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選挙報道での政党の色分け

 総選挙については、もう書かないつもりだったが、忘れそうなことで気になっていることを一つだけ、蛇足で。
 NHKの開票速報では、色分けで自由民主党には赤、民主党には青を当てていた。これはアメリカ流だ。アメリカの共和党は赤、民主党は青というのは有名。公明党は黄色、共産党は濃い紫だったかと思う。
 しかし、日本のような多党制の場合、ヨーロッパのイデオロギー色のほうが適合的かもしれない。ドイツのキリスト教民主・社会同盟のシンボル・カラーが黒、自由民主党が黄(金)、社会民主党が赤という分類はよく知られているが、ドイツの場合、さらに緑(そのまま)ともう一つの赤(左翼党)が加わる。イギリス、イタリア、スペインでは保守が青で、左翼が赤だ。(イタリアの場合、中道左派の民主党はオレンジになったが)
 自民党自身はかなり前から緑を党のカラーとしていて、日本に緑の党がないので、この色をおさえようとするのは、なかなかずるい。民主は赤なのかな?
 もしヨーロッパ流にするなら、自民=青、民主=オレンジ(赤=左翼とも黄=リベラルともいいかねるので)、公明=黄(リベラルではないが、仏教で好まれるので。紫も可)、共産=赤、社民=ピンク、国民=黒(保守)、みんな=緑、新党日本=白(日の丸の赤をもう共産で使っているので)くらいに分ければいいのではないか。

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高岡よ、変われ!

 総選挙気分を脱するために、総選挙ネタはこれで打ち切りにして、最後にこれだけは言いたい。
 我が郷里、高岡(富山3区の中心都市)は今回も政権交代を選択しなかった。同じ北陸でも石川、福井は民主が小選挙区か比例復活ですべて通っている。いつまで保守と一緒に凋落を続けるのだろうか。いいかげんに変われといいたい。開町450周年を祝っている場合だろうか。東京と同時に市制施行した30数都市の一つだが、その勢いはもうない。

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国民審査と沖縄

 選挙が終わってから気づいた、最高裁裁判官国民審査と沖縄の関係。yahooで引用された『琉球新報』の記事
 沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故に関する日米協議の文書公開を求める訴訟の最高裁審理(一部公開を求める高裁決定を破棄)に係わった判事の名前が出ている。こうした事件があるとすると、この訴訟には係わっていないとはいえ、外交官(竹内判事)を裁判官にするのは、やはり問題がないだろうか。国際法の専門家も必要なら、学者でもいいはず。
 このような重要な事件があっても、よほど注意していないと、どうしても記憶に残りにくい。アメリカの最高裁判事指名のプロセスを見ていると、むしろ日本の最高裁人事は、もっと政治化して取り上げる必要があると思う。日本ではすぐ、中立性、客観性を装って政治、メディアの不介入を言うが、法を作り執行してきた官僚が複数、裁判官に入っていることは、むしろ、中立性、客観性の意味でも問題があろう。もはや、官僚が中立的とは誰も思っていないのでは。

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国民審査にも重要な結果あり

 最高裁裁判官国民審査の結果に少し驚いた。もちろん例によって全員信任され、罷免を求めるのは数%。ただし、今回は、「一人一票実現国民会議」が新聞に掲載した意見広告(このブログでも紹介)で取り上げた、一票の格差を是認した最高裁判事2人(涌井判事と那須判事)が罷免を求める数が最も多かったのである。
 これまでは、国民には分かりにくい裁判の実績はあまり影響せず、×は最初に名前が掲載されている判事(今回の場合は櫻井判事)がいちばん多いということが多かったはずだ。上記の「国民会議」も実際に罷免させるという個人攻撃でなく、最高裁に国民の意見を伝えるという意味で呼びかけたはず。だとすれば、一定の成果を収めたといえるのではないか。
 これはもっと注目していいことだと思う。

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総選挙に関する私的な感想

 8月31日、小中学生は宿題に大わらわ。すでに学校が始まっているところもある。社会全体がBack to Workになる時期に政権交代が重なった不思議な気分である。私もこんなものを書く時間があったら、やらないといけない仕事もあるが、現在の自分の感想をメモしておきたい。
 テレビで語られていることはみな省く。報道を聞いても自分の考えがまとまらないところだけ。
 歴史的な勝利。確かに。しかし、改選前の自民党(300議席)を改選後の民主党(308議席)が上回っているとしても、改選前の自公の合計は331。衆議院の3分の2を超えていたのである。自公のように明確な連立を組んでいない民主とその友好勢力(社民、国民、新党日本)は、合計で319。新党大地を足しても320でようやく3分の2。無所属にも民主寄りがいるから、実際は3分の2を超えているといえなくもないが、いわば仮説の3分の2だ。民主内部の改憲派を警戒する社民には、結構重要な数字である。
 やはり小泉元首相の郵政選挙のほうがすごかったと言えないこともない。やろうと思えば、衆院再可決も実際できたし、安倍首相のとき参議院で大勝していれば自公で(公明は慎重だろうけれど)憲法改正発議もできたかもしれなかったのだ。
 参議院に至っては、上記の4党合計で実は過半数に1足りず、民主寄りや3党協力の無所属を足してようやく過半になっているに過ぎない。衆議院に優越権のない一般法案では案外、足下は危うい。
 来年の参議院選挙で勝てないと、結局自公と同じ、あるいは2006年に選挙で勝ちながら2008年には政権交代したイタリアの中道左派と同じになる。(ただし、イタリアの場合、圧倒的な多数党がないのと、首相は両院ともの信任が必要で、いささか事情は異なる。)
 連立の成否によっては、共産党や「みんなの党」に注目が集まる瞬間があるかもしれない。

