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欧州議会選挙のCM

 例によって、自宅への光導入(いまさら)によって便利になったYou Tubeネタ。
 欧州議会選挙は、投票率がさらに下がるのではないかと心配されている。ユーロ導入、東方拡大のユーフォリアはとうに去り、EUのせいとはいえないが、世界金融危機は、グローバル化のお先棒を担いでいるという見方をされ、EUにとってもマイナス。前回選挙でも顕著だった最近の加盟国での加盟後のがっかり感もある。ちょっと好転したのは、今年ユーロに入って隣国ハンガリー(EU加盟国だがユーロ未参加)で安くものを買えるようになったスロヴァキアくらいじゃないかな?
 しかし、投票率を上げようとEU内で流されているCMはやはり面白い。ドラマと同じで初見でないと面白くないかもしれないので、先にリンクだけつけて、思わせぶりの仮題を私なりに勝手につけると、
1.不思議な投票者
2.お急ぎの皆さん
3.素直な銀行強盗
4.ありえない政策実現
ということだろうか。以下は、ネタバレ。

1.は、なぜか女性が絶叫しながら投票所に入ってくる。絶叫したまま、投票して出ていく。次に入ってくるのは、ホラー映画「エルム街の悪夢」のジェーソンのような覆面に斧を持った男。これが、先の女性を追いかけていたと知れる。最後にキャプション「いつだって、投票する時間はあります。」
2.はヨーロッパに多い、自転車レース。先頭の選手が突如、道を逸れ、投票所に駆け込み、続く選手も次々に投票に入ってくる。最後にやはり「いつだって、投票する時間はあります。」
3.は銀行強盗が仕事の帰りか、急いで車で投票所に乗りつけるが、係員にIDの提示と覆面の中を見せるように言われ、素直に見せて、投票したところで表に警察がやってきて、他の出口から逃げる。最後に「いつだって、投票する時間はあります。」
4.は異なるシリーズで、各国バージョンがあるが、いろいろな普通の市民がニュース・キャスターになって、自分が希望する(現状ではあり得ない)政策が実現したというニュースを読む。「ヨーロッパ最後の原発が停止しました」「雇用を守るため、EU域外からの輸入は全面禁止されました」「父親は2年間の育児休暇をとることになりました」「幼児労働により作られた製品の販売は禁止されます」最後に「ここに出てきたものは本当のニュースではありません。あなたが何かを実現したければ、投票を」。これらは、もちろん架空でも、現実に欧州でどこかの政党が言いかねないことだ。
 いずれにしても、やはり大人というか、洗練されている。日本の衆議院選も、可愛いモデルなどにただ「投票しよう」と言わせるようなCMにはせず、工夫してほしい。

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ワーク・ライフ・バランス

 今朝のNHKニュースで「仕事と家庭生活の両立、いわゆる『ワーク・ライフ・バランス』という言葉が浸透していない」との報道。
 しかし、この言い方もまた誤解を与えるのではないだろうか。いや、間違っているというわけではないのだが、こういう言い方では、学生の「勉強と部活の両立」のように、本人の自助努力によるものと誤解されかねない。そういう側面もないことはないが、むしろ社会全体での「ワーク」と「ライフ」のバランスこそ、この概念の中核だろう。
 つまり、残業(しばしばサービス残業も)が当たり前というような社会風潮があれば、個人がどんなに家庭生活との両立を図ろうとしても難しいのであり、特にわが国には保育所不足などインフラ面の政策の努力が足りないので、むしろ政府と企業の責任こそ大きいのであり、もはや個人の問題ではない、ということが重要なのではないか。
 社会全体における「仕事」と「生活」のバランス、これこそが問題だ。

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Comme d'habitude 試訳

 前項の英語版 As Usual に刺激を受けて、My Wayのフランス語原曲Comme d'habitudeの日本語訳を試みました。ギリギリ歌えるように音数を揃えるため(それでも、さだまさしのように歌わないと曲に間に合わない)に、完璧な訳にはなっていない自由訳です。これで、少し原曲のニュアンスが、フランス語を読まない人にも分かるかと。

