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図書館を評価する私的指標

 政治思想の論文に引用されていたカントのマイナーな論文を邦訳で調べられないかと思って、自宅の周辺を中心に東京の公立図書館横断検索でカント全集の所在を調べる。調べたい論文は70年代に編まれた理想社の全集には入っておらず、世紀をまたいで刊行された岩波の新しい全集に入っている。
 しかし、区立図書館(都立は日比谷以外はまず館外貸し出しをしてくれない)のうち、東部では古い全集のみ。新しい全集は東京の中部・西部に行かないとなかった。これは、高額所得者が西と南に住む東京の配置と無関係ではないと考える。20巻を超えるカント全集はあるいは買いにくいかもしれないが、7巻のマキャヴェッリ全集は買いやすいのか、イタリア人気?なのか、東部にも所蔵は多い。
 公立図書館の指標によく所蔵冊数が挙げられるが、あまり意味がない。質を見るには、やはり基本的な文献があるかどうかを見なければなるまい。その際にはやはり学問の王、哲学文献を指標とすべきではあるまいか。政治学や経済学のように時代の変化を受けやすいものはともかく、古典的な哲学は確実に揃えてほしいものだ。
 大学にはあるだろう、とwebcatで検索をかけるとカント全集はさすがに300件以上ある。しかし、キケロー選集が7件しかヒットしないのは不思議だ。この人名の日本語表記には短くキケロという表記もあるので、そのためかもしれないが、古典軽視でないことを祈る。この指標は、ある程度まで大学評価の指標にも使えそうだ。
 なお、こうした所蔵データは有無を含めて各図書館の占有情報なので、具体的にどこにあるかは書けません。あしからず。

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