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「富山」が動いた

保守王国の富山で自民が敗れた。

もともと県内自民党の最有力政治家だった綿貫氏が国民新党代表になったという事実がなければ、絶対この結果はなかったはずだが、どんなときにも自民党を選んできた富山が自民を不信任したのは、ここに生まれた私には衝撃である。

やはり保守が強い佐賀でも自民が敗れている。歴史的な選挙である。

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セカンド・ライフでの政治闘争

セカンド・ライフ上にイタリアの公共事業相ディ=ピエトロ(汚職捜査の判事から政界に転じた大衆的な人気のある政治家)の政党が作った島に、環境団体レーガンビエンテの島からプラカードを持ったアバター達がやってきてデモを敢行したらしい。環境団体のほうも島を持っているから、対抗デモも今後あるかもしれない。

セカンド・ライフでは何でも可能なのか?まず、実社会で起こりうることは当然起こる。実社会で起こりえないことも起こりうる。

週刊誌情報では、セカンド・ライフ上で他のアバターと性交に及んだ人もいるようですが、そんなの楽しいのかな?おままごとのようなものでは?

日産の車の自動販売機は一度使ってみたいのですが、そんなところで遊ぶほど、今、余裕がないし、やり始めるとはまるかもしれないと思い、当分セカンド・ライフには近づく気はしない。

いつか余裕ができたら、セカンド・ライフ上に自分の個人研究所を作り、仮想著書でも売ろうかな?誰も買いません。

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携帯世代への誤解が一つ解けた

例によって、コインランドリーで新書を読む。浅枝大志「ウェブ仮想社会『セカンド・ライフ』」(アスキー新書)を読む。最近話題のウェブ上のヴァーチャル世界について、ようやくおぼろげにイメージを得る。

この話題について知っている人はみな知っているだろうが、日産自動車の自動車の自動販売機の話は私はこの本で初めて知った。最近、業績がイマイチのこの会社もヴァーチャル空間の利用は革新的だ。遊びが効いている。(あまり詳しく書くと、本の著者に悪いので、何のことだと思った人は本を読んでください。)

要するに、このヴァーチャル世界では、ヴァーチャル世界での自分の分身であるアバターの持ち物であるヴァーチャルな品物も買えるし、ネット・ショッピングの立体版のように本モノも買えるらしい。実世界でクルマを買えない私もヴァーチャル版のクルマのオーナーになれるわけだ。

実は、この本で案外、私にとって眼から鱗だったのは、なぜ著者のような20歳台以下にとって携帯があれほど重要かヒントをくれたこと。彼らは個人情報保護の制限を受けて、私の世代のように親の職業や住所を書いたクラス名簿をもらっていないのだ。だから年賀状も携帯メールで出すことになるし、携帯でしか使えない電話番号とメールアドレスしか連絡手段がない。これを考えると、われわれの世代とは全然違う情報環境で否応なしに生きざるを得ない彼らのつらさも多少分かる。彼らはよほど親しい間でない限り、郵便を使いたくても使えない。携帯という飛び道具による空中戦しかないのである。子供もつくらず、学界という島社会にいるとこれには気づかない。

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ハリーな町、つくば、富山

アマゾンがハリー・ポッターの新刊予約注文数による日本で一番ハリーな町ランキング100を掲載しています。

詳しく紹介すると著作権に触れるかもしれないので、1位は秘密にして、母校のあるつくばや近隣の牛久が上位なのは、さすがに日本一博士の多い街。つくば効果か、首都圏の住宅地拡大か、松戸、取手、流山、柏など常磐線近辺が以外に熱い。ちょっと前まで「南・東北」かと思っていた茨城県も、もうほとんど埼玉と同じ感じです。

大阪周辺も多くて、結構インテリが多いようで、これまで関西をバカにしてきたことを反省。交通マナーは悪いが、知的でないわけではない、と、評価を訂正します。

郷里の富山県から富山市が入り(高岡も金沢も入らないのはなぜだ)、やはりただの田舎ではないことにほっとする。富山県人から見て近県で文化的に一目置く長野県では松本市、塩尻市が入り、さすがだ。

もちろんハリー・ポッターを読めばインテリというわけでもないですが、普通に暮らすと、大人になるとなかなか英語の本まで読めないものです。田舎に帰ると、本当にそういうところが寂しい。私が都会や大学周辺をなかなか離れられないのもそのため。

