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今そこにある物価高

 近所のスーパーで、日清カップ焼きそばUFO、ついに1コ158円。この物価高で唯一の勝者はスーパーの自社ブランドというが、確かにカップ焼きそば1コ78円。で、これを2コ買う。

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選択的空襲?

 テレビ東京の「アド街ック天国」で、ある古い料亭が、聖路加国際病院に近いため、空襲を免れたとのコメント。はて、そこまで当時の航空技術で区別できたのか?エリア全体を大きく排除したのか?はたまた、この辺の基礎知識もない。
 とりあえず、ネットで調べてみたが、どうもまだまだ仮説の段階でしかないようだ。京都の原爆投下を避けた米高官の貢献説についても反論もあり、確定的なものではないらしい。これは、下記の南アの首都と違い、答えは簡単に見つからない問題だったようで、はっきり言えなくても恥ではなさそうだ。聖路加病院については、アメリカ聖公会による設立であるということから、この周辺、築地一帯が避けられたというが、果たして。

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南アフリカの三つの首都

 こんなことを書くと、大学の教師はそんな無知でいいのか、と思われるかもしれないのですが、南アフリカ共和国の三つの「首都」の事情を知らなかった。さすがにプレトリアは頭にあったが、これは政府の所在地であって、国会はケープタウン、最高裁判所はブルームフォンテンにあるという。
 テレビ朝日の長寿番組「世界の車窓から」で、このブルームフォンテンが数日前に放映され、これがオレンジ自由国の旧都であることを教えてくれた。今はその名もフリーステート州に属しているという。南アフリカは単にアフリカというだけでなく、ヨーロッパの裏面史でもあり、専門外とはいえ、ちょっと勉強しておかないと、やばい。

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デザインと性別

 10年近く使った携帯電話をついに買い換える。白黒画面、アンテナ付きで半分に折れない機種で、さすがに50代の叔父にも馬鹿にされていた。まだ十分使えるが、いろいろな予約関連の新しいサービスに対応できないこと、充電装置の接合部分が甘くなって、やむなく廃棄した。
 海外に持ち出すことも考えて905iシリーズの中からデザインのいいものを選ぶ。基本的に私はいったん買えば長く使うが、買うときは機能よりデザイン重視である。今の時代、私の技能水準で機能が足りない機種などないからだ。車を買うときがきても、色で買うと思う(と言って、親類から馬鹿にされた)。やたら白色や地味な色を買う日本人の保守性はちょっと許せない。
 共同研究などで友人たちがパナソニックのLet's Noteをずらりと並べ、その機能、頑丈さを讃え、実際その通りだと思いつつも、日本メーカーの相変わらずのデザインの悪さに自分用(ずっとマックである)には買う気がしない。オフィス用のデスクトップも自分で発注できるものは、安さもあるが、国内メーカーでなく、ずっとデルやHPにしてきた。
 携帯は、もともとPCほど男性優位の商品でないので、国内メーカーでもデザインはよくできている。ただ、腕時計と違い男女の大きさの区別がない(もちろん今では女性が大きい時計をしていることもあるが)ので、デザインによっては、はたして自分が買ってよいものか、と迷うのである。というのも、私は大のビジュアル好き(映画、写真、郵便切手が趣味である)で、ネクタイも女性スカーフメーカーでもあるニナ・リッチのきれいな色が好きなので、私の好みの色は一部の女性と重なる可能性がある。いや、重なってもいいのだが、同じ機種を持つ女性から「なに、あのオッさん」と思われないかと心配なのである。
 今回買った機種は、和風家具のように落ち着いた色合いなのだが、開くと、初期設定の待ち受けにはなぜか、ラ=ロシュフーコーの箴言のようなフランス語の格言が出るのだ。これもフランス好きの私は別に嫌いではないが、正直、携帯にこんなことは期待していない。
 問題は、これがどういうマーケットを狙った商品なのか、ということである。私がそう思っているということでなくて、これまでの日本社会のイメージからそうなっているのではないかと想像するのだが、仏文→女性という連想でこの商品ができているのでは、と思ってしまうのだが、果たしてどうだろうか。

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ネグリ来日中止を残念に思うなら

 アントニオ・ネグリ氏の来日中止を残念に思うなら、入国を認めなかった法務省や、それを監視する国会の法務委員会の委員に手紙やメールを書こう。他の人が書いている、などと思わないで、自らペンをとり、キーを打とう。他の人と同じような内容でも、量の多さも国民の意思表示です。アメリカのいろいろな市民運動は、必ず「皆さんの議員に手紙を書いてください」と呼びかけ、それに応じて市民が手紙を書けば、多くのアメリカの議員は形式的であれ、印刷やコピーであれ、あなたのご意見を読みました、と返事します。
 たとえ、効果がなくとも、残念に思いながら、何もしないのは、市民でも知識人でもない。私はメールを送り始めました。