朝目覚めると 君はまどろみのなか
寒くないかと シーツを掛けても
髪を触っても 君は気づかない
背を向けるのさ いつものように

急いで着替えて 部屋を出て
一人でコーヒーを飲んで 出遅れる
家を出ると 空は灰色
寒くて襟を立てる いつものように

いつものように 仕事も
楽しいふりをする
いつものように 微笑んで
いつものように 笑ってみる
いつものように 生きていく
いつものように

 こんなことしてないで、仕事しなさい(母が天国から叱っている)という感じですが、私がブログを書くのは、たいてい、仕事で煮詰まっているとき、いつものように。

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私が最も好きな歌

 もう2,3年前にこのブログで書いたのですが、私が最も好きな歌は、My Wayのフランス語原曲であるComme d'habitude(いつものように)。有名になったフランク・シナトラの英語版と違って、原曲であるクロード・フランソワの歌詞には、英語版のような唯我独尊のニュアンスはなく、普通の人々のそれほど楽しくない日常を描き、しかしそれでも愛する人とはスマイルと愛でなんとか生きていく、といった内容の静かに心にしみる歌なのです。
 中学生のころ、NHKのFMのシャンソン番組で知って、田舎ではそのテープを虎の子で聴き続け、大学に入ってからCDで入手し、ずっと聞いていましたが、動画ではクロード・フランソワを見たことがなかった(わたしの生まれた頃にできた歌なので)。それが、最近、家に光を導入してからスムーズに見られるようになったYou Tubeで多数、発見。ごく最近まで、古い映像はあまりYou Tubeにはないと持っていたが、ひょんなことからキリスト教民主党の古い映像を見つけ、これがあるならと検索をかけたら、まさに感涙もの。クロード・フランソワの歌詞つきの動画(歌詞だけ後でつけたのでしょう)もありました。
 また、今回、英語の歌詞でAs Usualとフランス語の原曲に近い訳にして歌っている歌手(誰かよく知らない)を発見。これは、日本でも岩谷時子の詞、越路吹雪の歌で有名になった「愛の讃歌」が、エディット・ピアフの原曲のニュアンスから離れているとして、美輪明宏が独自の詞で歌っているのに似ている。
 英語の歌詞に近い日本語ヴァージョンも美空ひばりの絶唱が。海外でもすごさがわかるようで、中国語や英語の書き込みもあり。
 これらの良さが分かってくれたら、地球上のどなたでも我が友と呼びたい。そう言っても誰もうれしくないでしょうが。もし、やや太めの私がふいに死んだら、これを葬式にかけてくれれば、ほかに望むことなし。

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ドイツの斬新な現代美術館

 仕事でなく行きたいところを、なかなか行けない状況のなかでブログに書き留めておくシリーズ。
 ドイツのミュンヘンに画期的な現代美術館、ブランドホルスト美術館が21日に開館した。その名の通り、現代美術収集家のウード&アネット・ブランドホルスト(夫妻?)が集めた現代美術(20世紀、21世紀)のコレクションのみを、そのコンセプトを守って展示するため、一個の美術館として作ったようだ。ウォーホールのようによく知られたものも、たぶん現代美術マニアしか知らない作家もあるが、ホームページから見ても、いいコレクションと分かる。私など一般的な知識しかない者が、その作家の名前を知らなくても、確かにメディアで取り上げられた記憶のある論争的な作品もある。
 美術館の外観も斬新なので、上記のリンクで一見されたし。
 

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グルカ兵の英国居住許可が感動的なもう一つの理由

 イギリスのために激戦地で命をかけて戦ってきたグルカ兵(19世紀以降ネパールからリクルートされた特別部隊の兵士)たちの引退後の英国での居住が、1997年(香港返還に伴う部隊の英国への移動)以前に退役した兵士たちにも認められることになった。
 これは画期的な判断だが、このニュースがさらに感動的だったのは、グルカのために働いたジョアナ・ラムリー(Joanna Lumley)という女性がいたからである。この女性は、金髪の完全なイギリス人だが、父がグルカ兵部隊の将校だったという。最初、このことは司法で争われ、望まれた結果が出ないと、今度は担当大臣をテレビカメラの前で待ち構えて「奇襲」し、言質をとろうとした。最後は議会の労働党議員たちに働きかけて、慎重だったゴードン首相についに決断させたのである。
 司法、メディア、議会とあらゆる権力に働きかけて自分が正義だと思うことを実現していく、政治の生きた教科書のような事例である。

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私の好きな言葉

「役に立たないからこそ、さらに美しい」
 実は、今日知ったのですが、「シラノ・ド・ベルジュラック」に出てくる台詞だそうです。
CNNのエッフェル塔120年のリポートで引用されていました。
 トレンドに乗れない、マニアックなテーマの研究者には、涙の出るような言葉。
 学生の時、実家にホームステイにきた(父の務める高校に来た)フランス人の先生にもらったシラノのペーパーバックが残っていれば、お盆に帰ったときに読みたいな。