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マニフェストの入手可能性

選挙に入ってから、普通に生活していて入手できた政党のマニフェストは2種。比例区に出ている女性党がある朝、石橋駅前で配布していた。今朝、蛍池駅で共産党のを入手した。どちらもあまり私には参考にならない。ネットで読むより冊子のほうが、やはり寝転がっても読めるからいいのだが。本当にコンピュータって、寝ながらやれないから不便。

この程度の入手可能性しかないなら、やはりネットを大いに活用できるようにしなくては、と、ここ数日の自分の考えにこだわる。もっといろいろなところで配り、また、街の要所要所で入手できるようにしてくれないと。

一つ提言なのだが、主要政党のマニフェストは、各新聞取り扱い店(キオスクでなく、新聞屋さん)におけるようにしてはどうか。というのは、現実的に可能なくらいの規模で、かつインフラとして日本の津々浦々にあるのは、郵便局と新聞店だと思うのだ。でも郵便局は土日には閉まるし、数が多すぎるので大変だろう。新聞店なら石橋のような町でも3つはある。

日本の都市にはヨーロッパのような広場が少ないのがハンディキャップだ。イタリアでは、選挙期間中、こういう広場に政党がテントを張って、ビラや文書を配っていた。広場は主要な辻辻にあるので、簡単に入手できる。また、政党の地方支部が充実していて、私が住んでいたフィレンツェでは、ずっと市政の与党が旧共産系だったが、市内に数ヶ所、旧共産党系の文化センターがあって、そこは普段から講演会、読書会、映画上映、ミニコンサートなどをしているのだが、こういうところにいけば、情報がとれる。もちろん会員でないと利用できない部分もあるが、私は近所にあった共産系文化センターのバールでコーヒーも飲んだし、バスチケットも買った。

日本では、政党助成金を受ける政党でも、オープンな施設が少ないのだ。支持者のみ入れる内向きの後援会事務所があるにすぎない。本当の支持者というのは、候補者に対して、自分は絶対入れるから構うな、他の支持者を獲得に行け、と言うべきで、支持者だけの内向きのお祭りをしていてはいけないはずだ。

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ビデオ版マニフェストは可能か?

政治学の片隅にいながら、選挙についてあまりにも無知だと実感している昨今。各党のマニフェストがネットでダウンロードできても、読むには相当忍耐が要ります。

共産党は支持していないが、ある意味、主張は読みやすい。自民党と民主党は政権をとる可能性があるから、内容が豊富になるのはわかるけれど、正直ビデオにでもしてほしい。そうすれば、風呂上がりにビールでも飲みながら見られる。

と書いて、なんでCMや政見放送があって、マニフェストのビデオ版がないわけ?働いている人に文書を読めと言っても、それは面倒。CMは論外だが、政見放送もあまり参考にならない。主要政党で元アナウンサーっぽい人たちと党首の対談形式が多いのですが、司会役のほうの党首への気遣いが見えすぎて、正直あまり気持ちよく見れない。自分の所属党首には国民の前では過度の敬語にしないほうがいい。

イメージ・ビデオでなく、ドキュメンタリー、ないしはNHK教育テレビ的にまとめたビデオ版マニフェストを選挙法で可能にして欲しい。

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ハリー・ポッターにおける本vs新聞vsネット

ハリー・ポッターの発売開始を数時間前に控えて、2,3日前からその内容の暗示に関わるメディア間の一種の緊張が生まれています。

アメリカの「ニューヨーク・タイムズ」と「ボルチモア・サン」が発売に先立って書評を発表しました。ニューヨーク・タイムズは同紙の書評のエース、ミチコ・カクタニ氏の筆です。さすがに両紙とも伝統ある新聞で、筋書きを安易にばらしたりしませんが、その評価によって勘のいい人たち(両紙の読者には多い)には幾らか内容が想像ができるようになっています。

著者のローリング氏は、子供たちには自力で結末に至ってほしいとウェブサイトで事前報道を無視するように働きかけたようですが、大人の読者も多いこの本、いろいろな思惑が働きます。

ネットにはすでに闇で入手した最終巻を勝手にページ掲載している輩もいるようですが、上記の新聞各紙もネットから入手したのではないとわざわざことわらざるを得ないほど過熱気味です。書評子には出版社が発売前に本や原稿を見せることはあることですが、書評そのものの発表のタイミングについては、これから少しもめるかもしれません。

本というのは、封印されていても物理的には事前に開封できるものですから、事前漏洩はあり得ることで、おそらく本の形でなく、ネット上での刊行ならば発信先のセキュリティーを厳格にすれば逆に秘密が特定の時間までは隠せるはずですが、本であるがゆえに事前にネットに暴露されるという、いかにも今日的なメディアの問題を凝縮した光景です。

