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ローマ市長の返り咲き?

 ローマ市長選(市長候補を筆頭に掲げる政党リストで戦う市議選と連動する=したがって落選市長候補も市議になる可能性が高い=が、候補者名で投票できる。市長選は過半数取れなければ上位二人で決戦投票)の中道・左派候補にルテッリ副首相。その後援委員会も結成された。もともとローマ市長(1993〜2001)での成功を糧に2001年総選挙で統一首相候補となった(ベルルスコーニに敗北した)人物である。当選すれば、返り咲きということになる。
 現市長のヴェルトゥローニが次の左派の統一首相候補となるためだが、このヴェルトゥローニは第1次プローディ内閣の副首相で、左翼民主党(PDS)のダレーマが首相となるのに従って、再編された左翼民主主義者(DS)の書記長になった後、その職をファッスィーノに譲り、ルテッリの後任のローマ市長になったのである。民主党に合同した穏健左派と中道の主要ポスト棲み分けにも見える。
 まるで副首相、首相候補と首都市長の職を二人で交代するような形になり、日本から見ると不思議だが、おそらくは日本と似た事情とそうでない事情が相まっている。
 一つは、人材不足。1993年時点では新興の改革勢力だった二人ももうベテランである。左派の固定客である国民の3分の1くらいには彼ら現代的な穏健改革派の評判はいい。しかし、彼らにとって代わる玉が左派になく、新味がない。実は、この1993年から市長の公選が始まったわけで、こうしたことが起こるのは、逆に市長職がそれだけ国内政治全体で重要なものになったことも意味する。アメリカ好きでニューヨークの市長名を何人か言えない人(私でもブルームバーク、ジュリアー二の他に、ラ=ガーディアやコッチとか出てくる)はいるまい。しかし、イタリア好きでもかつてこの町に住んだ人を除けば、1993年より前の市長名を思い出せる人はほとんどいないだろう。
 私は1999年の欧州議会選・地方選でヴェルトゥローニの演説をフィレンツェで聞いたことがある。インテリらしい風貌に反して声量はあって堂々とした演説であり、知性も感じられたが、何かが足りないという印象を持った。簡単にいえば、大衆性ということだと思うが、その土俵ではベルルスコーニには誰も勝てない。中道小政党や最左派を失った新生(新星?)民主党がイタリア版「純化路線」で突き進みつつある現状は、実は危機的であるのだが、オバマ・ブームにあやかって勝利への期待感を煽ろうとしている。
 この類推は成り立たないのではないか。オバマは中央政界ではまだ数年のキャリアしかない。しかし、1993年からはもう15年も経ってしまっているのだ。日本ですら、1993年や1996年の時点での主要な政治家はもう表舞台にはいない。わたしがイタリア左派と類推するのは、ヒラリー・クリントンだ。

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