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ネグリ来日中止について

 大学から離れていて、人から聞くこともなかったので、知るのが遅れたのですが、アントニオ・ネグリが入国を認められず、来日を断念したようだ。(こちらを参照)29日に予定されていた東大安田講堂でのシンポジウムは、ネグリ氏不在のまま、討論者のカン尚中氏らによって開催されるという。
 止めたのは、法務省の入国管理局のようですが、よく分からないのが政治犯罪であったことの証明があれば入国は認められたということで、それ自身はアサイラムの原則に合っていていいのですが、問題はそもそもこういう証明書などあるのだろうか、という点です。
 確かにネグリの場合、イタリアでは今は自由の身とはいえ、かつての拘禁理由が治安上の嫌疑(明確な嫌疑というよりも、そういう名目で急進的左派知識人の彼を拘束したという側面が強い)なので、証明は不可能に近いでしょう。
 ただ、こういう場合には、それこそ法務大臣とか政治家が、この知識人の価値さえ分かっていれば、いい意味で政治的判断で例外扱いも不可能ではないはずだ。過去5年間に22ヶ国を訪問できたと本人が言っていることも悲しい。多くはEU諸国で自由移動できることは大きいだろうが、少なくとも他の国々が彼を危険分子扱いしていないことは分かる。
 これを官僚主義と言わずして、何と言おう。

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ベルリンの新空港名

 旧聞だが、ネット上でクリップした記事で見つけたのが表題に関するもの。旧東ベルリン地区の空港を拡張して新しい国際空港にする工事が進んでいて、その空港にニューヨークのジョン・F・ケネディ、パリのシャルル・ドゥ=ゴールのように記念名をつけたいが、誰の名前にするかで議論されているというもの。去年の10月の記事なので、その後決まったかどうか確認していないが、ドイツの首都、やはり過去の問題が投影される。
 社民党側の挙げるのは、もちろんヴィリー・ブラント。かつて西ベルリン市長を務め、首相になっては東方政策を推進、ワルシャワのユダヤ人ゲットー犠牲者記念碑前で跪いた世界史的な写真で有名、過去の反省も入り、国際的に開かれた空港にはバッチリだ。
 しかし、キリスト教民主・社会同盟にしてみれば、首都での出入りのたびに対立政党の政治家に出会うのはたまらんということだろう。また、大戦中にブラントがノルウェーに亡命していたことも、それが反ナチの政治亡命であると分かっていても、国内に残って苦しんだ人々には複雑な気持ちにさせることもある。
 もちろん、他の名前も挙がっている。アルベルト(アルバート)・アインシュタイン、マレーネ・ディートリッヒ。しかし、国際的に有名なこの二人はずっとベルリンにいたわけでなく、逆にドイツの顔としての像が希薄だ。ユダヤ系であったアインシュタインは途中でスイス国籍を得て、最後はアメリカに亡命してしまうし、ディートリッヒはハリウッドに進出し、アメリカの市民権を得ている。昨年日本でも上映された映画「エディット・ピアフ 愛の讃歌」で訪米中のシャンソンの女王ピアフがその歌にパリを懐かしむディートリッヒに声をかけられるシーンは感動的であった。
 上記の三人がいずれも亡命ないし、外国に移住した(この中で唯一ベルリン生まれのディートリッヒはパリで死去したが、ベルリンに墓がある)経験を持つということもドイツ現代史の複雑さをよく表しているが、これらより、ずっと知られていないが、失敗したヒトラー暗殺計画の首謀者クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク伯という名前も挙がっている。参照した記事は、果たして「当機は間もなくクラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク伯ベルリン国際空港に着陸いたします」と世界中のキャビン・アテンダントに放送させられるか、という落ちで終わっている。
 このニュースは注目していよう。個人的には、ブラントに3000点。

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商才と文才

 このブログのタイトルは、かつて郷里に実在していた同名の小さな(五坪の)商店からとったもので、それは私の祖母が経営していたことについては以前書いた。この祖母について地元の『北日本新聞』が2月10日付で追悼記事を載せてくれていた。
 祖母は『蒼(あお)』という文芸同人誌を発行していた。日本中に星の数ほどあるだろう同種の雑誌の一つである。中央の文芸誌には、学会誌の学界展望のように、同人誌のこれが面白いなどと簡単に紹介する頁があるから、あるいはそういうところに紹介されたこともあるかもしれない。
 しかし、PCで検索すれば、やはり地元作家のホームページのリンク欄や地元図書館の受贈地方雑誌リストくらいに出てくるだけである。ただ、常にこうしたリストの冒頭近くに出てくるのに少し驚いた。
 ここからは想像だが、誌名を五十音順(私の家族は五十音順で常に不利な立場にあり、この点敏感である)で若い「あ」で始まる誌名にしたのは、商才があった(文才のほうは分からない)祖母のアイディアではないかと思うのである。ちょうど、今が書き入れ時の引っ越し業界大手「アートコーポレーション(アート引っ越しセンター)」が電話帳で目立つように「ア」で始まる社名にしたように。もしそうだとすれば、少しでも他の人の目を引きたいという気持ちが切ない感じもするが、生きている人間の持つ愛すべき面白さ、工夫の現れとして微笑ましくも思えるのである。

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初?の政治学者出身知事

 熊本県知事に蒲島郁夫・東京大学教授が当選。蒲島氏はワイドショーなどに出るマスコミ教授などではなく、その研究で高く評価されている方なので、その出馬表明には学界も少し驚いていたのではなかろうか。
 これまでも学者出身の知事はいたが、おそらく政治学者という例は初めてではなかろうか。過去の知事(以下、歴史的人物なので敬称略)では、東京都の美濃部亮吉、京都府の蜷川虎三は経済学、大阪府の黒田了一は憲法、福岡県の奥田八二は社会思想史専攻でかなり分野としては近いが、政治学者とはいえないだろう。
 政治学者出身の現職(舛添要一厚生労働大臣)、前職(猪口邦子前少子化担当相)の閣僚がいるので、驚くべきことではないかと思われるが、この方々は実は細かい専門で言うと、国際政治や比較政治であり、日本政治そのものでは必ずしもないのである。
 蒲島新知事は、日本政治そのものを研究していただけに、理論と実践の関係がどうなるか、注目されるのである。対立候補のなかには、地元の村長もいて、この村長の後継選挙では、ダム中立派の候補がダム停止派、ダム継続派の候補を破っている。