こういう見方はいけないのかもしれませんが、私はむしろこの状況は各メディアがそれぞれの意地を見せているようで好感すら持ちました。本の著者は本の読者をまず大事にし、新聞は情報を早く得たい新聞の読者を大事にし、ネットの事前公開は明らかに違法ですが、そこに若干ですが、旧式メディアに対するプロテストも感じなくはないです。

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ネット選挙のボーダーライン

今朝の日経2面に選挙期間中でも政党HPのニュース記事は更新できることで禁止されている政見との区別が微妙だと書かれています。

そうなんですよね。自民党のHPにも安倍さんがどこでどういう演説をしたということが簡単な記事ですが、更新されている。これって政見でないのか?

本人からの発信でなく、客観的な報道ということなのでしょうか。深い根拠も加えず、他党批判の言葉のみ紹介されたら、かえって公正を欠きますが。

やはり全面自由化のほうがいいです。

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今更、レーニン伝を買う

大学の生協で今更ながら、トロツキーの『レーニン』の文庫新訳を買う。
買った理由は、
1.近年の出版界の奇跡、光文社古典新訳文庫の1巻だったこと。イタリアで超有名だが日本で全然知られていないブッツァーティを出したすごい文庫。
2.この本の副題「伝記のための覚え書」がスピネッリ(私が研究しているイタリアの連邦主義者)の伝記の副題にも使われていたことに気づく。もじりに気づかないのはインテリじゃない。恥ずかしい。
3.訳者の森田氏が1965年生まれの大学非常勤講師。(勝手な親近感)
4.トロツキーの序言の追記にしびれた。「レーニンがレニングラードで逮捕されたと言えるだろうか」この本が出た頃の他の本にある倒錯的な(帝政期の記述なのにレニングラードと書く)記述批判であると同時にサンクト・ペテルブルクに戻った今を予言するような言葉。「この新しい都市名(レニングラード)も、おそらく何年、何十年と立てば、現実的な歴史的意味を失うだろう。」1924年の言葉。
ちなみにこれを書いているとき、レニングラードと入力すると、ワープロソフトが勝手にサンクトペテルブルクですよ、と茶々を入れる。うるさい。私とトロツキーの間に入らないでくれ。

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ネット選挙委員会は可能か?

昨夜書いた記事で「ネット更新を妨げる政党、議員を炙り出せ」と書きましたが、もちろんネット更新解禁による弊害も込みで、やはり自由化の益が大きいと思います。

もちろん、ルール作りは必要で(それを自由化を送らせる理由にはしてほしくありませんが)いわば、「ネット選挙管理委員会」のような監視機関は必要でしょう。選挙に当選することを目的とせず、選挙を自分たちの広報の手段としかしない泡沫政党もいるからです。

とりあえず、現在政党補助金を受け取っている政党に限ってもいいかもしれません。その代わり、それはすぐやるべきです。

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ネット更新を妨げる政党、議員を炙り出そう

今回も間に合わなかった選挙中のホームページ更新の解禁。もはやネット難民のように家がなくてもネットに接しうる状況下で、まだ街宣車のほうを重視する政治家はまったく理解できませんが、既存メディアの側も情報の独占が失われるのを恐れてか、徹底的な批判を避けているように思えます。

参議院選後、すぐに行うべきこと。次回の国政選挙までに選挙中のホームページ更新を認めるかどうか、全議員にアンケートを。反対者も無回答者もネットへの「抵抗勢力」として炙り出そう。

朝日新聞でやって頂けませんか?新聞がネットに後ろ向きでないことを示すと、かっこいいし、そういう姿勢をとる新聞がネット時代でも残るはず。投書でもしてみますか?

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ハリー・ポッター対イスラエル宗教政党

全世界が土曜日の『ハリー・ポッター』最終巻の発売を待っているさなか、ユダヤ教の休日である土曜日に書店が営業しようとしていることに、イスラエル連立政権(イスラエルの政権はいつも連立ですが)に宗教政党シャスから出ている産業貿易労働相を含む有力政治家が反発。土曜に営業する書店に火をつけると息巻いているとか。

世界がハリーが死ぬかどうか心配しているさなかに、書店に火をつけると洒落にもならないのではないだろうか?

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命名の自由?