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自民党に捧ぐ讃歌?「麻生さんがいてよかった」

 前項に続き、イタリアの昨年の総選挙に学ぶ?日本の選挙を楽しくする提案。今回は、自民党編。イタリアで自民党の位置にいるのが、ベルルスコーニ。ブッシュを応援した政治家でいまだに無傷なのは、主要国では彼のみ。その彼を応援した歌が、Meno male che Silvio c'e'. (シルヴィオがいてよかった)という曲。ただ、この本歌は、前項のイタリアの民主党のYMCAの替え歌と違い、日本では知られていない曲なので、日本でこれに歌詞が似た曲を探すと、小泉今日子の「あなたに会えてよかった」。では、この替え歌で、

「麻生さんがいてよかった」

 解散(さよなら)さえ、上手に言えなかった。
 ああ、あなたの読みが信じられず、
 あきれていたの。
 時が過ぎて今、心から言える。
 麻生さんがいて、よかったね。きーっと、自民。

 寂しい懐、給付金くれたね。
 連立与党の気持ち、分かってくれたね。
 財源なくて、ただ借金だけで
 積み上げた赤字に気づかない
 子孫が払う
 ずーっと

 役人たち、うまく操れなかった。
 ああ、天下りを抑えられず
 逃げてばかりで。
 時が過ぎて今、心から言える。
 麻生さんがいて、よかったね、きーっと、役人。

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民主党に捧げる歌:I am DP!(YMCAの節で)

 民主党の復活はあるか。一つお願いしたいのは、これからの選挙戦で、岡田さんが以前党首だったときの「日本を、あきらめない」のようなネガティブなコピーを使わないでほしいことだ。
 イタリアの民主党(PD:左翼民主主義者とマーガレット連合が2007年に合同した中道・左派最大政党)も、先頃ヴェルトローニ党首が辞任して以来、意気が上がらないが、そのヴェルトローニが党首時代に作られた2008年総選挙向けの歌「I am PD」というYMCA(ご存じヴィレッジ・ピープル、西城秀樹の「ヤングマン」)の替え歌がとても楽しい出来だった。ヴァルテル(Walter)というヴェルトローニのファーストネームに呼びかける歌になっているが、YMCAのサビが「みんなで歌おう(Cantiamo tutti insieme)、私は民主党(I am PD.)」になっていた。歌詞は大体、「ヴァルテルと新しい、よい社会を作るのさ、シルヴィオ(ベルルスコーニ)も、ディーニ(元首相、右派に寝返った)も、マステッラ(元法相、連立をつぶした)もいなくていい、われわれが新しい時代を作るのさ」といった感じ。もっとも、この選挙で左派は負けた。
 しかし、日本の選挙というのは、選挙民もくそ真面目なのか、どうも楽しめない。そこで、私が勝手に日本語版を作ってみました。まだ、1題目だけですが。

I AM DP(わたしは民主党)
「民主、さあ、立ち上がれよ。
 民主、さあ、戦おうぜ
 民主、政権とる日が来たのだから

 いま、未曾有の危機が
 いま、そこにあるとしても
 いま、投票しないと、変わらないさ

 みんなで歌おう
 I AM DP(民主)!
 みんなで歌おう
 I AM DP(民主)!
 頻繁に総理が代わる
 自民ではダメさ。

 みんなで歌おう
 I AM DP(民主)!
 みんなで歌おう
 I AM DP(民主)!
 利権と浪費、踏襲するな。
 クリーンな政治に。」

 麻生首相の読めなかった漢字を散りばめて見ました。これは遊びですが、言いたいのは、わかりやすいキャッチフレーズを繰り返すこと、かつ、ちょっとは楽しい、元気の出る宣伝をしてほしい。
 
  
 
 

 

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100歳のノーベル賞受賞者の本の邦訳

 今朝の朝日の書評面によると、このブログでも先日紹介したリータ・レーヴィ=モンタルチーニ女史(生理学者、ノーベル医学生理学賞受賞、イタリア共和国終身上院議員)の本の邦訳が春に出ていたようだ。
 題名も『老後も進化する脳』(朝日新聞出版)。これほど著者と題名がぴったりの本もちょっとない。イタリア語の人名表記がとても正確だなあと思っていたら、イニャツィオ・シローネ『葡萄酒とパン』やフランカ・マニャー二『亡命家族の肖像』などの邦訳をされた齋藤ゆかり氏の訳だった。どれも貴重なお仕事で、現代イタリア理解には欠かせないものだ。ここに挙げたすべての本の著者に共通するもの、それはファシズムからの受難とそれに耐えたレジスタンス。それも華々しい武勲というよりは、知的で地道なレジスタンスだ。
 レーヴィ=モンタルチーニ女史は、もちろんレジスタンスの闘士ではない。しかし人種法制定後の亡命先のベルギーから帰国後、米兵やレジスタンス側の医療にも関わっているし、戦後アメリカで研究成果を上げたことも、物理学のフェルミらと並んでイタリア科学者の名声を高めた戦後の共和国への大貢献である。
 NHKが小田実氏の活動を描いたドキュメンタリーでも、齋藤さんの名前が小田氏本人の会話に出ていた。今回の訳書も3月刊行ということは、ちょうど著者が4月に100歳を迎えた直前に間に合ったわけで、出版時期も最高である。

