は中心街、末広町の店舗が専門書を置くのをやめ、軽くなった。富山の清明堂は近くの大和デパート内に紀伊国屋書店ができて無力化した。車に乗らない限り、高岡の中心にある私の実家からは、まともな本を買うには、電車で富山に行き、さらに市電で西町まで行き、紀伊国屋に行くしかない。さびしい。

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頭痛からの脱出

 持病というほど大げさなものではないが、仕事やストレスが重なると、大阪時代に抱えた血管性の頭痛がときどき再発する。先週から授業以外のことはほとんどしていなくて、医者から薬ももらったが、頭痛の診断は難しいものなのか、痛みが止まるが目がしばしばして眠くなる副作用がきつくて途中で自分で止めた。
 大阪の医者からもらって助かっていた薬が切れて、その薬を今度の医者に伝えたのだが、自分の著書を振りかざし自信満々で前の医者の判断を覆す。薬が合わないときは医者にもう一度相談という原則は知っているが、たぶんそれを聞く人ではないだろうと思い、やめた。必要なら前の医者にカルテを送ってもらおうと思ったが、まだそういうことは日本では当たり前ではないようだ。
 とりあえず、4日続けて、家に着いたらすぐ寝て8時間以上寝るようにしたら、なんとか治まった。
 今後の対策。大阪の医者は慎重にスキャンをとってから判断した。東京の医者は私の説明から判断した。後者は基本的に説明が悪ければそれは患者の責任だという考え方だ。とすれば、医者を変えるだけではダメで、こちらが客観的なデータを持って提示する必要がある。近日中に脳ドックに行くことにする。
 いずれにしても大阪の若い医者のほうがよかったな。小さなクリニックだったが、診療時間超えても私の頭のスキャンをとってくれていた。

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濃厚接触者という言葉

 何とかなりませんかね。近くにいただけでこの言葉。いや、幸いに、まだこういう状況にはないのですが、もし今後、ゼミの学生が感染したら、私はこう呼ばれたくないし、逆に私が感染しても、学生をこう呼ばせたくない。たぶん、中立的な専門用語なのでしょうが、日常会話的にはやはり変です。「近接者」とか、もっと弱い言葉でも表現できるはず。パソコンの添付マニュアルのように、この世界ではこういうのですから、という感じ。やっぱり理系はダメだな。

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「メモリアル」を知っていますか?

 ロシア通やヨーロッパ通にはよく知られている団体ですが、以前からこのブログの親サイト「やそだ総研」でもリンクを張っているロシアの人権団体「メモリアル」が欧州議会のサハロフ賞を授賞しました。旧ソ連で政治的迫害を受けた人々の記憶が忘れないように運動している団体で、こうした記憶は現在のロシアの「プーチン流」興隆のなかで忘れられがちなことです。この機会に、偶然でも、一人でも多くの人に知られるように、ここにも掲載しておきます。

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«EUだから起きる、シェンゲンだからできる?