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5月9日のもう一つの意味

ヨーロッパやEUの政治や歴史に関心のある人は、5月9日が何の日か知っているはずです。もちろん、「シューマン・デイ」、1950年5月9日に、今日のEUに先立つ諸機関のうち最初のもの、欧州石炭鉄鋼共同体の基礎となるアイディアをフランスのシューマン外相が発表した日です。その原案作成者が「ヨーロッパの父」ジャン・モネであるのも周知のこと。

では、1978年の5月9日は?実は、この日にイタリアでは極左テロ集団「赤い旅団」により誘拐されていたモーロ元首相(当時キリスト教民主党党首=イタリアの場合、党首は名誉職で、書記長が実質のリーダー。むしろ首相経験者など「上がり」のポスト)が殺害された日だったのです。現在、東京、渋谷のユーロスペースで公開中の「夜よ、こんにちは」はこの史実に仮託したフィクションで、殺害した側の若者の目線で描いたものです。

私も鈍行&夜行バスの貧乏旅行で見てきました。ストーリーは営業妨害になるので詳述しないこととしますが、さすがに私も中学生のころ、まだイタリアの何も知らなかったころなので、挿入される当時のニュース映像だけでも個人的には満足しました。ただ、テロ側の若者がモーロの人間性に影響を受けるという筋書きはいかにもという感じがあり、もう一ひねり欲しいと思いました。

このブログの読者は研究者とは限らないので付記しておきますと、モーロは戦後のイタリア政治の中心だったキリスト教民主党の代表的な政治家で何度も首相、外相などを歴任、当時イタリア共産党のベルリングェル書記長が唱えた共産党とカトリックの「歴史的妥協」のカトリック側の対応者と見られていた人です。この「歴史的妥協」自体が、70年代にイタリアで深刻化した極左・極右のテロの多発と経済政策の行き詰まりへの一つの答えであり得たはずですが、結局、モーロが暗殺され、数年後にベルリングェルも急死して、この選択肢はなくなります。

当時の政府は「赤い旅団」の求めには一切応じず、老い先短かったローマ教皇にも満足に仲介の役を果たさせず、この映画にも暗示されているように、むしろモーロを放置したのではないかという観測もあります。共産党との連携をアメリカからも危険視されていたモーロがもし死ねば、「歴史的妥協」は潰え、さらにカトリック側は左派への格好の攻撃材料を手にすることになります。それは、20数年後の今日、キリスト教民主党亡き後、その正統な後継者でもないのに、中道・右派のリーダー、ベルルスコーニが折に触れ、こうした過去のテロを左派の非難に使っているくらいです。

例え、フィクションでも戦後イタリア政治史上、最大のなぞであるこの事件に多くの人が再び関心を持ってもらえるなら、上映はそれだけで成功といえるかもしれません。もはや旧カトリック系と旧共産党系が連立を組むのは当たり前になり、次の大統領は史上初めて旧共産党系から出るかもしれません。その候補の一人が、ほかならぬ旧共産党系で始めて首相になりコソヴォにイタリア軍を派遣したダレーマなのです。

モーロという名は、この際、もう一度想起されるべき名前でしょう。

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