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ハーグ会議60周年

 欧州議会の議員有志100人が台湾の国連加盟を支持する声明文に署名したとの記事を日本における台湾の事実上の大使館である台北駐日経済文化代表処のHPで見つけ、そのニュースソースが、ブリュッセルでEU議会関係の報道をしている「パーラメント・マガジン」であると知る。
 そこで発見したのが、今年は1948年に欧州主義者が超国家的に集まったハーグ会議の60周年であり、会議の中心であったEuropean Movement(現代表はコックス元欧州議会議長)がそれを記念する会議を5月23、24の両日、再びハーグで計画していることである。EEC(ローマ条約発効)や欧州議会の50周年ですっかり忘れていました。

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世界の歴史、文庫版

 有名人でもないので、普段は聞かれることはないが、学生や学内メディアなど身近な人たちから聞かれかねない質問で恐れているのは、「愛読書は何ですか?」という質問だ。
「学生に勧めたい本」なら挙げることはできる。「一度は読んでおくべき」という本でもいいからだ。ところが、生涯通じて何度でも読む「座右の書」や、「無人島に持って行きたい一冊」というのは、全然浮かばない。年に一回も開かない本を挙げたり、これ見よがしに凝った選択をするのも好きではない。おそらく「聖書」や「資本論」を挙げる人のように確固たる信念を持っていないからだろうが、自分の読書は底が浅いのだろうか。
 特に愛着は持っていないが、実際にしょっちょう開く本ならある。世界史や各国史の通史シリーズである。職業柄ということもあるし、細かい固有名詞や年号などは覚えていないこと、など幾らでも開く理由はある。特に文庫版の世界史の類は、何回開いたか知らない。何をする気にもなれない無気力なときですら、開くと安心して読み進められる。文庫版だと寝ながらでも読める。何遍読んでも飽きない。
 中学・高校のときから大学までずっとお世話になってきたのは、1970年代に中公文庫に入った全16巻の「世界の歴史」であった。われわれの世代の世界史教科書の執筆者であった村川堅太郎大先生(われわれの先生の先生の世代である)などが書かれていたわけだが、その後は山川の世界各国史(これは文庫本にはならない類)は買って読んでいたが、90年代の中公の新しい「世界の歴史」はハードカバーで出たときには買わなかった。大学院以降は自分の研究とこうした本は無関係だったこともある。
 今年、ようやくこの新しい「世界の歴史」が文庫として刊行が始まった。さすがに旧版は内容が古くなっていたし、大学で1年生の講義を担当すると、やはり高校世界史との連続を意識しないといけないため、専門外の時代・地域についても基本的な知識の確認が必要になる。現在では堅い専門書が売れないために、こういう概説書にかえって新しい解釈がさりげなく叙述されるケースもあり、その辺もチェックしておかないと、ひどく古い解釈で基本事項を語ってしまうかもしれない。
 学生にものの考え方を鍛える良書を勧めることも大事だが、基礎知識の宝庫として、こういう文庫版全集は学生も自室に置く基本レファレンスとして買っておくべきではないかなあ。言っても聞かないと思うけれども。

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ジーロトンド

 夕刻から恵比寿の東京都写真美術館に行く。なぜ平日の夕刻に行くかといえば、来月、学生を連れて同時間に研修のためにここを訪れるためで、その導線を確認に行くのである。
 現在の企画展は、「シュルレアリズムと写真 痙攣する美」と、「知られざる奇才 マリオ・ジャコメッリ」展だ。写真にはずっと関心を持ってきたが、もちろんイタリアの写真家といわれてもこの人は知らない。しかし、意外にも、ホスピスで死を待つ人々やロマ(いわゆるジプシー)の人々、雪のなかで戯れる僧たちなど、なかなか面白い題材も多い。
 そのなかで目を引いたのが、イタリア版「かごめかごめ」である遊戯「ジートトンド」をする僧たちの写真で、白い雪に黒い僧服が映えるよい写真で、この企画展のチラシの表紙にも使われている。
「ジーロトンド」といえば、数年前、映画監督のモレッティら左派文化人がベルルスコーニから不当な介入を受けた司法省やRAIを人間の鎖で取り囲んだデモがまさに「ジーロトンド」であった。改めて原型を見て、なるほど「かごめかごめ」だと納得。
 研修の後には、懇親会も行わないといけない。少し歩いたところにあるエスニック料理店を下見に入り、実際に二三品注文してみる。どれもおいしかったが、やはり、ものによりえらく辛かったり、油濃かったりするところはあり、苦手な人は苦手かもしれず、その点注意しないといけない。しかし、いわゆる居酒屋でなく、かつ大人数で安く抑えなくてはならず、かつ何らかの学習効果(普段食べない外国料理を食べる)ということからすれば、エスニック以外の選択肢はないのである。
 なんとか企画通りできそうだと思い、帰宅。教育テレビで珍しい編成のバッハを聴く。

