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ベルリンの新空港名

 旧聞だが、ネット上でクリップした記事で見つけたのが表題に関するもの。旧東ベルリン地区の空港を拡張して新しい国際空港にする工事が進んでいて、その空港にニューヨークのジョン・F・ケネディ、パリのシャルル・ドゥ=ゴールのように記念名をつけたいが、誰の名前にするかで議論されているというもの。去年の10月の記事なので、その後決まったかどうか確認していないが、ドイツの首都、やはり過去の問題が投影される。
 社民党側の挙げるのは、もちろんヴィリー・ブラント。かつて西ベルリン市長を務め、首相になっては東方政策を推進、ワルシャワのユダヤ人ゲットー犠牲者記念碑前で跪いた世界史的な写真で有名、過去の反省も入り、国際的に開かれた空港にはバッチリだ。
 しかし、キリスト教民主・社会同盟にしてみれば、首都での出入りのたびに対立政党の政治家に出会うのはたまらんということだろう。また、大戦中にブラントがノルウェーに亡命していたことも、それが反ナチの政治亡命であると分かっていても、国内に残って苦しんだ人々には複雑な気持ちにさせることもある。
 もちろん、他の名前も挙がっている。アルベルト(アルバート)・アインシュタイン、マレーネ・ディートリッヒ。しかし、国際的に有名なこの二人はずっとベルリンにいたわけでなく、逆にドイツの顔としての像が希薄だ。ユダヤ系であったアインシュタインは途中でスイス国籍を得て、最後はアメリカに亡命してしまうし、ディートリッヒはハリウッドに進出し、アメリカの市民権を得ている。昨年日本でも上映された映画「エディット・ピアフ 愛の讃歌」で訪米中のシャンソンの女王ピアフがその歌にパリを懐かしむディートリッヒに声をかけられるシーンは感動的であった。
 上記の三人がいずれも亡命ないし、外国に移住した(この中で唯一ベルリン生まれのディートリッヒはパリで死去したが、ベルリンに墓がある)経験を持つということもドイツ現代史の複雑さをよく表しているが、これらより、ずっと知られていないが、失敗したヒトラー暗殺計画の首謀者クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク伯という名前も挙がっている。参照した記事は、果たして「当機は間もなくクラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク伯ベルリン国際空港に着陸いたします」と世界中のキャビン・アテンダントに放送させられるか、という落ちで終わっている。
 このニュースは注目していよう。個人的には、ブラントに3000点。

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