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PSOEの選挙CMをコピー?メキシコの謎

 知識がなくて、メキシコという国が分からない。新型インフルエンザに対する報道規制が一つ。今どき、共産主義体制でもないのに、こんなことをするとは、どこかロシアっぽいところがあるのか?
 もう一つは、スペインの「エル・パイス」が報じた、メキシコの政党がスペイン与党の社会労働党(PSOE)の昨年総選挙のCMをほぼまんまコピーしていること。
 若い女性が目覚めて猫などを相手にしつつ、外に出るが、対立党の看板は横目に通り過ぎて、やっぱりPSOEとその看板を見つめる静かなCM。紙上の比較ヴィデオを見たが、これは盗作といわれてもしょうがないほど似ている。それにしてもスペインとメキシコなら人の往来も多いだろうし、なんでこんなばれやすいことしたのかな?

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サルコジとベルルスコーニ

 国末憲人『サルコジ』(新潮選書)を拾い読み。著者は長期にわたってサルコジを追われているだけに、本当に面白い。サルコジもフランス社会独特のコネを使って、嫌いな民放キャスターを追い込んでいたとは。ベルルスコーニと大して変わらないな。その企業を「所有」していないだけで。現在の奥さんのカーラ・ブルーニの男性遍歴もすごいが。超有名な知識人ベルナール=アンリ・レヴィの息子も相手だったというから、単なるイケメン狙いではない、すごい人物鑑定&吸引力だ。
 サルコジ、ベルルスコーニについては、日本のメディアも面白半分で伝えていることも多く、その本当の恐さというものを伝えきっていない気がする。数少ない例外は、両者ともに対してその危険性を指摘したイタリア研究の大先輩、村上信一郎氏の一文だろうか。
 私生活まで明らかにして紙面を埋め尽くすサルコジの「ストーリーテリング」の手法について書かれているが、ベルルスコーニが過去から一貫してやっているのが、これ。真実かどうかは別として一貫性のある「面白い」物語を継続的に流し続ける政治的マーケティング。それがうまく行き過ぎて、ついにイタリア国会にも欧州議会にも、イタリア人の共産主義者(共産系左派)、緑、社会主義者(社会党系)はいなくなった。社会民主主義者は民主党に残っているが。

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欧州議会選挙結果に関するメモ

 今回の欧州議会選挙の結果について気づいた点のメモ。
・イギリス:連合王国独立党(UKIP)が2位、労働党が3位に転落。ブリテン国民党(BNP)が議席獲得。
・イタリア:昨年の総選挙に続き、共産系左派、緑、旧社会党系の左派全滅。
・ギリシャ:緑が議席獲得。

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欧州議会選挙の政党CM傑作選

「やそだ」が勝手に選んだ欧州議会選挙の各政党CM傑作選。(投票を呼びかけるEUそのもののCMは数日前の項目をご参照)
 緑/90年連合(ドイツ):世界金融危機を揶揄。アメリカから日本、中国、ロシア、ヨーロッパに連鎖していくさまをコミカルに描く。日本は新幹線と富士山が登場。五重塔やビルが倒れるなか、富士山が噴火し、一万円札が炎上。ドイツではオペルが倒れ、原発が復活、廃棄物が森を襲い、失業者が増加。そうはイカンザキ(あ、これは昔の日本の選挙だった)と緑が声を上げる落ち。
 新中道(フランス):変わったアプローチ。最初の直接選挙(1979年)からの欧州統合の歴史とフランスの中道勢力の貢献をたどる。もちろん自画自賛だが、われわれ外国人には学習的な内容(当時の資料映像)も。
 リベルタス(ドゥヴィリエ&CPNT)(フランス):反EU。中国製製品なんか要らない、ブリュッセルの官僚政治を許すな、トルコをEUに入れるな、ローマ条約「本来」の域内優先こそ!(外に対しては保護主義的でいい)、ヨーロッパを我らの手に。
 緑の党(イギリス):イギリスは欧州議会選挙は国会(小選挙区制)と異なり比例代表制をとる。そのため、国会議席ゼロの緑の党も議席が獲得できる(現に前回は獲得した)チャンスがある。普段、見られない同党の主張や活動が分かる。ライバルのBNP(排外主義政党)に北西部の(緑が取れるかもしれない)議席を渡すな!と、独特の「比例代表制説明」ビデオも。

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クイーンズランド州観光プロモ

 オーストラリアのクイーンズランド州が新手の観光プロモーションをしている。突然、コートを着ている女性モデルがコートの前を広げるとビキニ姿。しかし、露出狂ではなく、そのコートの内側にはクイーンズランドの美しい海岸風景が描かれていてモデルの背景となっているという立体?CM。Daily motionでフランスの政党CMを見ているうちに見つけました。

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Alice De Gasperi

 先頃、元官僚によって訳されたジャン・モネの回想録は、初の全訳で、訳者は「学者からは文句が出るだろうが」などと序で書いているが、はっきり言って「ひどすぎる」世紀の悪訳である。
 表題は、同書によるデ=ガスペリ本人の人名の誤記であり、デ=ガスペリの娘ではない。Alcide De Gasperi(アルチーデ・デ=ガスペリ)をどうやったらこう誤記できるのか。このほかにも、ちょっとした本で調べればありえないだろう人名表記の誤記がいっぱい。この人は、自分の思った感じで人の名前の読み方を決めてもいいとでも思っているのだろうか。滞仏生活何年ともあるが、それは学識を保証していない。
 かわいそうなのは、序で感謝されている、翻訳に協力した訳者の同僚の人々(この人々を責めてはいけない。最終的に訳者がちゃんとチェックできていれば、何の問題もないのだ)で、このような訳者に感謝されても名誉なこととはならないだろう。

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