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日本版ボートマッチ

 コンピュータ上に次々現れる質問に答えて、最後に集計すると、自分の考えに近い政党を選んでくれる投票支援ツール「ボートマッチ」。マニフェストで各党が政策を明確にしたおかげで、これが日本でも可能になった。読売新聞と毎日新聞のボートマッチを試してみた。
 読売新聞は項目の選択のバランスが取れていて、私の最適政党は民主、社民、共産の順に出た。大体思ったとおりの結果が出た。毎日新聞は、項目が毎日が力を入れている憲法、安全保障、政権の意味などに偏りすぎで、結果も予想外で、私の最適政党は「新党大地」(東京では投票できませんけど)、次が民主だった。
 ボートマッチとしては読売に軍配を上げる。読売は新聞として論調が好きかと言われればノーだが、読売のボートマッチは、本来むしろ毎日がもっと関心を持つべき「夫婦別姓」などの社会的テーマも項目に入っていてよい。ボートマッチはやはりいろいろなテーマでバランスがとれていることが重要。
 読売のボートマッチは2007年の参議院選挙にすでにあった「投票ぴったん」の研究グループの作成らしい。2007年版がまだ残っていたので、当時とどう自分や政党が変わったのか試してみたら、読売とほぼ同じ結果が出た。最適政党は民主の次に新党日本。最も不適は国民新党になった。公共事業が複数の質問で出たからだろうか。

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入手できたマニフェスト冊子のまとめ

 昨夜、各政党の選挙活動は終了しましたが、私は一昨日に各党のマニフェストが一通り集まったところで、収集活動は終えました。もうそれどころではなく、小中学生のように「夏休みの宿題」(仕事)がまだまだ終わっていない。だから、社民党の完全版と自民党の「政策BANK」はもう集めに行きませんでした。後者は冊子になっているかどうかも不明。というのは、ネット版を見ると、配布している要約版の続きのような頁数から「政策BANK」は始まっているので、いわば「統合版」があるのだろうか。
 以下は、入手した各ヴァージョンと収集場所。要約版は「ダイジェスト版」と呼んでいる政党もあります。区別のないのは、いわばそれが完全版なのでしょう。公職選挙法で認めているマニフェスト(法律上は「パンフレット又は書籍」)は一種(たくさんあっては公約とは言えないのでしょう)で、その「要旨」はありということですから。括弧内の番号はパンフレットとしての登録番号。
〔入手できたもの〕
(自民党)要約版(第2号)(候補者選挙事務所、個人演説会)
(民主党)区別なし(第1号)(候補者選挙事務所、街頭)
(公明党)完全版(第1号)(党本部)
(共産党)要約版(第2号)、完全版(第1号)(党東京都委員会)
(社民党)要約版(第2号)(社会文化会館)
(国民新党)区別なし(番号なし、非パンフレット=政治活動用?)(党本部)
(新党日本)要約版(1枚紙でビラ扱い、ビラ第1号)、完全版(第1号)(党本部)
(みんなの党)要約版(第1号)、完全版(第2号)(候補者選挙事務所)
(幸福実現党)区別なし(第1号)(党本部)
〔入手できなかったもの、冊子未確認のもの〕
(自民党)「政策BANK」(完全版?、非マニフェスト?第1号?)
(公明党)要約版(第2号?)
(社民党)総合版(完全版?第1号?)
 なぜ、マニフェストに二つのヴァージョンがあり得るかについては、このブログの「マニフェスト収集活動(3)」で引用している公職選挙法第142条の2を見てください。

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「マニフェスト」の多義性

 マニフェストという言葉は、業界によっては、いろいろな意味で使われていると『週刊朝日』の連載エッセー「コンセント抜いたか」で嵐山光三郎氏が書いている。
 嵐山氏が友人たちのそれぞれの業界での使用例を聞いているのだが、それに私が調べたネット情報で補足し、辞書風にまとめると以下のようになる。
(貿易)税関に提出する積荷目録。2002年12月以降、米国関税庁の場合、テロ対策のため、事前申告ルールに基づき、船積み24時間前までに提出することになった。
(環境)産業廃棄物管理表。平成13年度から開始されたマニフェスト制度では、産業廃棄物の不適切な処理による環境汚染を防ぐため、排出事業者が廃棄物に名称、数量、業者名を明記した管理表(マニフェスト)を運搬業者や処理業者に渡す。
「あらかじめ」「具体的に」「明確にする」「誓う」「宣言する」といった共通の意味があるということだろうか。それにしても、上記の各業界で使う意味も近年の国際情勢、社会情勢を反映していて面白い。

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ちょっと大人のイタリア語

 まじめな話ばかり続いたので、ここらでお気楽なテーマを。
 何週か前に見た深夜のバラエティー「アリケン」(テレビ東京)で、とてもきれいなイタリア語を話すグラビア・アイドルがいて、驚きました。小川瀬里奈さんといい、ネプチューンのホリケンの擬似記者会見で、記者役の彼女が、画面に訳は出ませんでしたが、「週に何回セックスしますか?」とイタリア語で聞いていたのです。その場は何を言っているのか分からないという笑いの流れでしたが、イタリア語の発音がとても自然だったのです。どうもミラノ育ちのようです。
 この小川嬢が、表題のような「ちょっと大人のイタリア語講座」というコーナーを上記番組ホームページで始めていますので、お伝えしておきます。
 

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雨とインフルエンザと選挙

 明日、東京周辺は天気よくないらしい。インフルエンザで人混みを避ける人もいる。この二つはかなり選挙結果に影響しないだろうか。組織が弱く浮動票が多い民主が言われているほど取れないのでは?逆にこれでも絶対的多数とれれば衝撃。
 電子投票にすれば、雨もインフルエンザも影響しない。今後も国際化や温暖化もあって、日本が感染症から逃れ得ないとすれば、利便性よりも危機管理として電子投票は必要になってくるのではないか?感染症が広がったから、選挙できませんなんてことは避けないといけないのではないか?