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北京五輪ボイコット論

 チベットのデモを中国政府が軍事的に鎮圧したことで、日本以外の先進各国で中国政府への抗議が続いている。欧米メディアには北京五輪のボイコット論も出だした。もちろん、ボイコットがよいと簡単に言えないが、この議論は実現不可能と甘く見ないほうがいい。欧米各国にとってはそれほど人権は重要なイシューなのである。
 こうした人権やマイノリティーへの日本国内の関心の低さには、逆に驚いている。世論調査すれば、ボイコットへの反対が多数を占めるのではないか。もちろん、その日のために長年練習してきた選手のことを思えば、簡単にボイコットはできない、ということは正しい。現にモスクワ五輪に日米は不参加だったが、欧州諸国は参加した。しかし、新冷戦の対抗関係で起こったモスクワ五輪よりも、長年われわれがそれと知りつつ、手を出せなかった問題ということで、今回のほうが効果も大義も大きい。国家が選手の運命を左右してよいか、政治とスポーツは別だ、という論も根強い。しかし、残念ながら今の五輪は完全に国家と多国籍企業による支援事業だ。より慎重な議論は、対中関係のため、我慢しようというもので、これは国内で相当強い意見だろう。
 しかし、中国のような大国にはいかなる制裁も効果はないし、実際に打てない。経済制裁などすれば、日本のように中国依存の国は返り血を浴びる。その中国の国威発揚に五輪が利用されてることは間違いなく、ここを叩くべきだという議論は、ある意味で、あの大国に何かをさせるには他に手段がないという絶望感にも立っているのである。チベットに限らず、あの国の唯我独尊はどこかで抑制しなければならないだろう。
 スポーツ選手からメダルをとるチャンスを奪うのはあまりに過酷だ。しかし、それだからといって、チベット人が捕らえられ、傷つくのを無視してもいいのか、というのが国際世論なのである。それは、いささか大げさに言えば、かつてユダヤ民族の虐殺を阻止できず、今も多くの少数民族が苦しんでいるのに何もできない、という倫理的な反省なのである。ジャーナリストすら入れないなか、本当に「見殺し」になっている。われわれは五輪をテレビで楽しむためにチベットを無視していいのか、ということは真剣に問われていい。こういう場合、「平和的な解決を」というのは、事実上の無視である。イラクのような軍事的解決が無意味だと分かった今、現地の人を傷つけず、非暴力で抵抗できる手段はボイコットしかない。
 五輪自体も、選手たちのすばらしい努力の影で、理事に高級ホテルを要求するような巨大ビジネス(使途を明らかにできないためか、長野五輪では帳簿が「紛失」した)になっている弊害が指摘されて久しい。しかし、それさえ諦めれば、中国開催を中止し、世界中に会場を分散しても、中国が逆にボイコットしても、真の世界的な五輪を行えばよいではないか。その参加、不参加で人権に対するその国の態度が炙り出される。
 とここまで空想を膨らませてみたが、現実はもっと悲観的にならざるを得ない。むしろボイコットをしても、なお中国はチベットの弾圧をやめないだろうということも十分考えられる。しかし、ものごとは効果がないからと諦めていいものと、効果がなくても意志を表すために「負け」てもいい覚悟でやるべきことがある。
 いくら対中関係が重要でも、人権イシューにコミットできない先進国は、この先も尊敬されることはないだろう。少なくとも、言葉のうえで今回の件で明確に否定的な評価をしなければ、五輪で幾つメダルをとっても、我が国の国家としての評価は上がるまい。
 現在、チベットにいちばん多い観光客は日本人だそうである。今回も、日本人を保護する中国軍・警察という画像が中国側の宣伝に用いられた。一国民に出来ることは、単に危険を避ける意味でなく、あえてチベットには観光に行かないことだろうか。

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フォルツァ総曲輪

 富山県人以外には表題が読めないと思うので、読み仮名を振ると、「フォルツァそうがわ」となります。「フォルツァ・イタリア」の間違いではありません。総曲輪は県都の富山市の中心街の地名です。
 下のブログ記事で「ルーマニア映画」のことを書きましたが、こういうミニシアター系、ヨーロッパ系の映画を地方ではなかなか見れず、北陸では金沢のシネモンドが東京の各ミニシアターの傑作を時間割、上映期間を工夫して、小さい映画館なのに多くの映画を見せています。正月に帰省したときに、この映画館を知りましたが、北陸で「パンズ・ラビリンス」が見れたのは、感激でした。
 富山にはこういう映画館ないんですよね、と書こうとしたところ、シネモンドほどでなくても、ありました。閉鎖した映画館を公設民営の多目的ホールにして、ミニシアター系の映画をかけ始めたのが上記のホールなのです。
 大学進学率全国トップクラスといって、教育県ではあっても、文化県(同じ北信越の長野県出身の多彩な文化人群像を見よ!)ではない。才能のある人の多くはみんな都会に流れてしまう。こういう施設が極めて重要なのに、その辺のことが保守的な政治家や企業家はまったく分かっていない。唯一の救いは、このホールのように、トレンドに敏感な富山市(保守王国のなかでかつて革新市長がいた)の市役所と街の人々の町おこし(「フォルツァ」=「がんばれ!」)の努力だと思う。
 文化は各市町村にのど自慢と演歌の地方公演用に文化ホールをばらまくような「平等」観では育たないはず。文化はある意味で質的な差別こそ正義。多数決ではない。それをうまく判断すべきなのが知識人でもあってほしい指導者層。こういうところに県内大企業ももっと支援して、政治家もどんどんプロモートしてほしい。

