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ハリー・ポッターにおける本vs新聞vsネット

ハリー・ポッターの発売開始を数時間前に控えて、2,3日前からその内容の暗示に関わるメディア間の一種の緊張が生まれています。

アメリカの「ニューヨーク・タイムズ」と「ボルチモア・サン」が発売に先立って書評を発表しました。ニューヨーク・タイムズは同紙の書評のエース、ミチコ・カクタニ氏の筆です。さすがに両紙とも伝統ある新聞で、筋書きを安易にばらしたりしませんが、その評価によって勘のいい人たち(両紙の読者には多い)には幾らか内容が想像ができるようになっています。

著者のローリング氏は、子供たちには自力で結末に至ってほしいとウェブサイトで事前報道を無視するように働きかけたようですが、大人の読者も多いこの本、いろいろな思惑が働きます。

ネットにはすでに闇で入手した最終巻を勝手にページ掲載している輩もいるようですが、上記の新聞各紙もネットから入手したのではないとわざわざことわらざるを得ないほど過熱気味です。書評子には出版社が発売前に本や原稿を見せることはあることですが、書評そのものの発表のタイミングについては、これから少しもめるかもしれません。

本というのは、封印されていても物理的には事前に開封できるものですから、事前漏洩はあり得ることで、おそらく本の形でなく、ネット上での刊行ならば発信先のセキュリティーを厳格にすれば逆に秘密が特定の時間までは隠せるはずですが、本であるがゆえに事前にネットに暴露されるという、いかにも今日的なメディアの問題を凝縮した光景です。

こういう見方はいけないのかもしれませんが、私はむしろこの状況は各メディアがそれぞれの意地を見せているようで好感すら持ちました。本の著者は本の読者をまず大事にし、新聞は情報を早く得たい新聞の読者を大事にし、ネットの事前公開は明らかに違法ですが、そこに若干ですが、旧式メディアに対するプロテストも感じなくはないです。

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