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フィジーの軍事政権

 フィジーを島サミットに招待しないとの記事を読んで、またしても自分の無知からウェブ上の基礎情報を読むが、どうもはっきりと分からない。多数派のフィジー系のほかに相当数のインド系がいて、歴史上何回もクーデタがあったらしく、近年のそれは初のインド系首相誕生とそれへの反発、さらにクーデタとその後処理の失敗などなど、落ち着かず、軍事政権を違法とした裁判所に対し、憲法を停止するという暴挙に出ていることからも、途上国でも民主化の進んだ近年のなかで稀な例であることは間違いない。
 普通、観光地のイメージが強いので、経済も駄目になっているかというと、軍事政権でも人々の生活には大きな変化がないとの記事もある。これもまた不思議で、その辺の感覚もよく分からない。日本人で強盗にあう被害も増加していると渡航情報にあるから、あまり進んでいくところではないようだ。トンガやソロモンでも暴動が起こっているし、太平洋の穏やかな南洋の島というイメージは完全に違っている模様。院生時代に読んだ本には、フィジーは周囲の島国よりは大きく、地域内で覇権をとろうとしているというミクロな動きの分析があって、こんなミクロの世界にも「国際関係」ってあるんだと関心した記憶がある。
 ただ、インド系は明らかにイギリスの植民地時代に連れてこられたもので、イギリスの負の遺産もあることは間違いない。尊敬する学界の友人たちを馬鹿にするつもりはまったくないのだけど、どうも日本語にはイギリスの外交や植民地政策に対して批判的な文献が少ない気がしてならない。難点があっても、「苦闘」と描かれてしまうような。
 例えば、ギリシャの内戦にも、中東の混乱にも、各地の植民地の独立後の内戦にも、イギリスに少なくとも部分的に責任のあることは多い。バランスをとるためには、思い切って「イギリス植民地政策の負の遺産大全」とか、「大英帝国の大失敗」とか、「ジェントルマンのジャントルならざる統治」とか、そういう本が出ませんかね?

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本物のロッカー

 忌野清志郎について無数のブログで書かれている上に、ここでも書く必要はまったくないが、彼は日本で数少ない本物のロッカーだったと思う。
「雨上がりの夜空に」は、ご存じのように、歌詞のギリギリのところで、歌詞カードではそう見えないが、発声すると含意がはっきりする、同音異義語の多い日本語の特性を生かした名曲である。歌詞には絶対にチェックが入るので、聖飢魔Ⅱもこのようなことをしたことがあるが、歌詞のほうは意味不明なものになっていて、清志郎のような完成度はない。
 一方で、清志郎は「君が代」のアレンジで物議を醸したり、働くお父さんの讃歌も歌った社会性のある歌手だった。
 やはり、ロックというなら、人間の本性に迫るもの、と、批判を受けるくらいの政治や社会への関わりがなければ、駄目だろう。歌詞で権力に唯々諾々と従って、何のロックだろう。また規制があってもそれをくぐり抜ける工夫もできないで、アーチストと言えるだろうか。
 だから、私は日本の自称「アーチスト」歌手たちを評価しない。それなら、ベタなアイドルや演歌歌手のほうが気取らないだけ、まし。

