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プローディ首相、9ヶ月目の辞職

プローディ首相が辞任しました。外交政策に関する動議への投票で、もともと2議席差の上院で、連立与党から2人の投票不参加(棄権と区別される:上院では入場して棄権すると反対票に数えられるため、議員証などをかざして投票しない意志を示す慣行がある)、定員外の終身上院議員から2人の棄権(策士アンドレオッティ元首相と自動車車体メーカー経営者ピニンファリーナ)が出て、この場合の必要な賛成票160票にあと2票足りなかったものです。

(注)「上院は2議席差」と書きましたが、これは選挙終了時の数。315人の選挙で選ばれた議員のほかに定員外だがフルに議員資格を持つ7人の終身上院議員がいる)

投票に参加しなかったのは中道・左派連合のなかで反戦派の最左派3党のうち2党、再建共産党と共産主義者党の各1人の議員ですが、おそらく最近ヴィチェンツァで盛り上がった米軍基地拡張反対デモの余韻のなかで、イラクと異なりアフガンからの撤兵については慎重で「国際公約を安易には破れない」とする政権中枢への不満がたまっていたのでしょう。

1998年にも再建共産党の主流派の1票差で第1次プローディ内閣が信任投票で敗れ総辞職していますが、そのときと異なり、今回は再建共産党も党としては賛成にまわっていただけに、上院で伯仲する議席で余裕のないところが露呈しました。第1次プローディ内閣はそれでも2年以上続き、イタリア共和国史上、3番目に長い内閣でしたが、今回はわずか9ヶ月です。

ここ10年くらいなかった、多数派の形成が長引き事実上の政権不在の「危機」がまた訪れるかもしれません。今回の総選挙は新選挙法によって左右がまっぷたつに分かれただけに他の組み合わせの可能性が乏しいのが問題です。左右の境界を越えて政権を作っても、それは選挙で国民が選んだ組み合わせでなく、政権の正統性に疑問符がつきます。

中道・左派で再度、別の政権をつくることもは可能ですが、やはり、プローディ以外は今一つです。左派で人望の厚いダレーマ副首相・外相では、また10年前と同じ交代になってしまいますし、この際、もっと若いルテッリ副首相に代えるにも、彼のほうがプローディよりも左派から遠いのに納得されないでしょう。

「私なしにどこに行こうというのか」プローディ自身の言葉です。大統領による次期政権への協議が今日と明日続きます。

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ダレーマ訪日記事のこだわりどころ

一応、政治学の研究者として、仕事から帰って、まず手にするのは、ため込んだ古新聞ですが、2月3日の各紙は前日に共同会見したイタリアのダレーマ外相の訪日の記事を載せています。これが各紙の特徴が出ていて面白い。アメリカの閣僚なら大体同じ内容になるはずですが、イタリアとなるとかなり扱いが違います。しかし、今回の記事はどれもイタリアについては重要な内容があり、まずは合格点。

アフガン派遣軍の駐留を政権の「頭痛」と見る朝日は、会見記の前にイタリア情勢をつけて、国際面のトップ。最左派3党が撤退を求めるが、穏健改革派の政権中枢は国際公約として安易に撤退できない、上院で与野党伯仲のなかで政権に緊張感が走っていることを過不足なく書いています。「武力だけでは成果上がらず」というダレーマの言葉も引き出し、この旧共産党出身の外相が、アメリカ国内にもある撤退論を見越していることも活写しています。朝日らしいと言えば言えますが、これで過去2年分くらいのイタリアの撤退論議は凝縮されていて、とても便利な記事です。

これと相当違うのが読売。派兵ぐらいは当たり前というのか、イラクには触れないで会見のうち、左翼民主主義者(読売も他紙同様「左翼民主党」と書いていますが、このこだわりは政治学者以外は理解してくれないでしょう)とマーガレット(この党名は記事になし)が進める大「民主党」構想を中心とした真ん中下の囲み記事。

