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健康ファシズム?

 少し疲れがあるのか、木曜夕刻に授業を終えた後、大阪時代から時々起きる頭痛で寝てしまう。血管を広げるために少量の酒を飲んで寝たら、金曜午後には痛みが引いて、少し歩くために、教育用の古本調達を兼ねて早稲田から高田馬場まで歩いた。神保町に幾らも古本屋があるが、どうも学生、院生から本が流れてくるというよりは、学界から引退した老人たちから本が流れているという印象の書棚ばかりに思えてきて、これはどうしたことかと目先を変えてみたのだ。さすが、早稲田、過去20年ほどの学術出版トレンドを少し復習できるような気がした。早稲田の学生は本を読んでいる。
 タスポの導入でタバコの販売規制が強くなった。言ってみればタバコ屋の子供でもあった私は、他の家の大人のタバコ代に生活の一部を支えてもらっていただけに、自分では吸わないものの、複雑な気持ちである。今回の規制でも、カードを持ち出せば買えるし、カード忘れの大人の購買が難しくなる可能性のほうが高く、小売店の売り上げが減り、カード発行装置の無駄な需要や、規制官庁の天下りが増えるだけではなかろうか。本当に消費を抑えたいなら、もっと高い税金をかければよい。とりあえず、国会議員は全員、禁煙したらどうか。
 メタボ検診にしても、厳しすぎる基準を作って、規制強化で医療支出を減らそうとしているが、体型も自己責任というのは、アメリカの高級ビジネスマンの哲学ではなかろうか。アメリカの下層社会でも、わが国でも、酒やタバコで忘れたいことが多い労働環境がまだまだ多いのではなかろうか。
 仕事で成果主義、格差を作って追い込みながら、私生活でも同様に規制強化というのは、全体として恐ろしい非人間的政策になっている。ギリギリの生活をしている下層の人は、フィットネスなど行けませんから。安い給料で辛い仕事に耐えてそれを忘れるために安酒を飲んで何とか日々を送る人が倒れたら、救ってやるのが人道でしょう。これは、まったく非科学的な感傷だが、一方で社会科学が十分、考察できているとも思えない。
 私個人は幸いにもいい職場を得たし、健康にも投資できるようになった。だが、フィットネスには行っていないし、スポーツもしていない。主義としてでなく、まだ気持ちに余裕がないだけです。

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