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プラウダのイタリア語版

世界は謎だらけ。

「やそだ総研」(このブログの親サイト)の新しいページを作ろうとして、ロシア情報なら、まず共産主義時代から有名なプラウダと思い、HPを探し当てると、外国語版の構成は、英語はいいとして、他はポルトガル語とイタリア語のみ。確かに西欧のなかでは共産党が強くて、いまだにロシア・シンパはいそうだが。他ならぬロシアが共産主義を捨てたのに。人間って、すぐには変われない?

プラウダにもビキニの女の子の写真が出るようになったのですね。でもイタリア語版のそれがハリウッドのラテン系のモデルなのは、なぜ?

プラウダはこちらを。http://www.pravda.ru/(右上に言語切り替えあり)

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アンタのわたし

昨年の途中から介護保険の掛け金を払う年齢になりました。そう、40歳です。

昔、都内でイタリア語を習っていたとき、先生が「おれももうすぐ40だ。アンタになってしまうよ。」といいました。アンタって、まさか日本語でもないしなあ、と思って聞いていると、いわく、イタリア語では30台までは、30がトレンタ(trenta)で末尾は「~エンタ」だが、あとは40 (quaranta)、50 (cinquanta)と、実は90 (novanta)まで延々と「~アンタ」が続く、というのですね。おもしろいとらえ方だなあ、と思いました。

みな、精神年齢も若くなっているし、特に女性は、私見では、30前後の人々がとてもきれいなので、30はその実、恐れるような年齢ではなくなっていると思います。しかし、40となると、もう飾っても無駄、ドラマ「結婚できない男」ではありませんが、悟って地金の人間力で生きていくしかないでしょう。本当に分水嶺のような気がします。30台までは、集団が2組あれば若者組に入れてもらえそうですが、40以上だと、どうがんばっても年長組です。

上記の先生の説では、イタリアでは30歳が崖っぷちではない。40歳まではまったく結婚適齢期だということでした。イタリアの有名な社会学者には60歳を超して、20台の女性を射止めた人もいます。その話を聞いて15年、日本もそれに近づいてきたのでしょうか。

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8月15日の不思議

 前々から不思議に思っていたのですが、亡くなった人々を偲ぶお盆の季節に終戦の日を迎えるのは、歴史の偶然にせよ、余りにも符合しすぎていて、奇妙な気持ちになったものです。大人になって、さらに8月15日がイタリアでは(おそらく他の少なからずのカトリック国でも)Ferragostoと呼ばれる祝祭日で聖母被昇天の祝日で、イタリアの国民の休日でもあることを知りました。イタリアの新聞の電子版は、この休日を楽しむ人々の平和なレジャーの写真を募って掲載しています。毎年いつも平和で静かな日であってほしいと思います。中国や韓国の人々の気持ちも分からないではないですが、この日は怒りの日にはしないでほしい。

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