ダレーマ自身が言ったのか、「9党」からなる政権というのは、他で書いていないと思います。というのは、日本の新聞はよく閣僚名簿だけ見て7党連立と書くのですが、イタリアは多党分裂のため、政務次官のみゲットする政党もいるのです。くわしくは、「やそだ総研」のイタリア政府閣僚ポスト分配表をご覧あれ。「やそだ総研」式では10党と数えるが、うち2党は独立のまま議会内で統一会派なので、9党というのも間違いではない。

http://www31.ocn.ne.jp/~yasodasoken/governoprodianalisi.html

党に近い非議員のみを閣僚に送っている微妙な閣外協力?をしている党もあり、本当に専門家以外には分かりにくい。読売の記事で数え直してくれれば、イタリア認識は深まる。

ただし、小選挙区が「2大ブロックを作り」と書くのはいいとして、「2大政党制に近づいた」というのは事実に反する。「2大ブロック」のそれぞれの中で多党化がとまらず、実は90年代を通して、観察する意味のある有効政党の数は増えているのです。まあ、そこまで記事に求めるのは酷ですが。

ダレーマ訪日は少なくとも、こういう形で普段よく分からないと思われるイタリアの基礎情報を提供したという意味でも成功でした。

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王国のなかの共和国

昨日、休みをとって、協力者になっている科研の研究会で東京に行ってきました。その折りに山手線に乗ったのですが、車両丸ごと広告でロンドンが観光キャンペーンを打っていました。ロンドン市民がみんな青いバニーの被り物をしている「ロンドンバニー共和国」というのですが、連合王国のど真ん中で「共和国」とは、さすが左派のリビングストン市長、やりますね。そこまで考えていないのか?

ロンドンは2001年以来行っていないのですが、物価は安くなっていないでしょうね。好景気が続いていますから。ベルリンも対抗して「ベルリン・ベア共和国」とか、ローマも「ローマ・ウルフ共和国」をやったら、どうでしょう。パリは、「パリ・マリアンヌ共和国」か、「パリ・ガリアの雄鶏共和国」か?共和国すぎて広告の意味なし。

「ロンドンバニー共和国」 http://visitlondon.promotionbox.jp/

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周防監督に学ぶ正しい怒り方

痴漢冤罪を扱った映画「それでもボクはやってない」の周防正行監督が、「満員電車が走っているのはおかしい」と記者会見で述べたようです。「外国なら被害にあった女性は電鉄会社を訴えるだろう」と。皆さん、これについてどう思いますか。

電鉄会社がかわいそう、と思いませんか?日本のように過密した都市環境では、まして今の段階で過密ダイヤでこれ以上は無理だと思いませんか。たぶん、そういう意見のほうが日本では思慮深いと思われるでしょう。

私は断然、周防監督に賛成です。なぜかというと、そういう風に怒らないと現状は変わらないからです。電鉄会社にまず満員電車を走らせるな、と国民が言う。そうすると、会社は「じゃあ皆さん全員は乗せられませんね」と脅すでしょう。経費的にも無理ですよ、と証拠も出てくるでしょう。そこでひるむのではなくて、電鉄会社の努力で足りなければ、今度は時差出勤を優遇する措置などを政府に考えさせればよいのです。

無実の男性を罪人にしたり、男性を全員痴漢扱いする「女性専用車」などといった性差別は、人権侵害です。それを企業に許してはだめでしょう。人権は私的利潤より優先されないといけません。企業にできないなら、国が何かの手だてを打つべきです。

日本人は他人を思いやることでは他の国の人より勝っていると思います。しかし、時にはまず怒って、そこで問題を相手に投げ、その答えにさらに反論していくという強さも必要です。怒り続けるには、体力も知力も要ります。しかし、そうやって鍛えられたプロテストの文化がないと、国難などにぶつかったいざというとき、体が動きません。

大体、民衆の示威行為であるデモよりも道路交通を優先する国が民主主義といえますか?歩道でデモなどナンセンスです。国民も、自分の交通ばかりを考えず、ストやデモがあるときは、明日は我が身、いつ自分が自分を守るためにそういうことをしなければいけないか、想像しなくてはいけません。ストやデモがあって会社にいけないときは、従業員は会社に謝る必要はないのです。

そういう国にしませんか?

「それでもボクはやってない」 http://www.soreboku.jp/index.html

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