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大阪でテレマンを聴く

などと書きましたが、バロック音楽に詳しいわけではありません。以前から気になっていた日本テレマン協会の室内楽コンサートを頭痛治療と称して(逆効果か?)聴いてきました。実は、日本ではクラシック・ファン以外に知られていないこの作曲家を知ったのは、やはり切手で、CEPT加盟国(EUより広くトルコも加盟)が統一テーマで発行する「ヨーロッパ切手」で昔、音楽がテーマの年にたまたまドイツ発行のテレマンの肖像の入った美しい切手を入手したのがきっかけです。

バッハみたいな形の人だなと思っていたら、やはり同時代の人で、「コーヒー・カンタータ」などといったテーマチックな曲も作っている。その後、今はないFM雑誌で日本テレマン協会の旗揚げを読み、日本でなぜこのようなバロック専門の組織ができるか不思議に思い、その後忘れていたのですが、なんと先日その活動の本拠は関西だと知り、二重の驚き。情報が東京に集中しているとはいえ、文化移入には一日の長ある関西、その深いところをかいま見た次第。

ドイツからいらしたベテランのチェンバロとヴァイオリンの素晴らしい奏者お二人で、大阪倶楽部という歴史のある紳士の会合場のようなところのホールで聴いたのですが、大変よかったです。やはり外国の大型オケなどの切符は高くて買えないし、吉本新喜劇(4千円弱なので諦めました)よりも安いというのが素晴らしいです。

ただ、私はやはりメジャーなバッハのほうが好きなのだと気づきました。ポピュラーに通じるケレン味というか、センチメンタルなところもあるのが、私のような単純な人間にはいいです。テレマンはちょっと高級な感じがします。

日本テレマン協会 http://www.telemann.ws/

大阪倶楽部 http://www.osaka-club.or.jp/

CEPT(欧州郵電公社会議=仮訳) http://www.cept.org/

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本邦本格EU本の時代!

大阪市内の淳久堂で中村民雄・須網隆夫編著『EU法基本判例集』を買う。日本のEU研究もここまで進んだかと感嘆。法学の先生方の政治的嗅覚も侮れず。どうする、政治学者?でも、今年から来年にもう一つすごいのが出ます。歴史で。

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楽しい音楽の時間

「のだめ」ブームに煽られて、私も高校生のときの音楽の授業のことを思い出したりしています。教育の力はすごいもので、寒い冬にいまだにシューベルトのセレナーデが頭によぎります。でも悲しいかな記憶は怪しいもので、この歌が入っている歌曲集が「冬の旅」だと思いこんでいました。「白鳥の歌」のほうでした。

私の高校の音楽の先生はオーソドックスな授業をする先生だったのですが、今思うとなぜわざわざドイツ語やイタリア語で歌わされたかよくわかります。原語がやはり音符の一つ一つにいちばん合っているのですよね。決して気取ってやっていたわけではないのでした。

高校で歌わされた曲は、ベートーベンの「愛(Ich liebe dich)」、シューベルトのセレナーデ、野ばら、スメタナのモルダウ(これは訳詞で)、ジョルダーニのカロミオベン、ここまでは確実で、これにマルティーニの「愛の喜び」が入っていたかどうか?これはシャンソン・オタクだった自分の知識が交じっていたかも。

ただ、今思うと不思議なのは、イタリアの「帰れソレントへ」(これは原語がナポリ方言なので日本語で歌う)「ラ・スパニョーラ」(こちらはとてもやさしいイタリア語)が教科書でイタリア民謡になっていたこと。どちらもいい歌(特に「帰れソレントへ」)なのですが、後でイタリア史の知識を得ると、これらは民謡というよりも、登山鉄道の「フニクリ・フニクラ」同様、テレビもラジオもない時代(19世紀末~20世紀初)のナポリを中心とした地域で作られたコマーシャル・ソングの元祖なのですね。