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マニフェストの要約版と完全版

 マニフェストには、党によっては、要約版と完全版がある。通常、よく配られるのは要約版。みなが細かく見ている時間がないから、要約版が要るのは分かる。ただ、逆に完全版というものがあるのは、なぜだろう。意識の高い人、あるいは利益集団など政治の「プロ」が読むためのものだろうか?
 より厳密に書いておくということは分からないでもない。ただ、デモクラシーというのは、そこまで細かいことを要求しているものだろうか。
 ここで思い出すのは、EUのうち幾つかの国でマーストリヒト条約や欧州憲法条約を国民投票に掛けたときの議論である。多数の条文からなる条約を全部目を通すのは普通の人ではまずあり得ない。雑誌などの要約で読む人はかなり良心的なほうだろう。でも要約は要約者の解釈が入り、厳密なものではない。それをもとに判断していいのか。また、それすら読まずに雰囲気や他の理由(国内政治の不満をここでぶつける)で投票していいのか、と。
 これまでのあいまいな公約がよかったというつもりはないが、選挙でのマニフェストへの関心の集中が、ごくごく細かい目標幾つかの不達のために、選挙後にマニフェストへの全面的不信へ極端に進まないことを願う。

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マニフェスト収集活動(5)

 初めて最寄り駅で小選挙区の選挙ビラをもらう。民主党の候補者の運動員が配っていてマニフェストもくれた。これで証紙を張ったビラが2種入手できたので、授業で小選挙区の説明もできそうだ。
 出勤途中に未入手の「みんなの党」のマニフェストを下町にある小選挙区候補者の選挙事務所でもらう。たまたま隣の選挙区で、私が昔働いていた会社の近くでもあり、土地勘があったので場所がすぐ分かった。都議を経験している候補者だからか、選挙事務所らしい事務所で結構忙しそうだった。
 地下鉄で都心に移動し、銀座の一等地にある幸福実現党の本部の前を通る。こちらは幸い、ドアの前のラックにマニフェストとビラが多数置いてあり、自由に取って行けた。時間節約になりラッキー。これで一応、各党のマニフェストが要約版か完全版かという違いを除けば揃ったことになる。(改革クラブと東京比例区には出ない新党大地は除く)
 社民党の小選挙区候補の選挙事務所にも行ってみた(この候補の場合、メインの事務所と選挙事務所が別で、またしても公職選挙法を意識して注意しなければならない)が、要約版しかなかった。
 自民党が選挙区で配っている要約版のほかに「政策BANK」という文書があって、候補者の選挙前のホームページ書き込みにはこれが自民党のマニフェストと書いてある記述もあるが、党のホームページではマニフェストと呼ばないところに、やはり公職選挙法の微妙な点が影響している。マニフェストの公示日前の配布にならないかという自民党の指摘に対して民主党が文書を区別してホームページで詳しく説明しているのも、この点をめぐっての問題である。これはやはり法律のほうに問題があって、悪法も法だとしても、ことさら悪法を使って合法か違法かで争うのは問題だ。
 いずれにしても、すぐにやってくる参議院選挙の前に、公職選挙法の改正をどの党も急いでもらいたい。

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twitterでつぶやいてみた

 ビジネスやインターネット情報が多いサイト Insight Now で「勝間和代、twitterに降臨」とあったので、それがどんなものなのか、私も行って「つぶやいて」みました。プロフィールにこのブログつなげてあります。勝間和代さんとホリエモン氏をフォロー。こういう有名人のつぶやきは見てみて面白くないわけではない。でもやはり、たまにしか見ないと思う。