台風報道で出てくる地名が、市町村合併による変名で分からない。「四国中央」ってどこだ。分からないのは、地方自治といっても、他の四国の自治体が異を唱えなかったかということ。権利としてあっても、洗練されていないものはやらないという美意識は働かないのか。また、仲間内の忠告というものはないのか。
石橋にできた定食チェーン店「宮本む○し」という名前。これを認める関西人のセンスも分からない。「武蔵」だからか?

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参院選後、日本政治はイタリア化する?

安倍首相が連日、民放ニュース番組に単独出演していることに、参院選公示前に現職首相の地位を利用した事実上の選挙活動ではないかと批判があります。

イタリア政治をウオッチしている私には、昨年のイタリア総選挙の法的拘束のかかる前に当時のベルルスコーニ首相がやはりテレビに出まくったのを思い出してしまいます。当時のベルルスコーニ政権は経済失政で内閣改造、地方選敗北とまさに満身創痍、とても野党に勝ち目のないなか、少しでも自陣に有利になるように選挙法を改正したばかりでした。しかし、少なくとも野党のリーダー、プローディ現首相よりはハンサムで精力的ではあります。

政策はともかく、テレビ利用に関しては、民放主要3局の事実上のオーナーであるうえに、マーケティングの専用スタッフを抱えるベルルスコーニに分があり、選挙終盤までに支持率はじりじりと上がり、最終的に負けはしたものの、得票率で1%程度の僅差、上院では国内分では勝利、海外投票を入れてようやく2議席劣るという伯仲状態で、政権交代はしたものの、勝った左派もいつ政権が崩壊してもおかしくないギリギリの状態です。

まさか、世耕首相補佐官率いる自民党政権の広報チームが、イタリアの例にならったわけではないと思いますが、このテレビ利用の成果が気になります。ベルルスコーニは数々のスキャンダルを抱えた人物なので、安倍首相と比較したら、安倍さんがかわいそうですが、現役首相の選挙法規制前期間のメディア出演については、衆議院などの突然の解散もあり得るわけで、結局法規で拘束は難しいのではないかと思います。任期満了なら遡って期間を設定できますが。

やはり、問われるのはメディアの自覚です。もちろん、閣内にスキャンダル続きの安倍首相を追い込む質問で自民党敗北を加速するかもしれませんが、逆に質問が悪ければ、首相のイメージアップに荷担することになります。選挙前の決定的な瞬間に、この両面の危険性に備えるメディア側の覚悟はいかに。

ところで、もし参議院が伯仲となれば、勝者プレミアム制で下院で安定議席を持ちながら上院で2議席差のイタリアの現政権と同じような位置に日本の現政権も置かれます。ただし、日本の現政権のほうが衆議院の議席が圧倒的に多く、政党も2つなので、9党連立ともいわれるイタリアよりは全然安定的でしょう。またイタリアは両院対等ですが、日本では重要事項で衆議院に優越を認めていますので、政権維持は政策遂行の遅れを容認すれば可能です。しかし、このグローバル時代に、ただでさえ遅い対応を、より遅くしてよいのか、巨視的な見方も必要でしょう。

あえて、大連立も選択肢として考えるべきかもしれません。

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イタリアには既にある「海洋相」

「海洋基本法」に基づく新設の海洋政策担当相を冬柴国土交通相が兼任との報道。イタリアにはすでに海洋相があります。環境相の兼務で、現在の内閣では、環境相の担当は、「環境および国土・海洋保全」となっているのです。

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reform treaty, treaty reform

EUのreform treaty、どう訳すべきでしょうか?駐日欧州委員会代表部HPは「改革条約」。でも、treaty を reform するなら、「改正条約」ではないのか。確かに、こう訳すと「条約改正」という普通名詞に似てしまい、一個の独立の条約ではなくなるが。でも、内容は、本当に、EUそのものをリフォーム=「改革」「改良」しているといえるか?それとも、リフォーム=「改装」「改築」「改造」なのか?お堅い公式訳を別にすれば、改造条約なんか分かりやすいなあ。「改革」条約よりは、「刷新」のほうがまだ、いいのでは?

調印地によるニックネームを待つしかないか。調印はいつ、どこになるのか。まだ、準備作業のための政府間会議の開会しか決まっていないのですが、条約の調印地はリスボンになるのか。そうすると、EUの競争力強化のリスボン戦略と紛らわしいが、どうなのか?ポルトガルの議長国期間に調印するなら、首都は外して、ポルトなどがいいのでは?思い切って、アソーレス諸島まで行くと、イラク戦争の記憶があって、ダメかも。

ああ、ヨーロッパって、ほんとにややこしい。(今更...)

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