「ソレント」は実は地元ホテルや観光業のために作られたものだし、「ラ・スパニョーラ」に至っては高校時分は気づかなかったけど歌詞に英語でいうとエクスタシーに相当するイタリア語が入っているのですね。日本語の訳詞は教育上の配慮で当たり障りのない愛の歌になっていたけど、イタリア語が分かるようになった今、その意味を気を入れて訳すと「スペイン女はお熱いのがお好き。キスは昼も夜も。きつく抱き合ってエクスタシーに行くのよ。スペイン女はこんな風に愛するの。」といった感じなのです。旋律もえらい陽気な歌なのですが、特に上等な旋律でもないのに何でこんな花街の歌みたいなのを歌う必要が、それに高校の教科書に載っている必要があったのだろう?もちろん、この歌が嫌いではないのですが、なぞだ!意図がわからん。

ところで、こういう学生時代の音楽で歌った曲が思い出せるいいサイトがありますのでリンクしておきます。

「唱歌・童謡の世界」 

http://www5b.biglobe.ne.jp/~pst/douyou-syouka/

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初めて見た政治的映画

朝起きたら、夢うつつでなぜか自分が子供の頃、初めて見た映画を思い出していました。親と行った「東映漫画祭り」を過ぎて、初めて小学生の子供同士で見に行ったのは宇宙SFの「未知との遭遇」だったような。最後に出てくる宇宙人がいかにもで、子供たちでも「これかよ」という感じで突っ込んでいましたが、次が巨大なシャチと戦う男の「オルカ」と「カプリコン・ワン」の二本立てだったと思う。

「カプリコン・ワン」とは火星着陸船なのですが、実はこれがアメリカ政府の陰謀で、嘘のプロジェクト。火星に着陸したシーンはテレビセットで、そこで大統領の祝福メッセージが読み上げられる。ところが、嘘の発覚を恐れた政府に乗組員は地球への帰還中の事故を装って殺されそうになるという物語なのですが、この嘘を見破った記者か何かが、捜査官が持ち込んだ麻薬によって不法所持で逮捕されてしまいます。

子供心に、初めて、権力(当時はこの言葉は知らなかったので、何となく「えらい大人たち」くらいの意識)って恐いな、いざとなったら何でもしてくるのだな、そうなったら世間は権力のほうを信じて、誰も信じてくれないだろうな、と思いました。こんなことをオッサンになった今、思い出すのは軽いトラウマなのかもしれませんが、政治について書くこともある人間には、権力とメディアに関する警戒心の素で、これはとてもいいトラウマ?です。

以上、早朝のキーボード体操、終わり。

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この季節、鉄ちゃんたちの情熱

年末まで仕事が続き、ようやくの休みに久しぶりの原稿で苦戦して大阪で年越ししてしまいました。1月2日にようやく帰郷したのですが、大阪から北陸に向かうサンダーバードで車外をみると、敦賀の前後にある新疋田、南今庄といった無人駅ではないかと思う鄙びた駅のホームや近くの草むらにカメラを構えた鉄道ファンたちが、趣味に使えるこの時期を満喫していました。おそらく、新年の最低限のことを済ませて、残り少ない休暇のなかで自分の趣味に鈍行列車に乗り、これらの小さな駅で降りたのでしょう。

さすがというか、二つとも一人ではなく、二三人いたことで、どちらかの駅ではホームの両端にそれぞれ一人、さらに少し先の草むらに一人という感じでそれぞれこだわっていました。確か南今庄だったかと思いますが、すぐ先に山があって、トンネルから列車が顔を出す何とも言えない場所なのです。

私は鉄道は趣味でないのですが、郵便は趣味ですので、よく気持ちが分かります。それどころか、男のロマンというよりも、辛い現世の中のささやかな人間性の灯火という感じで、早朝ラジオの宗教番組のようなありがたさを感じます。(ただのマニア心か?)世の中の役に立たないことこそ、人生の醍醐味ですよね、鉄道ファン諸兄!

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