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個人演説会に行ってみた

 総選挙の候補者の個人演説会に初めて行ってみた。特定の政党、候補者の名前やそれに対する支持、不支持を書くと公職選挙法に触れる可能性がある(摘発されることはまずないだろうが)ので、それらについては一切書かず、大多数の人は行かないであろう、そのやり方について、政治通ではない一般向けの「政治(学)入門」として、流れだけを客観的に述べる。本当は書きたいことがいっぱいあるのだが、それは選挙終了後にしたい。
 歩いて15分ほどかかる隣町の公民館で演説会は開催された。どうして日程が分かったかというと、ホームページの更新ができなくなる(本当に公職選挙法の運用はおかしい)公示日の前日までに、この候補者の選挙期間中の全日程が掲載されていたから。それだけ組織の力があるということだ。
 ほとんどの日の夕刻(日中は選挙区を回って辻説法なのだろう)に日程が設定されていて、同じ日に開会が30分刻みで2、3ヶ所で行われる。これは、一つの演説会が30分で終わるということではなく、実際に見て分かったが、複数の弁士が立ち、終わった人から時間差で次の会場に向かうのである。
 さて、公民館の前では、もともと支持者しか来ない想定なのだろう、皆さん挨拶に忙しい。私は新参者で誰も知らないが、私にも挨拶される。返す言葉もないので、会釈だけ返す。入口に入ると記名用の紙がある。「町会」ごとに分かれた紙(会員が署名)と、町名のない紙があり、当然わたしは町名のない紙に氏名、住所を記名する。支持者ではないが、話を聞かせてもらう礼儀として氏名、住所を書いてきた。
 どうも皆さん誘い合わせて来るのだろう。折りたたみ椅子をざっと150脚ほど並べてあるが、隙間を空けず、行儀良く固まって座っている。椅子にはもちろん、党のマニフェスト(要約版)と候補者のビラ(法定の証紙が貼ってある)。ほかに対立政党を批判した、小さな「選挙期間中でも自由に配布できる」政治活動パンフレット(これも公職選挙法の微妙なところで「選挙活動」用のパンフレットであるマニフェストと異なり、通常の「政治活動」用のパンフレットははいつでも配布できるのだ)。
 私の周りだけ空白が目立つので、後から来た人が座れるように壁に面した列の一番奥まで行って座った。開会になっても入る人は続き、たぶん「真打ち」登場まで時間があることをもうご存じなのだろう、開会後15分過ぎまで入り続き、会場はいっぱい、中が見える廊下にも椅子が並べられ座っている。ただ、来ている人がほとんど50歳以上という感じだ。私より若い人は見あたらなかった。かろうじて数人40代がいるかどうかという程度だ。つまり子育て世代はまずいなくて、おじいさん、おばあさん(あるいは、ひいおじいさん、ひいおばあさん)世代だ。
 司会は区議か支部の人のようで、最初に挨拶したのはこの地区から出ている区議で、彼がこの演説会を企画したらしい。次に都議が挨拶。いずれも数分程度。
 ここで、応援弁士の女性参議院議員が登場。国政と候補者について15分くらい話す。どうもこれより前に支持者の「女性の集い」というのもやってきているようだ。この地区の選挙カーにもこの日は乗っていたらしい。内容はともかく、演説は予想以上に上手だった。少なくとも、ここの聞き手には合っている。
 候補者の来る時間の調整のためか、次に、演壇の横に座っている7、8人の「町会」長(いずれも長老といった感じ)の代表者たる「連合町会」長が短く挨拶、さらに、また別の都議が短い応援の言葉を述べた。ここまでで30分強。いよいよ真打ち、候補者その人が登壇、20分くらい話しただろうか。内容は書かないが、一日中、選挙カーや辻立ちしてまだ話す政治家は体力がある。それだけは感心する。候補者の出入りの際に「町会」長たちが全員立ってお辞儀するのは言うまでもない。
 この「町会」という言葉が、最後まで引っかかった。私の郷里では「町内会」といい、聞き慣れなかったので、その政党の支持者の地域組織かと思ったが、そうではなく、東京では「町内会」を「町会」と呼ぶ例が多いようだ。田舎と違い全戸参加でなく新しい住民が入っていないのだろう。でないと、価値観が違う人が多く住む都会では特定政党への集中的支持は成り立たないはずだ。区議は、町会を通じて、皆さんにお声をかけたと言っていたから。「町会」長さんたちは大事な存在らしく、途中で各「町会」長の名前を読み上げ、本人が立ってお辞儀する紹介もあった。
 候補者は演説が終わると、次の会場に向かう。これで終わりかと思ったら、そうではなくて、区長の応援メッセージの代読、そして最後に全員起立で「恒例」の「勝つぞ」コールを三唱する。ここで立たないのは勇気が要ったが、支持すると決めているわけではないので、立たなかった。各弁士の演説の終わりと送り出し(順次次の会場に向かう)の際の拍手も礼儀でしてもよかったが、やはり自分の心に正直でありたく、拍手はしなかった。ただ、憮然としたり、にらみつけたりするような失礼な態度はとらなかったつもりだ。話をきくなかで首をかしげたことはあると思うが。
 時間はぴったり1時間で終わり。これが日本の選挙の原風景だろうか。ただ、こうした機会を作っていることはよいことだと思う。たとえホームページ等にその主張は掲載されていても、候補者の人物を判断するというために、時間が限られていても、実際に目の前で見ることは参考になる。
 残念ながら、この候補者と対立するある候補者には、まともな選挙用の個人ホームページもなく(党のホームページはあるが)、選挙事務所に電話して「近くで個人演説会はあるのか」と聞いたが、そもそもそういう形式をとっていないのか、ピンと来ないようで、答えが要領を得なかった。辻説法だけというのも、訴えとしてはどうだろうか。当選したなら、本腰を入れて地域の組織を作ってほしい。やはり対立する政党が恒常的に並び立って競わなければ、日本政治の弁証法的発展はあり得ない。

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マニフェスト収集活動(4)

 減量のため1日1時間の徒歩を自分に課してきたマニフェストの冊子集めもいよいよ終盤である。残ったのは、組織のしっかりした「信濃町」(公明党)と「代々木」(共産党)である。外国の政党でも、その所在地があだ名になる政党はあるが、日本では党員組織のしっかりした党はこの二つしかない。ただ、何があっても宗旨替えはしないであろう、その信念は、遊び半分で行っては叱られそうだと思わせるところがある。
 公明党はホームページを見ても、近くにある支部などは見つからなかったので、信濃町の本部に行った。公明党本部のセキュリティーが厳重であることは、予想していたので、事前に電話はしておいた。もちろん、こちらの名前などはいちいち控えていないと思う(今はそこまで細かいことは忙しくてできないと思う)が、念のためである。やはり入口はガードマンが立っていたが、事情を話すとすぐ通してくれた。受付は会社のように制服の女性がいてすぐマニフェストを渡してくれた。わたしはセキュリティーをしっかりしておくことはむしろよいことだと思う。政党は時には特定の団体から狙われるような勇気のいる発言をしなければいけない場合もある。
 共産党が代々木にあることは、ある年齢以上は学生運動が「反・代々木」を名乗っていたことを知っているので、すぐ分かる。共産党は、左翼の支部が昔「細胞」と呼ばれていたように、各地に支部があり、どこに行くか迷うくらいである。だから、代々木でなくてもよかったが、信濃町に出たので、2駅しか離れていない代々木で降りた。公明党と共産党はJRの電車のなかから本部が見えるし、迷わなくて済む。ただし、今回は駅により近い東京都委員会のほうに行った。こちらは党員かボランティアか、熟年男性が普段着で受付にいて、ここにも受付にすでにマニフェストの要約版と完全版がおいてあり、すぐ渡してくれた。
 どちらも至便なところにあり、今日は風も涼しく、あまり運動にならなかったので、代々木から新宿まで歩いた。残ったのは、「みんなの党」だけだが、これは諦めるかもしれない。ただ、となりの選挙区に候補がいるから、選挙事務所が見つかれば取りに行く。あと、すでに要約版を入手した社民党の完全版だが、さてそこまでやるかどうか。まだ仕事もあるし。
 
 

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マニフェスト収集活動(3)

