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アンコーナへの想い

相当のイタリア好きでないと知らない町、アンコーナ。マルケ州の州都であるこの町を日本で例えると新潟だろうか。どちらも、対岸は旧共産圏で冷戦期には一定の緊張感もあったが、民間の貿易は絶え間なく続いていた大きな港湾都市である。

ナンニ・モレッティの映画を政治学の立場からまじめに論じる機会を与えられたので、彼がカンヌを制した「息子の部屋」の日本語パンフを見たら、いかにもイタリア語を聞き書きで書いた「アーンコナー」という表記に、これはひどいな、と思った。

モレッティがここを映画の舞台に選んだのは、豊かな北部と貧しい南部のどちらにも偏しない中部のこの町で、人間そのものをよく描けるからだという。行ったことはないが、雰囲気は分かる気がする。

実は、私は行ったことがないのに、この町の情報には多く接している。大学では文学部(筑波では人文学類という名称だったが)の史学科で西洋史学を勉強していたのだが、卒業論文で、テーマに選んだのが、中世の一時期アドリア海商業をめぐってヴェネツィアのライバルだったアンコーナの12世紀のできごとだった。

その後、アンコーナの情報に接したのは、日本の女子バレーのプロ化開始直前に、一時、日本の社会人チームを去った大林素子と吉原知子がここのプロチームに入ったことである。吉原は間もなくローマに移籍したが、二人はイタリアの都市のなかでも派手さはないが、経済・社会的にもいい街で生活できたのではないかと想像する。現在北部のヴィチェンツァにいる高橋みゆきも環境はいいのではないだろうか。

ただ、お金も時間もあまりない三流研究者の身では、研究に少しも関わらない地方都市に行くのは、贅沢すぎる。よきにつけ悪しきにつけ、人生の転機が来たら、無目的に訪ねたいと思っている。

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