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ルーマニア映画

 4月に学生を学外研修に連れて行く企画があり、美術館や映画館を下見。その流れで京橋あたりに着く。昔、このあたりで働いていたので思い出も多い。人数が多いので映画館はあきらめるが、ふと見たポスターでカンヌでパルム・ドールをとったルーマニア映画「4ヶ月、3週と2日」を見てしまう。
 この映画については、何も知らなかったが、チャウシェスク体制末期の人々の生活のディテールも詰まった傑作だ。しかし、声高な体制批判ではなくて、中心には人間の業や、単に友情や思いやりで済まない不思議な連帯感も描かれている。監督が来日して、NHKの英語番組でタレントにインタビューさせていたけれど、これはやはりまじめにインタビューしてほしかった。
 実は、それよりもブログパーツというものを試してみたかったのです。下記参照。

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「ブラ1」に関する思い出

 青学でドイツの過去への取り組みに関する講演を聞く。普通、研究者のブログではこういうときに何を聞いた、と書きそうなものですが、講演とか口頭発表は内容を書くと著作権に関わり、案外扱いが難しいのです。せいぜい書けて自分の感想ぐらい。ちなみにこの講演は、ドイツでの近年の研究動向をおさえつつも、一般の人が聞いても理解できる内容で、ぜひ政治家や全国の教員に聞かせたいと思いました。
 その帰りに書店の宣伝を見て『のだめカンタービレ』の最新巻を買い、帰りの電車のなかで読了。そのとき、ドラマ版「のだめ」でもとりあげていたブラームスの交響曲第1番、通称「ブラ1」について思い出したこと2点。
 私が数年間、非常勤で講義に通っていた西日本の大学ではチャイムの音がブラ1の「ターララララーララ、ターララララララッラ」というあの有名な旋律でした。学生になぜ君たちの大学では、これがチャイムなのか教えて、と聞いたが、誰も知らなかった。
 実は、この曲が私は大好きで、その理由の一つが、かつて『週刊文春』の阿川佐和子氏の対談記事で確か著名ピアニストのU氏(名前は分かっているのですが、以下の内容の記憶が不確かなので、明言しません)だったと思うのですが、「ブラームスは老いていながら、その心の中になにか若い頃を思い出し、ほのかに燃えるものを持っているところがいい」という趣旨のことを言われていたような気がする。これが音楽の印象とドンピシャで、30超して大学院生をしていた私は何か励まされました。さすが世界の舞台に立っておられる方は表現が違うという強い印象を受けたのです。このインタビューは残念ながら文庫化された対談シリーズには収録されていない。切り抜きもなくしてしまった。
 そして、さらに「ブラ1」の記憶にあるのは、NHKの「みんなの歌」で、ブラ1のサビを「風さえあれば、風さえ吹けば、気球に乗って〜」という替え歌にしたのがあり、子供の頃、いい歌だと思って、これがいまだに頭に残っていたのです。
 今回検索してみて、すぐ分かりました。ホルストのジュピターを替え歌にした平原綾香さんに遡ること、20数年、1978年でした。なんと歌っていたのは和田アキ子さん。編曲は三枝成彰氏。そりゃ印象に残るわ。「風の歌」という題名でした。

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ライブツィヒも「68年」

 以前ここにも書いたように、今年は「68年」の40周年。今朝の衛星ニュース(昨秋にケーブルテレビ導入したので最近こればっかり)のZDFでライプツィヒの歴史ある本の見本市「68年」を今年の重点テーマの一つにしているのが流れたが、寝ぼけながら見たので、空テープが見つからず録画しそこなう。とりあえず、著者名や本の題名を寝床の横にある段ボール箱の側面に書き取る。ドイツ語はあまり読めないので、たぶん、買わないが、トレンドは知りたい。
 それにしてもNHKの「きょうの世界」、今夜イタリア総選挙の特集のはずが、イラン総選挙に差し替えになったのはびっくりしましたが、ちょうどメールに気をとられてテレビを忘れていたので、ある意味ラッキーでした。残念ながら、私は今、現地に行けないので、番組を楽しみにしています。

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地中海も独仏枢軸?

『ル・モンド』のニュースメールによると、仏独両国が今夕の欧州理事会で、以前からサルコジ仏大統領が主張してきた「地中海のための連合」計画を発表するという。共同閣議までやっている両国が共同提案をすることは不思議ではないが、歴史的・地理的にこの問題でドイツに優位に立てるはずのイタリアは、仮にフランスが声をかけたとしても、ただいま議会解散中で総選挙に没頭、すでに辞職した政権が選挙後の新政権成立まで暫定的に統治しているため、もとよりリーダーシップはとれない。おそらく唯一存在感を出せるであろうこの問題で主役になれないとは悲しい。
 ここまで未明に書いて、今朝NHKのニュースを見たら、どうも様子が違う。むしろメルケルがサルコジにEU一体で参加する計画にせよと迫り、サルコジが妥協したようだ。それにしてもメルケルがここまで強いのは、内外で絶妙のバランス感覚を見せる本人の力と、やはりEUの重心が東に映ったせいだろうか?