 民主党、自民党と自分の住む選挙区の候補者の選挙事務所に行ってマニフェストをもらってきたが、ここにきて問題にぶつかる。選挙区に候補者のいない政党はどうしよう?報道でも、マニフェストは候補者の選挙事務所、個人演説会、街頭演説でのみ配布できるとしている。では、政党本部、支部はどうか。ネット情報では不確実なので、あらためて公職選挙法を読んでみた。
 公職選挙法には、「マニフェスト」という言葉はない。「パンフレット又は書籍」である。これは同じ法律にある「ビラ」と違い、「当該候補者届出政党若しくは衆議院名簿届出政党等又は参議院名簿届出政党等の本部において直接発行するパンフレット又は書籍で国政に関する重要政策及びこれを実現するための基本的な方策等を記載したもの又はこれらの要旨等を記載したもの」(第142条の2・第1項)である。ふー、長い。でも、法律はこういう風に明確に日本語で書かないといけないことは理解できる。実際、マニフェストには、パンフレットとしての届出番号が必ず明記してある。
 これを配布できるのは、上記のように候補者のいるところだけかというと、候補者届出政党、名簿届出政党等の選挙事務所、政党演説会、街頭演説でも可能(同条第2項)だから、たいてい政党の本部は選挙事務所になっているはずで、党本部なら大丈夫だろう。この解釈が正しいか不安だったので、私の住む選挙区に候補者がいない(当然比例区にはいる)公明党に電話して聞いてみたが、やはり本部では配布可能だと教えてくれた。公明党くらい大きな政党だと忙しいだろうし、事前に電話でもしておくほうがいいかもしれないが、この季節それも迷惑な気もする。場所も信濃町なので、今日は仕事もあるし、他の日に回ることにした。
 この判断をもとに、平河町の国民新党と新党日本の本部(兼・選挙事務所)でマニフェストをもらってきた。どちらもそういう人が少なくないのか、入っていくとマニフェストですか、と言ってくれる人もいた。どちらもオフィスビル内のワンフロアを使ったきれいな事務所だ。ただでもらう以上、礼儀として住所氏名は書いてきた。
 国民新党はどちらかというと大枠と原則を示す感じで、新党日本はユニークな提案がいくつかある。どちらも目を引く特有の言葉がある。ただ、それを詳述するのはやめよう。引用については、特に規定がないが、法規が気になる。
 近くに「みんなの党」の事務所もあるが、ここは遠慮した。というのは、マンションの1室なので、選挙事務所を兼ねているかどうか不安だ。選挙民が政党に公職選挙法を違反させるわけにはいかない。
 国会図書館裏の社会民主党本部は、あまり心配は要らなかった。もとより選挙事務所も兼ねているだろうが、党本部のある建物は社会文化会館という、政治以外のイベントもやっている社会党時代からの大きな建物である。マニフェストのダイジェスト版は、歌丸師匠の落語会のビラと同様に玄関に並べてあった。完全版をもらいに本部に行くことも考えたが、都内にも候補者がいるし、とりあえずダイジェストで見てみようと帰ってきた。
 明日までにひとつ仕事を終えたら、公明党、共産党でもらってこようか。健康のため、1日1時間の歩行のためにも。

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「一票の不平等」を指摘する意見広告

 政権交代に目がいってしまって忘れていた「一票の価値」の不平等。今回の選挙でもこれは是正されていない。これを思い出させてくれたのは、今朝の日経に(他紙にも?)掲載された「一人一票実現国民会議」の意見広告。
 高知3区(衆議院)や鳥取県(参議院)の1票に対し、人口比で都市部は衆議院で0.5〜0.6票にしか相当せず、参議院では0.2票になることもあるという。この意見広告の優れている点は問題点を指摘するだけでなく、こうした「一票の価値」の違いを是認した最高裁判決を取り上げ、直前に迫った国民審査でそれを容認した判事に×をつけようと具体的な行動を促していることにある。
 もう一つ優れた点は、弁護士等が参加して、こうした意見で具体的な判事の名前を挙げることは国民の知る権利に属し法律違反でないと理論武装している点だが、さらにこの広告は現在各家庭に送付されている国民審査公報では分かりにくい論点を一点突破で明らかにしてくれている。
 公報には「一人一票実現国民会議」が問題とする最高裁判決も実は各判事の関わった事例として掲載されている。しかし、その記述はこうなのだ。「平成一七年九月に施行された衆議院議員選挙における小選挙区選挙の区割り及び選挙運動に関する公職選挙法の規定は憲法一四条の規定に違反するとはいえない(多数意見)。」
 これで「一票の格差」を是認していると分かるだろうか?むしろ、他の記述、メイプルソープの写真集で性器が写っているのは「風俗を害する」とはいえないと判決した事例などを読んで、最高裁も結構芸術を分かっているじゃん、と納得していたかもしれない。この意見広告も自分たちはアンチ最高裁でなく、最高裁が正しい判決ができるように応援しているのだとしている。
 裁判官名のリストを切り取って投票所に持って行けるようにしてあるだけでなく、自分の選挙区の一票の価値もホームページで分かるようにしてある。ちなみに私のいる東京16区は衆議院選挙が0.48票、参議院選挙は0.23票である。
 忘れかけていたことにタイムリーに気づかせてくれる優れた意見広告の見本だ。発起人には、大宅映子、櫻井よしこ、屋山太郎の各氏といった著名な評論家、ジャーナリスト、川本裕子、戸松秀典の各氏ら研究者、元連合会長の鷲尾悦也氏、そして現在「反・新自由主義」陣営から目の敵にされている奥谷禮子、宮内義彦の両氏のような財界人も名を連ねている。どういう立場であれ、少なくともこの意見は傾聴せざるを得まい。長島一茂氏や美術家の村上隆氏も入っているのも面白い。

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C.S.A.(偽ドキュメンタリー)

 東京メトロポリタンテレビの番組「松嶋×町山・未公開映画を観るTV」でアメリカの偽ドキュメンタリー「C.S.A.」を流していた。これは題名の通り、南北戦争で実際の歴史とは逆に南部のConfederate States of America(アメリカ連合国)が勝利した後の歴史をまるでドキュメンタリーのように創作した映画である。これがアメリカ人のスタッフによる痛烈な自己批判になっている。司会の町山智浩氏はこれをフェイク(偽)・ドキュメンタリーと呼んでいたが、ネット情報によるとモッキュメンタリー(mockumentary、風刺ドキュメンタリー)という言葉もあるようだ。本当の資料映像のように「史実」は白黒映像、「歴史家」や「ジャーナリスト」はカラーで証言するという手の凝りようで、「敗れた北部」への郷愁から作られた(偽)映画『北風とともに去りぬ』まで「引用」される。
 奴隷制の論理を貫徹したまま、キューバから中南米に軍事侵攻したCSAは、奴隷制を知らないメキシコで奴隷制を施行できない困難にぶつかる。そこで取られたのが隔離政策(アパルトヘイト)。農場で働くメキシコ人とお屋敷で過ごすアメリカ人が接触しない仕組みを作り出すのだった。今回放送されなかった後半ではナチスと手を組み有色人種絶滅を目指し、日本に先制攻撃するらしい。
 司会の町山氏が話しておられたが、実際に南部で黒人への公民権が遅れた歴史への反省も込められているようだ。ただまじめに反省する言葉よりもブラックな笑いのほうが強いし、痛烈だ。戦前を間違った形で讃美する人に向けて、日本でも偽ドキュメンタリーを作ってみてはどうだろう。

