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リヒテンシュタインの切手

仕事でリヒテンシュタインのお客さんに会いました。全人口が3万5千人の国ですから、日本でこの国の人に会うこと自体が珍しいです。その方は国会議員なのですが、全員で25人だそうです。それでも三つ政党があるところもヨーロッパらしい。

行ったことはないけれど、私には親しみのある国です。同国は同じ欧州の小国であるサン・マリノやモナコと同様、自国の切手を外国の収集家に売って国家の重要な収入源としています。私からお客さんにまず申し上げたのが、「私はフィラテリスト(切手収集家)です。」この一言のおかげで会話がスムーズに行きました。日本では少数派で馬鹿にされる趣味だけど、本来、欧州では大人の趣味なのです。欧州でも少数派になっているようですが。

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枝雀の落語

全日空の機中で枝雀の落語が聞けました。今聞いても面白い人です。

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市史の改ざん

木更津のホテルのロビーで呼んだ朝日新聞の千葉版に『流山市史』の記事が著者の意向に反し改ざんされたことが出ていました。市や企業の失敗を冷静に分析したと思われる記事が見事に削除、あるいは内容をあやふやにする形で加筆されていたものです。

市史というものは地元の人以外にはなかなか読まれないものですが、まさに著者も検閲者も地元の人だけにシビアな対立になります。しかし、どこであろうと基本的に歴史家に問われるのは事実かどうかであるはずで、解釈までしばるのは問題です。このようなごまかしが、地元には何も問題がないとうわべの安逸を生み、地方財政を傾け借金を重ねるもとになったのではないかと思います。これはおそらく流山だけの現象ではないでしょう。

中央の学会でも大学でもない場で戦う歴史家のいちばん厳しい場面での仕事だと思います。流山市史の著者に敬意を表します。

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死刑を見つめる視点

土曜日に日弁連主催の死刑をテーマにした公聴会を聞いてきました。仕事である行事を準備していてその事前勉強に、木更津で開催中の学会から抜け出して大阪の弁護士会館に聞きに行ったのですが、とても勉強になりました。

よくブログで行事の詳細を書く人が多いのですが、それはやはり主催者や実際に行った人に悪いし、著作権の問題もあるので、私の感想だけ述べますと、作家の高村薫さんの講演がすばらしかったです。その作品同様、緻密に構築された論理的な内容ながら、小説家として鍛えられた読者(この場合は聴衆)への分かりやすい説明の仕方、人間の感情にも配慮した、このテーマの基調講演としては最高のものでした。

実はこれまでに聞いた数々のシンポジウムの基調講演であまりいい講演を聴いたためしがないのですが、この講演はぜひ記録にして、多くの人に読んでもらってもいいのではないかと思います。

ただ感想だけですと、何がなんだかわからないのでひとつだけ書くと、高村さんがすべてを法律に委ねず、宗教にも、ここぞというところで位置を与えていた考え方にも共感しました。

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小さな偶然:トリーノを描く映画で

昨日、比較政治学会という学会でイタリアの政権交代について話したのですが、今日その学会が終わったあと、久しぶりで渋谷で映画を見ました。すばらしいことに渋谷のBunkamuraの映画館、日曜夜に千円で見せてくれるという素敵なことをしてくれていました。大阪の映画館もこういう洒落たことをしてほしいものです。また、東京至上主義の本音が出てしまった。

「トリノ 24時からの恋人たち」という映画で、もうずいぶん前から上映されていたはずです。まわりはリアル恋人たちでいっぱいでしたが、でなければ女性の仲良しコンビで、こういう映画はおっさん一人はなんとなく恥ずかしいです。

甘いラブ・ストーリーではないです。しかし、名作というものではないにしろ、見て納得のいく佳作でした。「佳作」というのは、なにか残念賞のようですが、言葉の原義に戻ると、「佳」の字は「よい」とか「よろしい」という意味があったはずで、ほめすぎにならないようにこの字を使いたいのですが、でないと、よくある「佳子」さん(いい名前です。私の小学校時代には同名の学級委員がいました)は「残念子」さんになってしまうはずです。

ひとつにはトリノのシンボルである塔(オリンピック中継でよく見ましたね)と、その中にある映画博物館がうまく使ってあったこと。イタリアでも日本以上に多い不安定な仕事に生きる若者たちの焦りや幻滅もよく現れていたこと。トリノ郊外のベッドタウンがよく描かれていたことです。

映画「トリノ24時からの恋人たち」日本語サイト http://www.crest-inter.co.jp/torino24/

モーレ・アントネッリアーナ塔を写すウェブキャム http://www.regione.piemonte.it/webcam/mole.htm

国立映画博物館(トリノ) http://www.museonazionaledelcinema.org/index.htm

観光的なイタリア紹介では、まるでイタリア人が中世の町並みが残る歴史的中心にたくさん住んでいるような印象を与えかねないものが少なくないのですが、イタリアでも労働者、庶民階級は大都市の周辺の殺風景な団地に住んでいるのです。ヒロインがその町の川辺を歩くと対岸に同じような形をした多数の団地が整然とたくさん並んでいて、都心からの路線の終点のバス停でさびしくバスを待つ光景なども、実は日本とよく似たところはたくさんあるのです。同じような町に住んだ経験からいえば、イタリアの間取りのほうが確かに日本より少し広いし、日本ほど家賃は高くはないです。ですが、日本人ほど電化製品その他を多数置かないので、別の意味で寂寞感があるものです。

実は、これは学会が終わったあとのまったくの遊びで見たのですが、神様は小さな偶然を用意してくれました。この映画のある決定的な場面でベルルスコーニの画像が効果的に出てきます。ベルルスコーニがどんな人か知っている人は笑えます。特に政治学研究者は絶対に。映画館の中では今ひとつ意味が伝わっていない感じでした。映画ですので、どういう場面かはネタばれになるので書きませんが、個人的には、昨日ベルルスコーニで自分の話を終えた一研究者には最大の週末の「落ち」になりました。

今日はよく眠れそうです。(社長@渋谷のネットカフェ)

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