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無料新聞『メトロ』

 90年代末から何回かのヨーロッパ滞在(といっても、ほとんどがイタリアだが)で、イタリアでも、オランダでも地下鉄や市電の駅に置いてある『メトロ』という無料新聞を手にとったことがある。無料(広告のみが新聞社の収入源)といっても、結構ちゃんとした新聞で、タブロイド版で論説などはなかったにしても、日々のニュースは十分入っている感じだった。あのゴッホの末裔でイスラム教徒に暗殺された映画監督のテオ・ファン・ゴッホ氏もオランダ語版にエッセーを連載していたようだ。
 不思議なメディアだなと思っていたが、今回それを教えてくれる本が出た。稲垣太郎『フリーペーパーの衝撃』(集英社新書)である。それによれば、『メトロ』紙の発祥の地はスウェーデンであるという。創業者は学生時代に「新聞経済学」の授業を受けてアイディアを思いつき、既存の新聞社に勤めた後で、投資会社から資金を得て起業したという。こうして見ると、アメリカだけでなく、ヨーロッパにも、起業に役立つ大学の授業があり、また実際に経験を積んでから起業というしっかりとした起業マインドを持つ若者や、その才能をうまく見極める投資会社があることが分かる。
 その後ヨーロッパだけで15ヶ国、世界22ヶ国に広がったというから、私が手にしたのは、その数ある版の幾つかということになる。既存の有料紙との対抗関係にも面白いエピソードがたくさんあるが、それはこの本を買って読んで頂くとして、一点納得できたのは、著者がスペインにも取材して、無料紙台頭の理由の一つに有料購読者数の少なさを挙げているのは、まさにイタリアでも同様なので納得がいった。
 時間やお金のない人に向けてこういう新聞を考えたという創業者のアイディアは、格差社会で余裕のない貧困家庭や、練られた長い文を読めない若者の増加などの日本の現状にも合っているのだが、とても悲しい側面も多い。こういった新聞に載るのは、短く読みやすい記事、つまりは純粋な情報のみで、論説や長いルポなどの余地がない。有料紙を甘やかしてはいけないにしても、テレビやネットなど瞬発的、感覚的なメディアの発達のなかで活字の孤塁を守っているかに見える新聞の基礎がこれ以上危うくなることは心配だ。
 そんな認識は古い、すでにネットで新聞を読む人が多いではないか、といわれそうだが、日本で無料新聞が今ひとつ浸透しないのは、今後のこの国のメディア全体にとって、吉と出るか、凶とでるか?
 

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