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ラッド豪首相に注目

 今朝の日経にオーストラリアのラッド首相(労働党)が日本語を含むアジア4言語(ほかに中国語、韓国語、インドネシア語)の教育充実を2007年の総選挙の公約にしていたことが紹介されている。これは同首相がクイーンズランド州政府時代から取り組んでいたものだという。
 クイーンズランドは北東部にあり、日本からはゴールドコーストへの観光が多いが、わたしも春に学生を連れて語学研修に行った(このブログでは研修については書かないが、クイーンズランド州については前に書いた)が、受け入れ体制がしっかりしていて、人々も親切で、すっかりオーストラリアびいきになってしまった。
 しかし、アジア系言語に対する政策はオーストラリア全土で最初から積極的だったわけではなく、ラッド首相は首相就任後にそれまでこの問題に必ずしも積極的でなかった南東部のニューサウスウェールズ州(クイーンズランドのすぐ南にある)にも働きかけたという。これにより、同州政府も欧州系の移民が使うフランス語やイタリア語と同様の「(文化)継承語」に指定したという。
 日本では、ラッド首相が外交官として北京駐在経験があり、中国訪問で中国語でスピーチするなど、親中派であるとして、イラク出兵で小泉政権と近いとされたハワード政権(保守党)と比較する報道もあったが、ことアジア系言語に関する限り、前政権にはなかった積極的な政策を現政権はとっていることになる。
 世界金融危機に際してもラッド首相の論文が海外でも紹介され読まれるなど、なかなかの人物のようだ。クイーズランド滞在中にその論文や彼に関する本も買ってきたのだが、目前の仕事が片づかず、今は読めない。ハワード政権の末期を描いたHoward's Endという本も巧い題名(名作映画Howards Endのもじり)につられて買ったが、同様。

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He's back!

 しばらく態を潜めていた近所の鼻つまみ者が戻ってきて、また私宛の郵便物(学会のプログラム)をゴミ捨て場に置くといういやがらせを始めました。郵便受けに鍵をつけたのですが、丈の長い封筒だけ引き抜くようです。安アパートなので、有効な防止手段がありません。ひょっとしてと思い、裏に回ったら冷房のアース線がペンチで切られていました。もはや、ほとんどの郵便の受け取り先を職場に変えないといけないようです。一時収まったので引っ越しはしないでいたのですが、やはり年内には引っ越さないといけません。しかし、自転車の置き場所を注意しただけでこんなに執拗にいやがらせを繰り返すとは、やはり人間、貧しいから清いとは限りません。

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タクティールケア

 出勤途中の電車の吊り広告で「タクティールケア」という言葉にぶつかる。スウェーデンで確立された認知症の緩和ケアの手法らしい。手で柔らかく撫でることで不安感や痛みを緩和できるという。
 面白いのは、21世紀になってもやはり、こうした医療に関する言葉はラテン語源であることで、ラテン語で触覚のことを tactus というようだが、これと同根なのだろう。緩和ケアも palliative care というそうだが、これも pallium (上衣、マント)が語源らしい。問題は、こういう医学用語は日本人が苦手な分野で、途上国では英語等でダイレクトにラテン語源の言葉が入っているが、日本語はなまじ訳語があるために、英会話教室でも日本人だけ分からないということが結構ある。文化国家だからさ、とうそぶく手もないではないが、なかなか理解してもらえないのが悲しい。

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マニフェスト収集活動(2)

 昨日、マニフェストを歩いて収集していると大学で会った学生に言ったら、学生は家にちゃんと投函されていたという。多くはビラのようだが、中にはマニフェストもあったようだ。マンションや団地など人口の多いところは効果的だから入れるのだろうか、ただ民主党だけは入っていなかったという。やはり、地域の足元で人数の多いのは自民、公明、共産のようだ。ちなみに低層アパートに住む私のところには、公示前に民主党がビラを1枚入れたきり、どの党もビラ1枚入れてくれない。自民にも共産にも見放された下層階級のような気が。まあ、「○○労働者の皆さん、一人で悩まないで」というビラが入ってくるアパートではあるのだが。
 さて、収集2日目、今日も出勤途中の散歩のつもりで、都営地下鉄沿線の自民党前職の選挙事務所に向かった。つもりが、不案内な道に迷い、10分強で行けるところを30分以上も周辺をぐるぐる回ってしまった。炎天下、流れる汗でズボンまでぬれた。肥満対策で医者に勧められている運動量だけはクリアできた。おかげで頭痛もしないで頭がスッキリ。仕事前に朝から水泳をしているという勝間和代氏は正しい。ただ、道に迷いながらも辻辻に、ビニールハウスの一角にまで張られた自民党候補のポスターの数の多さに改めて気づく。
 さすがに自民党のベテラン候補の事務所は大きい。どこかの会社のビルだろうか、入るとまるで銀行のカウンタのような横長の受付。対応している運動員もみんな揃いのシャツを着ている。マニフェストもすぐもらえたし、特に署名も求められなかった。手前のテーブルには何か相談に訪れている人がいたし、カウンターの後ろも相当のスペースがあった。あまりに手際よくすぐ出てきたので激励文などには気づかなかったが、相当張られていたと思う。場所も幹線道路に近く、車が寄せやすいし、何と言っても選挙区のど真ん中。どこに行くにも等距離の感じだ。地理的に偏っても元々あるところしか使えない民主党とは財力が違う。
 マニフェストだが、麻生総理の写真は巻末に小さいのがついているだけ、写真はほかに一切ない。その意味では従来の自民党とは違っている。ただ、全体的に不動産の広告のようだ。インパクトに欠ける。大人しすぎる。よくある幼稚園や農地で撮るわざとらしい選挙写真も好きではないが、そういうものでもいいから撮って、やはり闘う意志は見せないといけないのではないだろうか。

