« ベルルスコーニはラスムセンを助けたか? | トップページ | もう一つの「スペインの奇跡」 »

アッシジ、ラクィラ

 イタリア中央部を襲った大地震。今回は、ラクィラが襲われたわけだが、十数年まえにアッシジの大聖堂のフレスコ画をこなごなにした大地震も覚えておられる方も多いだろう。実は、イタリア研究者を名乗りながら、この二つの町にはまだ行っていない。自分がいつか行くべきと思いながら行かずにいた町がもう二つ崩れた。
 それは理由があって、政治や歴史を研究するといっても現代が主たる関心なので、この二つの町に行くには純粋に観光でないと行けないし、主要大都市から少し離れている(逆に飛行機でいくほど遠くもない)という距離の中途半端さもあり、非常勤時代にはとてもそういう余裕はなかった。
 実は、私は学部時代には史学科で中世史の研究を志していた。しかし、フランス語やイタリア語は何とか読めるようになったが、ラテン語やドイツ語は全然覚えられなかったので、卒業と同時に純粋な歴史学者になる道は諦めた。ただ、中世の都市にこだわりはあって、卒業してしばらくして、シエナに語学留学したときは、近郊のサンジミニャーノ、モンタルチーノ、モンテプルシャーノといった小さな町を週末ごとに回った。
 しかし、アッシジとラクィラは、中世においては、これらの小さな町よりも重要な都市だったのだ。シエナ近郊の小さな駅で発車前の列車の中で座っていたとき、ホームから窓越しに初老のフランス人紳士が話しかけてきて、「日本人がこういう小さな町にくるのは珍しいな。お前はこの近くに住んでいるのか。」と聞かれ、「シエナでイタリア語を勉強している」と答えた後、なぜか、「お前はラクィラに行ったことがあるか。とてもきれいな町だから、一度行ってこい。」と言われたことを思い出した。この後、列車が発車して、彼のラクィラに関するこだわりは聞けなかったが、それを自分で発見することも今回の地震で難しくなったわけで、何がそこにあったか分からない分、余計に残念である。

|

« ベルルスコーニはラスムセンを助けたか? | トップページ | もう一つの「スペインの奇跡」 »