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イタリアのサッカーが世界最強だった頃

私はイタリア研究者を名乗っていますが、初対面のイタリア好きに会ってすぐがっかりされるようなところがあります。ルックスの悪さ、もあるかもしれませんが、私がサッカー、オペラ、グルメのイタリア3拍子に基礎知識以上のものを持たないからです。映画とポップ・ミュージック、アートはそこそこ知っているつもりなのですが。

サッカーはフィレンツェ留学中にセリエAのフィオレンティーナの試合を1ゲームみたのみ。それも0-0の非常に重苦しい試合で、つまりはイタリアのサッカー場でゴールの瞬間を見たことがない、というものです。

ただ、1ゲームでもイタリア人がどんな風にサッカーを見るかはよくわかりました。実際、そういう社会勉強の意味はあったと思っています。

まずスタジアムの周りは食べ物やグッズの屋台がたくさん出ていて、応援グッズは意外に高かったこと。値段の高い直線部分の席でない、ゴール周辺の曲線部分(クルヴァ=カーブ)に庶民や若者のサッカー好きが集まっていて、そこに座ったこと。アウェーの敵のファンは狭い区画に押し込められ、両軍のファンの間には数メートルの間隔が空けられ、緩衝地帯に警官が一列に並んでいたこと。

敵軍をやじる悪口の汚さ。「ユダヤ人」「中国人」が敵軍への悪口として使われることで分かる日常レベルでの本音の露呈。コインランドリーのコインを敵軍ファンに投げつけるときの投げ方。これは横に投げると緩衝地帯にはまるので、極力上方向に弧を描いて投げる。試合開始時に焚かれる発煙筒。試合直後の市内中心に戻る公営の臨時バスの台数の多さ、若いファンの乗った単車の多さ。

ところで、ワールドカップの薀蓄記事が雑誌や新聞に多く掲載されていますが、そこではたと気づいたことがあります。イタリアは3回優勝しているのですが、そのうち2回は連覇で34年と38年なのです。これはどんな年か。まさにムッソリーニのファシズム全盛期なのですね。共和国になった戦後は82年の1回(準優勝は70年、94年の2回)きりなのです。それにしてもブラジルは最近の3大会でも優勝、準優勝、優勝なんですね。メディアはよく、こんな相手に勝てると囃したものです。愛は人を盲目にしますね。

この1930年代、日本が満州事変から泥沼の長期戦争に入っていく過程は、イタリアがやはりエチオピアやアルバニアに侵攻し、国際社会からどんどんずれていく時代なんですね。ヒトラーがベルリン・オリンピックを「民族の祭典」にしたように、1934年の大会はイタリアが開催国でしたから、きっとムッソリーニも鼻高々だったでしょう。

しかし、これは、おそらく戦後のサッカーの繁栄の基礎にもなっていると思います。人間の歴史というのは、どんな出来事も善悪で簡単に峻別できるわけではありません。ある時期に国威発揚であれ力を入れたことは、その後のスポーツの繁栄にはよい遺産や蓄積も残すからです。

イタリア・サッカーにおける伝統あるチームは、やはりフィーアトのお膝元トリーノを本拠とするユベントスでしょうが、まさにここが発火点になってサッカー汚職事件が起こっているのは、この時期にいろいろ考えさせられます。ユベントスが日本のプロ野球でいうと「巨人」なのだと評していたのは、雑誌LEONの表紙モデル・ジローラモさんですが、ベルルスコーニ率いるミーランが金満チーム「西武」のようなものだとすれば、事件がミーランでなくユベントスに発したことは、より深刻な感じがします。

しかし、やはり私はサッカーそのものより周辺事項が気になる、その意味ではサッカー・ファンとはとても言えない人間ですね。ワールドカップ、実はほとんど見ておりません。イタリア対ブラジルなら、見るかも。

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