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なぜ占拠してはいけないのか?

 派遣労働者の雇い止めによるホームレス化の報道が続いている。特に今夜はクリスマス直前ということもあってか、各局が特集していて、時間差はあるが、このテーマだけ追ってチャンネルを渡り歩くことができるくらいだった。
 以下は、福祉の専門家でないにしても、一応研究者であることも忘れて、ものすごく非論理的なことを、空想したことである。
 自分がホームレスになったと想像する。しかし、なぜ憲法で定められた生存権があるのに、空いている空間に入ってはいけないだろう。個人宅では家宅侵入になり、公的な施設でもそれは同じだろうが、なぜ学校の体育館や公民館で寝泊まりしてはいけないのだろう。災害時にはそうしているではないか。夜だけでもいいではないか。朝には掃除させてもいい。管理が危なければ警官に巡回させてもいい。
 学生の部活や町内の集会が人間の生命より重要だろうか。生命線上の人間を排除してまでしなければいけないことだろうか。自立を促すのはいい。しかし住所や連絡先がなければ仕事にもつけないのである。自立支援センターがあるかもしれない。金があるうちはネットカフェもあるかもしれない。しかし、どれも腑に落ちない。
 ここまで雇用が厳しくなる前は、ホームレスのなかには望んで自由な生活をしたがっている人もいるという説明もあった。いわく、自立支援センターに空きがあったのに入らなかった、等々。しかし、現状はそういう段階ではもはやないだろう。
 かつて、学生運動や社会運動が盛んだったときに、空いている住宅に勝手に住む行為があった。実際に、ヨーロッパでは、住まないで空いている家に重い税金をかけたり、空き家に長く居住の実績があると住むことが認められたりする国もある。
「屋根のあるところで寝させろ」それくらい、言う権利はないのだろうか。

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