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定額給付金を(勝手に)NPO支援金に

 1人あたり1万2千円(18歳以下と65歳以上は2万円)の定額給付金を受け取るか、受け取らないか。そして受け取るなら、どう使うべきか。一応、政治学「も」講じる広義の政治学者である私も自分の考えを持っておかねばなるまい。
 少なからぬ人々が述べているように、現在の政策に反対、ということで受け取らないのも一つの判断である。しかし、その場合は、反対している当の政府に使途を委ねることになる。財政的な細かい処理について調べていないが、受け取らない国民が福祉に使ってくれれば、と期待しても、今年度予算は給付金とは別にそれぞれ決まっているわけだし、将来的には道路建設に使われるかもしれない。というか、お金に色は付いていないので、単にお金として国に残るか、国の個々の予算にそれぞれに少額ずつ使われると考えるほうが合理的だろう。例えば、左派の人で給付金を受け取らない人は、結局、国の予算のそれぞれの部分を少しずつそのままで政府に任せるということになり、ほんの少しの抵抗もあきらめることになる。
 つまりは、自分の税金を少し取り戻し(財政的には出所が違うという細かい議論はやめておく)、自由に使っていいことにされたと考えてはどうだろうか。そこで考えたのが、数年前に日本でも報道された、ハンガリーの納税1%分を好きな活動(NPOなど)に寄付できるという制度(日本でも参考にしている自治体がある)を個人レベルで勝手にやってはどうか、ということである。お金に色は付いていない。何に使っても分からないのだから。私自身の納税額を計算したことはないが、税金を年間120万円払っている人は、今回の給付金がちょうど1%になる。
 生活支援とか景気刺激という給付金の趣旨には反するので、ある意味、政府に批判的な態度といってもよい。ただ、よくよく考えてみると、景気悪化でNPO等への寄付も減っているであろうから、NPOを救済するという意味もあるかもしれない。
 私としては、自分の生活がママならぬ時期にできなかったNPOの勉強を少ししてみる、という考え方で、この給付金を使ってみようと考えた。だから、はっきり、ぶれずに「受け取ります」と言おう。

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