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デザインと性別

 10年近く使った携帯電話をついに買い換える。白黒画面、アンテナ付きで半分に折れない機種で、さすがに50代の叔父にも馬鹿にされていた。まだ十分使えるが、いろいろな予約関連の新しいサービスに対応できないこと、充電装置の接合部分が甘くなって、やむなく廃棄した。
 海外に持ち出すことも考えて905iシリーズの中からデザインのいいものを選ぶ。基本的に私はいったん買えば長く使うが、買うときは機能よりデザイン重視である。今の時代、私の技能水準で機能が足りない機種などないからだ。車を買うときがきても、色で買うと思う(と言って、親類から馬鹿にされた)。やたら白色や地味な色を買う日本人の保守性はちょっと許せない。
 共同研究などで友人たちがパナソニックのLet's Noteをずらりと並べ、その機能、頑丈さを讃え、実際その通りだと思いつつも、日本メーカーの相変わらずのデザインの悪さに自分用(ずっとマックである)には買う気がしない。オフィス用のデスクトップも自分で発注できるものは、安さもあるが、国内メーカーでなく、ずっとデルやHPにしてきた。
 携帯は、もともとPCほど男性優位の商品でないので、国内メーカーでもデザインはよくできている。ただ、腕時計と違い男女の大きさの区別がない(もちろん今では女性が大きい時計をしていることもあるが)ので、デザインによっては、はたして自分が買ってよいものか、と迷うのである。というのも、私は大のビジュアル好き(映画、写真、郵便切手が趣味である)で、ネクタイも女性スカーフメーカーでもあるニナ・リッチのきれいな色が好きなので、私の好みの色は一部の女性と重なる可能性がある。いや、重なってもいいのだが、同じ機種を持つ女性から「なに、あのオッさん」と思われないかと心配なのである。
 今回買った機種は、和風家具のように落ち着いた色合いなのだが、開くと、初期設定の待ち受けにはなぜか、ラ=ロシュフーコーの箴言のようなフランス語の格言が出るのだ。これもフランス好きの私は別に嫌いではないが、正直、携帯にこんなことは期待していない。
 問題は、これがどういうマーケットを狙った商品なのか、ということである。私がそう思っているということでなくて、これまでの日本社会のイメージからそうなっているのではないかと想像するのだが、仏文→女性という連想でこの商品ができているのでは、と思ってしまうのだが、果たしてどうだろうか。

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