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スイス・アーミーナイフ

 知っている人は当たり前に知っているのでしょうけれど。キャンプやボーイスカウトの必需品で、ナイフや栓抜き、缶切り、はさみなどが沢山ついていて、その全部が折りたためる携帯用ナイフ。あれをなんて言うのだっけ。答えは現在、ヴァカンス中で暇なネタが多いフランスの衛星ニュースで分かりました。
 Schweizeroffiziersmesser(シュヴァイツァーオッフィツィーアスメッサー)というのですね。「スイス・アーミー(オフィサー)ナイフ」でした。今年で製造125周年だそうです。
 

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「タモリ俱楽部」が切手をテーマに

 昨夜の「タモリ倶楽部」は切手をテーマにしていた。その面白半分のテーマのこだわり方で実は教育テレビと紙一重の世界にまで行く(古地図を見ながら東京散歩など)雑学マニアにはたまらない番組だが、専門家がベースをちゃんと教えてくれる。
 われわれ郵趣家(一般でいう「切手収集家」のこと、英語でフィラテリストともいう、業界用語)の聖地、切手の博物館(目白駅近く)で鑑定士が「銘版」「カラーマーク」「定常変種」や消印、目打ちなどの郵趣の知識をレクチャーし、どうして郵趣家が記念切手よりも通常切手を集めるか説明していた。銘版が「大蔵省印刷局」から「財務省印刷局」、さらに「国立印刷局」に変わったのは、過去十数年の行政改革の歩みを反映していて面白い。
 そうなのだ。高いレベルの郵趣家は通常切手の複雑な使用例を集めて、場合によっては植民地統治や戦争といった歴史事象までを語るコレクションを作るのである。帝国主義時代、植民地建設の基礎は郵便と鉄道である。こういう場合、まず本国の切手を持ち込み加刷して使用し、やがてその場所専用の切手が出たりする。経由地も複雑で消印もバラエティに富む。戦地の郵便はまた特殊な形をとりやすい。支配が終了したり、占領国が代われば過渡期にはいろいろ変わった通信が起きる。世界の郵趣家が集めるのは、こうした複雑な使用例(使用済み封筒)なのである。
 だから歴史の知識は必須で、ヨーロッパでは教養ある紳士の趣味である。かつての日本での記念切手の「月に雁」などはまったく表面的なブームでしかなかったのだ。
 もっとも、私自身は貧乏収集家で記念切手しか集めない。私の老後の夢は、集めたヨーロッパ諸国の人物・歴史題材の切手でヨーロッパの人名辞典を作ることである。

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マニフェスト収集活動(1)

 後期の「政治学概論」の教材用に各政党のマニフェストを集め始めた。インターネットでダウンロードできることは百も承知だが、こういうものは現物であるかどうかも印象のうえで重要なのである。ユーロ札とそのコピーでは全然インパクトが違うのと同じ。また、マニフェストはどこでもらえるかという具体的な話をするためでもある。一選挙民がふらっと来た場合の各党の応対も見たい。
 自己ルールとして地元選挙区の様子を見ることを兼ねて、できるだけ各候補の個人事務所や政党の支部を訪ねてもらってくることにする。私のいる東京16区は4人(自民、民主、共産、幸福)しか候補がいないので、ほかは本部にでも行くしかあるまい。一方、郷里の富山3区は長く保守の無風区だったが、ここから元自民党幹事長だった国民新党党首が比例区に回り、富山の3選挙区は野党3党の選挙協力が成立、自民3対民主2+社民1(社民は他県より残っていて、副党首の地元)の完全激突のうえに、1区には共産、3区には保守分裂でみんなの党の推薦候補までいるという注目区になってしまった。郷里のほうがマニフェスト集めがやりやすかったかもしれないが、仕事があるので東京に戻らざるを得なかった。
 公職選挙法の総務省による非創造的な運用により、余計なことを書くと茶々が入るので、これ以降、各党を同じ行数で書くことにする。候補者に関する記述ではないので心配することはないのだが。
 まず、民主党。東京16区の民主党候補の個人事務所は、JRのとある駅前にある。この町は沿線でも大きいほうの町ではない。都議時代からここが地盤なのか、事務所は駅前商店街にも近い至便なところにあるが、ビルの1階を使っているので、あやうく見逃すところだった。報道で聞いた通り、「マニフェストあります」と手書きの表示があり、候補や活動員は区内各地に出払っているのだろう、静かなものだった。壁には激励文が多数掛けてあるが、そんなに大きな事務所ではないので、圧迫感があるほどには掛けてなかった。「マニフェストをください」というと、奥のスタッフの方が出てきて、話題の「最終版」をくれた。来た方には書いて頂いているというので、こちらもタダでものをもらう以上、画廊と同じかと思い氏名住所等を書いてきた。メールアドレスは書くかどうか迷ったが、当選の可能性がある候補の場合、議員になってもメールマガジン等をくれるかもしれないと思い、書いた。
 マニフェストの分析は詳細にしていいのかどうか迷うが、ポイントは分かるし、細かい項目もいちいち予算額が書いてある。財源論議がやかましいとはいえ、外国の例と比べてもここまで今の時点で書かなくてもいいかもと思うが、誠意は感じる。

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ブログを書く言い訳

 目の前の仕事がなかなか片づかないときほど、ブログを息抜きに書いてしまう。最高に充実したときを過ごしているときはブログなど書かないものだ。また、本質的でないアイディアや思いつきを書くのも、えらい人ならテープに口述筆記でもすればいいのだが、あいにくタイプしてくれる秘書がいないからである。記憶力の限界を感じるとき、手近に可視化できるツールは便利だ。独居者は身近に愚痴を聞いてくれる人もないので書けば一時の心の安定にはなる。
 だからせめて、読まれても無害だがまったく無益でもないような内容の随筆的なものになるのである。
 以上、言い訳終わり。