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欧州議会50周年

 NHK衛星で流れるドイツのニュースを見て、欧州議会50周年の記念式典が行われたと知る。ローマ条約の発効から今年で50年なので当然なのだが、「あれ、そうだっけ?」と思ったのは、ローマ条約で定めたAssemblyの前にECSCにもAssembly (Common Assembly) があり、かつEECのAssembly (European Parliamentary Assembly) も、自らを「欧州議会」(European Parliament)と呼び始めるのは、もっと後(1962年3月、イタリアのマルティーノを議長に選出した直後に決定)だったからである。
 欧州統合史年表で確認すると、ECSC議会の最終セッションが1958年2月24日から28日。EEC議会の最初のセッションが3月19日から20日となっている。6ヶ国の142人の議員(当時は直接選挙はなく、各国国会議員のなかから)が集まり、ロベール・シューマンを議長に選出している。
 ところで、記念式典のほうですが、欧州議会の議場の真ん中にアンサンブルを置いて、EUの歌である第九の歓喜の歌を演奏したのですが、ベートーベンのきれいな音楽で眠気を誘われた議員が続出、イタリアの『レプッブリカ』紙電子版でも、名前入りで写真が出ています。

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ヴェルトゥローニ・ガール

 イタリア総選挙の各選挙区・各党の名簿を見て気づいたこと。比例代表制のため、有力候補はみな当選が見えていて新味が少ないなかで、目を引いたのが、ラツィオ1区(ローマなど)にマリアンナ・マディーア、カンパーニャ2区にピーナ・ピチェルノという二人の無名の20代女性が民主党のリスト筆頭にいたこと。しかも、どちらの選挙区でも2位がヴェルトゥローニになっている。右派の「自由の人民」がほぼすべての選挙区で1位ベルルスコーニ、2位フィーニと上位二人を統一している(重複立候補が可能)のに対し、ヴェルトゥローニはわずか数ヶ所の選挙区で2位になっているに過ぎない。ちなみに、民主党はこの二つの選挙区で、それぞれ二桁の議席をとるのは確実で、上の二人自身はもう当選確実である。
 イタリアの報道も二人は誰か調べている。それによれば、マディーアは俳優の父(故人)ステーファノが、映画評論家としても知られるヴェルトゥローニが市長を務めたローマの市議会議員であったらしく、自らも首相府官房で働いていたらしい。ピチェルノは父親が地元の市長、自らはマーガレット(中道派)の青年部の役員であったようだ。確かに政治活動は経験しているが、リスト筆頭というのはやはり意外である。どうも、こうなったのは、南部で根強い人気があるデ=ミータ元首相(旧キリスト教民主党左派)を直前に高齢のためイタリア版「排除の論理」で外したために空いていたという事情もあるようだ。
 これだけ若い女性を候補に挙げたことが、少し心配になる(日本から心配するのはお節介でしかないが)のは、1999年(この年は私はイタリアにいた)のボローニャ市長選の記憶のためである。左翼の牙城のこの街で、当時、左翼民主主義者全国書記長、すなわち統一地方選挙の総責任者であったヴェルトゥローニは、市のスポーツ・青年担当理事の若い女性候補を立てて、中道・右派の候補に敗れた。対立候補は肉屋からたたき上げた、いかにも熟練の業界団体長、もともと商人の街でもあるボローニャでは、その点も強みになったのである。この後、ヴェルトゥローニはローマ市長となり、次のファッスィーノ書記長のもとで左派労組の全国委員長を立ててボローニャの市政権を奪還したが、1999年の選挙戦はどこか浮ついたイメージ戦略が多かったように思う。
 上述の女性候補の場合、選挙事務所をブティックのような作りにしていたのが新しいと報道されたが、さてイタリア人はこういうものを喜ぶのか、やはり選挙はもっと泥臭いものではないか、と思ってみていた。それに比べると、同じ旧左翼民主主義者の政治家でも、南部の伝統的左派支持層に人気の高いダレーマ元首相(現外相)などは、地道でとても安定感がある。
 もっとも、1996年総選挙では、「オリーヴの木」結成に力のあったメランドリ(現スポーツ・青年担当相)のような若い女性の台頭もあった。どちらに近い結果が出るか分からないが、わたしはやはりヴェルトゥローニのインテリ臭さに不安を覚える。オバマ・ブームに乗って、Yes, we can.をSi puo' fare.と言い換えても、新しい風は吹かないのではないか。

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イタリア選挙名簿締め切り

 昨日、イタリア総選挙の各選挙区・各党の候補者名簿(比例代表制)が締め切られました。ようやく、今回の選挙の各党の共闘関係が明らかになりました。選挙連合の形成状況と、各選挙区の有力・注目候補を表にまとめたのを「やそだ総研」で公開しています。まだ、完璧な情報ではないのですがこれで大勢は分かります。こんなものを作っても、私の研究業績にはまったくつながらないのですが、こういうものを一度作っておかないと、その後のニュースがさっぱり訳が分からなくなるくらい政党が多いのです。

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TVA

 世界史の「ニューディール政策」の項で高校生にも知られているTVA(テネシー川流域開発公社)は、まだあるのですね。しかも、今年はTVA法制定(1933年)から75周年にあたるようです。NHKの「きょうの世界」で映った、ブッシュ大統領が原発政策転換のスピーチをした場所がTVAでした。

