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筑波方式、今になって普及?

 学部生時代、全国で自分の通っていた大学(筑波)だけが「学部」「学科」名称を使わず、学群、学類という名称を使っていたので、よく履歴書や願書の書式に予め「学部」「学科」と印刷してあるのを手書きで訂正していたものである。さらに教員組織は「学系」といわれ、特に文科系は教育組織と研究組織が必ずしも一致せず、その学際的教育の理想とは別に、日常的にはその複雑さから様々な不便があった。現在では、筑波の組織はとても分かりやすく再編されている。

 その後、桜美林大学にも「学群」「学系」という組織があることを偶然知ったが、最近、しばらく会っていない友人の所在を確かめるために検索をかけたら、国立大学の独法化、私立大学の競争激化で、全国の大学組織の名称がかなり多様化していることに気づいた。

 院生時代に東大に「情報学環」という学際的な研究組織ができたことは知っていた。筑波方式も少し広まっており、和洋女子大学は今年度から学群・学類体制になっている。驚いたのは、郷里に近い金沢大学も今年度から学域・学類制に移行を開始していること。さらに調べると、驚くのは遅かったと見えて、福島大学ではすでに2005年度から学群・学類・学系になっていたのだった。

 大学の世界から離れた一般の方々からは分かりにくいと思うのだが、こうした編制替えにはそれなりの意味がある。実は、筑波もこういうシステムをとったのは、もともと前身の東京教育大学はその名に反して、文学部、理学部、教育学部、農学部、体育学部と5学部もあったので、新設の医学と体育・芸術を専門学群にして、他を第一から第三の学群(最近、こういう「ナンバー学群」はなくなった)に再編し、それまでなかった分野も含めて、本来学科レベルの位置づけの多数の学類を作り、その学類はまるで一個の学部のようなアイデンティティーを持ちながら、大学部である「学群」に入るようにしたのである。この説明で分かりにくければ、例えば、法学部を単体で作りにくい規模の大学の場合、法学が経済学、社会学などと一緒に社会学群的なものを作り、学科レベルでミニ法学部を法学類として作ると考えればいい。国立大学の場合、全国的なバランスもあり、勝手に組織を拡大できないから、学部数はかわらずに中身を再編するという、今考えると対行政的にうまくできたアイディアだったと思う。

 ただ、全国各地でこういう再編が始まったことには、若干、心配なこともある。学類レベルの独立性が高まると、学群の意味が問われることにもなる(私自身、人文学類は自分の出身学部のような認識だが、第一学群には何の郷愁もない)し、命名によっては、これまでのように同分野の同名学部での比較が難しくなるかもしれない。使い方によっては、本来必要な改革をせず、設備、人材の不足を組織の名称変更でカムフラージュする危険性もある。

 旧七帝大では、学部名に相当のプライドがあり、絶対変えないだろうが、中小の大学、地方の大学では、独立化、自由化のために、今後もこういった名称の改編はまだまだありうるのではないかと思う。冗談交じりに想像すると、学苑、学淵、学船、学荘、学苗、学田、学畑、学場、学叢、学森、学洞、学団、学軍、学海。案外、明治期にはあった「学舎」(現・二松学舎大学)など、いい言葉なのですが。「学空」「学泉」「学源」だけはないな。神の領域だから。

 そこで、いっそ思い切ってアメリカの大学のように学部組織を一本にして、無数の専攻が並んでいる形式をとってはどうだろうか。何学部でなく、自分は何を専攻したという明確な意識を持ったほうが、旧帝大的な権威意識も、新規の名称インフレも払拭できていいのではないだろうか。

 わたしは根っからのヨーロッパ信奉者だが、ヨーロッパの学部区分は、やはりリセやギムナジウムで基礎教養ができているからこその名称ではないかと思い始めた。自分が○○学部の教員であるとか、そういう飾りを捨てて、○○学の教員、と裸で勝負したい気持ちがしている。

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