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NAFTA flu

 今朝ついに成田空港で新型インフルエンザの日本人感染者が発見された。国際空港は入国前は国際領域なので、国内感染の際の措置(学校の休校などもあり得る)は取られないようだが、連休後の1週間はやはり警戒すべきなのだろう。
 ところで、感染者が特に多いメキシコ、アメリカ、カナダは北米自由貿易協定(NAFTA)で経済的につながっている。そこで、今回のインフルエンザを"NAFTA flu"と呼ぶ向きも英語圏メディアにはあるようだ。この用語には、単に地理的な近接性以外の政治的含意がある。
 たとえば、日本でもCSで放送されている「デモクラシー・ナウ」は、今回のインフルエンザの広がりには、新自由主義による規制緩和で、本国アメリカで緩い規制しか受けない巨大アグリビジネスが新興国に市場開放を要求したことも部分的には(あくまで部分的であり、直接の因果関係が明確ではないが)関係あるという説を唱える学者へのインタビューを紹介している。
 もちろん、実際には感染は欧州やアジアに広がっているので、行政的、医学的にはこういう用語はバツだろう。しかし、一見「全世界」に見えるものの、大ざっぱな見方をすれば、メキシコと直接の接触のある国(アメリカ、カナダなど貿易相手国)と、お金があって国民がメキシコ(およびアメリカ、カナダ)に自由に行ける国だけに広がっている(途上国では医療が整っていなくて把握できない可能性もあるにしろ)という、言ってみれば「金持ち病」的な側面がないわけではない。
 むしろ、注意したいのは、今回の感染により、アメリカ国内でNAFTAへの反省が確実に起こっているだろうが、上記のような新自由主義批判で述べられるにしろ、メキシコ(ないしヒスパニック)への偏見に基づいて述べられるにせよ、ナショナリスト的な主張が、抗しがたい「衛生上の」問題の背後に隠されたまま、展開されるのではないかということだ。

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World in Union

 数年前の新潟地震で被災者の心を癒した平原綾香の「ジュピター」。この曲がホルストの「惑星」のうち「木星」の部分から取られたことはよく知られているが、昨晩、NHKの衛星テレビで流れたイギリスの男子校の合唱教師の奮闘ドキュメンタリーで、これと同じ曲が合唱曲として彼の地では定番になっていることを初めて知った。
 曲名をWorld in Unionといい、実はラグビーのワールドカップ開会式で1991年から採用されているという。その年にはオペラ歌手のキリ・テ・カナワが歌い、オーストラリア大会ではUnited Colours of Sound というグループが、フランス大会でもロベルト・アラーニャなど世界各国から選ばれた歌手たちが歌ったようだ。だから、ラグビーが好きな人はとうに知っていたかもしれない。
 ただ、今回知って少し感動したのは、チャーリー・スカーベックという人がつけた歌詞が、人種差別のない世界を期待したものであることで、i Tunes で探したら、いろいろ個性的な歌手や合唱団が歌っていることに気づいた。例えばSoweto Gospel Choir というグループは、ネルソン・マンデラ・シアターでライブした録音があるし、グルカ兵師団の演奏もあった。
 平原綾香がこれを知っていたのか、知らなかったのか分からないが、日本で個々人の心を癒した曲が、彼の地ではもう少しコスモポリタンで人類愛的な曲として歌われているということが、同じ優しく深い旋律の働き方の違いとして興味深い。

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ディズニーランドに来た外国VIP

 前項で書いたディズニーランド(L.A.)を訪問した外国VIPについて、以下の人名は分かった。
 ネルーのほか、鄧小平、昭和天皇、フセイン国王(ヨルダン)、グスタフ国王(スウェーデン)、デスモンド・ツツ司教(南アフリカ、ノーベル平和賞受賞)、シラク大統領(フランス)、ダライ・ラマ。あと、オランダの皇太子とイランのシャーも来たみたい。

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ディズニーランドのネルー

 連休に入ったが、残った仕事の合間に次週以降の教案を書いている。民族自決という大項目を前に、自分が全然知らないエンクルマやネルーのことを調べていたら、ネルーが1961年11月にロスを訪問し、娘のインディラ・ガンディー(後の首相)と並んでディズニーランドでジュースを飲んでいる写真を見つけた。ネルーに詳しい人はとうに知っていたでしょうけど。権利の問題があると思うので、ここに写真は張りませんが、wikipedia(アメリカ)にあります。当時はウォルト・ディズニーその人もまだ生きていて、ネルーと一緒に乗り物に乗っている写真も別のホームページにあった。
 連休っぽい発見。どうも私の頭では、子供のころに学習漫画などでネルーと王貞治は「真面目」の権化のようにすり込まれた感じがあって、こういう写真を見ただけで癒されてしまう。ところで、二人の持っている紙コップには、今と違って特にジュースの名前は書いてないが、コカコーラの可能性はないのか?「細かいところが気になるのが、ぼくの悪い癖」(杉下右京 in『相棒』)
 しかし、ディズニーランドを訪ねた外国政治家とか、コカコーラを飲んだ外国政治家とか、それこそアメリカのソフト・パワーの一つの証明かも。ネルーの1961年の訪米時(1956年にも訪米している)の大統領はケネディ、駐印大使は経済学者のガルブレイス。このときは、対中関係の緊迫化のなか、ケネディとの首脳会談と国連総会で演説が目的だったが、ブロードウェーにも行っている。

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