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1年前の今頃

 介護や老後の問題が自分の問題になってきた。NHK「クローズアップ現代」にゲスト樋口恵子氏のほか、ベストセラー『おひとりさまの老後』の上野千鶴子教授の講演会の模様が流れる。
 この二人で検索をかけたら、wikipediaのリンク先に前回の都知事選での浅野元宮城県知事を応援する集会で、若桑みどり氏、上野氏がスピーチをしている画像にたどり着く。私が大学生だった頃、このお二人の本の大学での人気といったらなかった。中山千夏氏も話しておられ、有名な集会だったのかもしれないが、当時わたしは全然チェックしていなかった。
 人間は歴史的過去より近過去を忘れやすい。この都知事選は去年の今頃行われていたのだった。石原都政への評価が分かれる今、あるいは改めて興味を惹くものかと思い、上にリンクしておきます。
 当時、私は東京都民でなかったので投票はできなかったのですが、たとえ今聞かれてもどちらに入れるとは決めにくい。

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理想の書斎

 狭いアパートのなかに本と資料を積め込んだために、まだコインランドリーで洗濯をしている。万札1枚しかなくて、コンビニで両替を兼ねてアメでも買おうかと思ったら、月刊『プレイボーイ』(日本語版)の特集「この人の書斎が見たい!」が目に入り、買ってしまう。吉本隆明、林望、鹿島茂、内田樹、ピーター・バラカンの名前に惹かれて読んだが、面白かった。
 このなかで石田衣良氏のすばらしい書斎については、以前『週刊文春』のグラビアでも見たが、鹿島氏、林氏、内田氏のそれぞれの書斎哲学とでもいうべき考え方が、それぞれの筆致につながっている感じがして面白い。内容は、営業妨害になるので書きませんが、理想の書斎をもてない人にも参考になる考え方も含まれています。

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間借り人の憂鬱

 生活費を抑えるためにシンプルな4畳半のアパートに住んでいる。家賃4万8千円、共益費3千円。トイレ・風呂付きのアパートとしては都内ではこれでも最低に近い。質素な生活には慣れているので、自分としては十分なのだが、やはり家賃の低いところに住むのは、それなりに不安定な人々が多いわけで、まわりの集合住宅に比べ、ゴミの出し方が最低に近い。収集日以外でも好きなときに出すし、ペットボトルを分別しないので、よく警告シールを貼られ取り残されている。それでも置いてあるので、おそらく二度目には衛生局は持って行くのではなかろうか。(たまに来る管理会社が見かねて処理したのかも)
 収入が低い人が必ずしもモラルがないわけではないが、そういう傾向が完全に否定できないところもある。自転車置き場があるのに、他人の居室前に自転車を止める人を注意したところ、このところ私の郵便受けに大量のビラ(郵便受けの近くにあるビラを捨てるためのゴミ籠から)を仕返しに入れてくる。生活が厳しくて心に余裕がないのだろうか。今後の生活のために倹約して、しばらくここに住もうと思っていたが、考え直さないといけないかも。
 東京の場合、生活保護でカバーできる家賃の上限も6万円くらいらしい。あるノンフィクション作家が老後の心配もあってと、都内で月6万円で三間の部屋を探したところ、不動産会社は「あり得ない」と回答したが、見つかった。ただし、住んでいたのはほとんど外国からの出稼ぎの人々だったという。
 東京で平均以上の生活をするには、体面上も7万円以上の部屋に住むべきなのだろうか?

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影響力世界第9位のブログ

このブログでも名前を紹介してきた、ベッペ・グリッロのブログが英紙『オブザーバー』の「世界で最も影響力のあるブログ」ランキングで9番目に。ある意味、確かに今のイタリア政治の現状をよく表しているかも。

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コソボのURL

 国家主権とは、などと偉そうなことを学生に講じる身であるのに、知らないことは多くて、例えば、ふと気づいたのは、新しい独立国にどのようにURLのドメイン名(カントリー・コード)が与えられるかを知らない。ミクロに小さくても昔からある国にはURLがある。アンドーラは.ad、サン・マリーノは.sm、ヴァティカン市国は.vaだ。URLを管理するのは民間団体のはずだが、いったいどの段階から、独立のURLで新しい国は表記できるのだろう?コソボはまだ未承認の国も多いので無理だとしても、コソボより早く独立したモンテネグロも(まあ、私には調べることもないけど)まだ見ていないが、もうURLはあるのだろうか。

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イタリア各党の選挙シンボル

 イタリア内務省に総選挙のための各党(正確には単数あるいは複数の政党で作る「選挙候補者リスト」ですが)のシンボルが登録されました。177(ただし、現在有効なのは147、要改善が21、不許可が9)もあります。イタリアは長く比例代表制をとってきましたので、必ず決まった大きさの円の中に政党のシンボルマークを納めなければなりません。これが実際に投票用紙にリスト名とともに印刷されるわけです。
 すでに国会議員のいるまともな政党以外に、特定地方限定(上院は州ごとに議席配分)でもたくさんのリストがあるほか、実は既存政党でも地方により共闘形式が違うものが、それぞれ別のシンボルマークを作る(円のなかにさらに幾つかの円があり、そのなかにもともとの個々の政党のマークがあったりもします)ために、必然的に多くなります。
 もちろん、イタリア政治研究者には、必須アイテムですが、これだけ色々カラフルなマークがあると、これは一種のキッチュなアートだと思えてきます。イタリアらしい意匠でもあり、お金があったら、全シンボルマークを1枚のTシャツにしたいと思っています。
 関心を持たれた方のために、シンボルマークのPDFをリンクしておきます。ただし、3.8MBですので、光や速いLANをお持ちでない方にはダウンロードはお勧めしません。
 シンボル・マークの登録番号1番と2番(あと、5番と25番と122番も)が偶然とはいえ、自らのブログですべての政党に反発する運動を起こしている「反=政治」的ポピュリスト芸能人のベッペ・グリッロ関連のリストだというのもなんとも戯画的です。

