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仏新聞・雑誌の預言者ムハンマド漫画掲載に

 デンマークの新聞「ユラン・ポステン」に始まったイスラームの預言者ムハンマドの漫画掲載は、忘れかけていた「文明の衝突」という言葉を思い出させました。私は、9.11の反米、反資本主義的なテロリズムの問題の本質は、むしろ「文明の衝突」ではなく、アメリカの政治・外交そのものに根ざした問題へのイスラム原理主義者側からの乱暴な形の「応答」であり、それをあたかも「文明の衝突」として煽った政治家や一部の知識人に作為的なものを感じたものです。

 しかし、今回は、事情が違います。西欧文明の本質の一部をなす「風刺」が危機に晒されています。日本の世論はことが宗教に及ぶとして、どちらかといえば、事なかれ主義に流れているように思えますが、私は日本人としては少数派でしょうが、むしろ掲載した新聞、雑誌の「言論の自由」は基本的に守られるべきものだと思っています。

「フランス・ソワール」のあとを追って「シャルリー・ヘブド」がムハンマドの漫画を掲載したのは、もちろん商魂たくましい漫画週刊誌の経営戦略も原理主義者の行き過ぎに悩んでいるというもので、一つの主張としてそれほどひどいものではありません。むしろもともとのイスラームの教えの本旨にある平和の精神への期待とも読めます。イスラム教徒一般を人種差別的に馬鹿にしたわけでもありません。これをも禁じよというのは明らかに行き過ぎです。

画像はここで見れます。http://permanent.nouvelobs.com/medias/20060208.OBS5607.html

シャーリー・ヘブドに一挙掲載された、これまでに問題となったムハンマドの漫画を見ると、その幾つかはまさに西欧のエスプリの結晶です。なかでもパイプの先に預言者らしき顔をつけて「これは預言者の風刺画ではない」と題した漫画は最高でした。これはマグリッドが描き、フーコーも論じた「これはパイプではない」のもじりですよね。こうした遊び、こうした精神の余裕こそが西欧の強みだと思います。

私もどんな漫画でも許されるとは思いません。例えば、比喩がよくないかもしれませんが、ムハンマドがセックスに関わるような風刺で取り上げられたら、それはダメだと思います。というのは、キリストも仏陀もセックス的なことからは一応距離を置いて聖性を保っているわけですから。でもキリストも仏陀もはるかに愛嬌のある存在で、漫画でも結構ユーモア好きに描かれている気がします。

今回の派手な反発は、あきらかにイスラーム側の印象を悪くします。というのは、一人の漫画家への反発を一つの国家への反発に拡大してしまったからです。西欧とイスラームで、個人と社会の関係が違うことは知っています。しかし、国家を経由して特定個人を黙らせるということは民主主義の原則を根幹から崩します。むしろ、西欧はかつてファシズム、ナチズムでそれをやりまくり、その反省の上に今、民主政があるのです。

日本が本当に民主主義国であるならば、むしろ軽々に漫画のほうを抑える方向に議論を進めるべきではありません。これは宗教に関することだからと、当たり障りのない議論に終始して、敬遠すべき問題ではないのです。風刺は無害ではありませんが、民主主義社会においてポピュリストや独裁者を裸の王様にするワクチンです。正当な理由無きイラク戦争を指揮したブッシュ大統領の論理の貧しさを日々告発しているのも風刺であることを、世界のイスラームの民に理解してもらいたいものです。

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