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最新が最良でない(PCも)

 Mac用のOffice2008が必要なものかどうか見るために、Macサイトに。ただ宣伝するだけでなく、利用者からの苦言も正直に掲げてあることに好感を持つ。
 ただ、気になったのが、理工系からの苦言が多いことで、誤差が設定できない、化学式が編集できない、分析ツールがないなど、旧版に比べて幾つかの機能が欠けているという声がある。多すぎる機能を使い切れずにいる私は、ソフトは過去の機能を全部積んだまま、戦艦大和のように巨大化していっているというイメージだったので、意外だった。Macは理工系から撤退しようとしているのか、ソフト作成者のMSの戦略なのか。
 このような高度な機能は私には必要ないのですが、理系に置いてすら少なからずいる大学人のMacファンは、Macカルチャーにとって貴重な人材のはずで、これが抜けたらファミリー家電になってしまうのではないだろうか。何年か前にアインシュタインの画像で Think different と宣伝したCMが泣く。

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昭和40年生まれの大統領

 以前、イタリア大統領は大正14年(1925年)生まれと書きましたが、ロシア大統領に当選したメドベージェフ氏はなんと、1965年生まれです。42歳であの大国を率いるとは。もっともこれを「若い」と考えるのは日本的感覚で、世界のエリートの間では、案外普通なのかもしれません。
 私と同年の生まれです。他国の国家元首と比較するのもおこがましいが、あまりにもスケールが違って眼がクラクラする。

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イタリア選挙連合形成状況

 わたし自身、本当に今回のイタリア総選挙の陣営割りがどうなるか分からなくなってきているので、とりあえず、表題のように「2008年イタリア総選挙 選挙連合形成状況早見表」というのを、作ってみました。やそだ総研のトップページ冒頭にリンクがあります。
 プロの方(イタリア政治研究者)は間違い見つけられたら、ご教示乞う。

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富山ネタ2つ

 ヤフー・ニュースでイギリスでレジ袋追放の動き広がるの報の関連記事に、富山県内のスーパー12業者の店舗134軒中117軒(計算すると87%)で4月からレジ袋有料化のニュース。年末年始に帰省したら中心街にある実家近くのスーパーがなくなり、旧市街の外の国道など車でしかいけない大型スーパーばかりになっていて閉口したが、全県でこのような措置を業界団体自らが率先して行うのは珍しいという。全県が通勤圏といわれる小さい県(貧しくはなく、日本海側では有数のリッチな県)だからできたという気がする。
 考えてみればイタリアでは20年前から有料だったので、いかにわれわれが遅れているか分かる。CO2削減どころか増加になっているのだから、せめてレジ袋くらい全国一律の大胆な手を打たないといけないはずなのだが、これが進まないのも業界団体への配慮だろうか。店舗付近のゴミも減って、業界にもいいような気がするが。
『週刊文春』の記事で、富山ネタを売りにしているお笑い芸人「長江もみ」という人がいることを知る。確かに長江は郷里に多い名字だ。本人の公式HPはなく、事務所のスポーツチームのブログしか見つからないが、すでにファンが作ったサイトもあって、どうも「持ち家率1位」などいわゆる県民ネタを使っているらしい。少しは笑えるかと、You Tubeで検索かけてもヒットせず。
 進学率が高く、まじめだが面白みに欠け、大物が出ない県(例外は藤子不二雄。柴田理恵、立川志の輔などは比較的知られているが、やはり手堅いマジメな人という印象。)なので、お笑いが一人でも出れば快挙である。

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ブログについて再考中

 3月になりました。4週後の28日から、新しい職場で働きます。その際には、これまでフリーの気軽さ(生活は厳しかったのですが)で書いてきた、このブログについても再考しないといけないかもしれません。もともと他愛もないことを書いているのですが、ブログというものの気軽さに発するいろいろな事件を見ると、私的な感想の場は、別にしないといけないと考えています。
「やそだ総研」の記事でも「イタリア美人議員ベスト5」などは、たぶん削除しないといけないでしょう。政党や団体にはリンク許諾を請求しないというポリシーで作っているリンク集も、厳密には微妙なところがあります。若い人には真似しないように、私は自分で責任をとる覚悟があるから、という助言をするべきでしょうか。見る人が少なければ、あまり心配はいらなかったのですが、これからはそういうわけにもいきますまい。
 具体的には「やそだ総研」にある、このブログへのリンクは外さないといけないと思っています。
 また、私の悪い癖で、気持ち的に追い込まれたときほど、気分転換と称して、ここでどうでもいいことを書いたりする傾向があり、それも直さないといけないと。今の生活では愚痴を聞いてくれる相手がいないためでしょう。この数年は仕事ではいろいろな人に迷惑をかけてしまいました。人生を改善しないと。

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