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画廊「七本杉」続報

 私の旧師・戸口拾先生が地元・富山県高岡市に作った画廊「七本杉」(しちほんすぎ)については、9日の項で書いたが、実は私が見た地元画家の展覧の後に、先生ご自身が集められた戦争中の石川県七尾市などでの中国人強制連行の史料を展示されている。
 これは先生ご自身の調査によるものだ。こういう社会史的な企画も画廊でされるとは、むしろヨーロッパ的なアヴァンギャルドだ。先日画廊を訪ねたときは、先生とお会いしたのがうれしく、次の企画をお聞きするのを忘れていた。17日まで実家にいたのに見そびれた不覚。
 七尾強制連行訴訟については詳しく知らないが、金沢市議の森かずとし氏のホームページに写真の豊富な記事があった。
 戸口先生、これを見ていたら、「七本杉」のホームページを作って頂けませんか?

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『地方選のかたち』再読

 実家に帰ると、昔読んだり買ったりした本で、自分の研究には使わないが講義の参考になったり、学生の卒論研究に参考になったりする本を持ち帰ってくる。
 今回持ち帰ったのは、北日本新聞社会部『ドキュメント 地方選のかたち』(北日本新聞社、1999)。超保守・自民党王国の富山県の地方選挙を地元新聞社が追ったルポ。もう10年前の本だが、市町村合併が進む前の地方選挙の問題点が様々に指摘されている。市町村以下の町内会レベルの地区推薦で当選が決まる「超・小選挙区」の市町村議選、市レベルでも起こった無投票全員当選(地方議員の妙味がなくなり定数割れをギリギリ防いだ)など当時の状況が思い出される。
 この本が出たとき、富山県には9市18町8村あった。もともと大きい県ではない。それが今や10市4町1村になった。県庁所在地の富山市の領域は長野・岐阜県境の山間部にまで及ぶ。10年前になり手の不足していた町村議の問題はなくなった。定数減により町内会ベルの人選はもう行えない。役所とのなれ合いも以前のようには易しくないだろう。
 しかし、これは改善だろうか?人々から政治はさらに遠くなり、行政により機械的に処理されることになっただけではないだろうか。
 逆に人口数十万の東京の区はどうなっているのか。細かい専門分野ではないとはいえ、地方自治について語る場合も、もうちょっと現場の雰囲気をつかまないといけない。初めて区議会を傍聴に行くことも考えないといけない。

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吉田茂の駐伊大使時代

 前項のように、まったく遅ればせで麻生和子『父 吉田茂』(光文社知恵の森文庫)を入手する。
 郷里の町の中心街に近い我が家も、ドーナツ化現象でスーパーも電気店も自動車でないと行けない不便な土地になってしまったので、幹線道路沿いのまともな書店に行くのに30分近く歩いた。昔は中心街から馬鹿にして富山弁で「ざいご」(ド田舎)扱いしていたところが今は幹線道路に面した大型店のショッピングの中心になっているのが何とも口惜しい。
 吉田茂はムッソリーニを嫌い、駐イタリア大使時代は積極的に遊んだようだ。家族を連れてイタリア各地を自動車で回ったが、週末の私的な旅行のガソリン代をちゃんと公用と区別するように言い、秘書官にかえって面倒くさい思いをさせていたらしい。ローマの社交界のほうが開放的でロンドンよりもとけ込みやすかったと麻生和子さんが書いている。ただ吉田家が現地の人と深くつきあって心を通わせたのはやはりロンドンのほうらしい。このほか、ローマの聖心学院の使用語はフランス語だったなど、改めてなるほどと思うディテールがあって、面白く読めた。この麻生和子さんの子である麻生首相はヴァティカンを訪問した初のカトリックの日本首相なのである。
 

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麻生首相の母を演じた女優

 後期は「政治学概論」で日本の政治史についても話す(法学部ではないので、日本政治史専門の授業がなく、ここで基礎知識を与えておかないといけない)ので、自民党に関する本など読みながら、合間にもっと気楽な『小説吉田学校』の漫画版(『ゴルゴ13』のさいとう・たかを画)などを見たりする。
 森繁久弥主演の映画版には吉田茂の娘である麻生和子さん(麻生首相の母)も登場するが、演じている女優は、あの、伝説の、夏目雅子。ご本人は周囲から尊敬を集めるような立派な方だったらしく、むしろスタッフ納得の人選だったのかもしれない。ご本人の著書『父 吉田茂』も光文社知恵の森文庫で文庫本にもなっているようだ。

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世界ポスタートリエンナーレトヤマ

「第9回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2009」を見に、富山市の富山県立近代美術館に行った。この美術館が初期からずっと行っている3年ごとの開催行事で、こういう的をしぼった企画は面白い。
 特に私がこのトリエンナーレを楽しみにしているのは、ヨーロッパ諸国の様々なポスターが見られるからだ。それには政治的なメッセージや風刺といった意味で私の本業に役立つものも少なくない。
 帰りに富山市の中心街・総曲輪(そうがわ)通りの空き店舗を公設民営している「フォルツァ総曲輪」の映画館で自主上映(1週間限定)の「ミツバチのささやき」を見る。ミニシアター好きでは知らない者はない、スペインの名画(フランコ存命中にこういう映画が撮られたことは驚きである)だが、実は20数年前、大学生のときに一度見ているが、大分忘れていて、見ながら思い出したが、今回改めて見て、より深いディテールを理解することができた。県内で良質の映画が見られる唯一の場所である。若いアーティストっぽい人々が運営しているが、ぜひ続けてほしいし、応援したい。

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メルケルの「クリーヴィッジ」

 政治学、とりわけヨーロッパの政治を教える者が必ず言及する専門用語に「クリーヴィッジ」(cleavage)という言葉がある。日本語では「(社会的)亀裂」と言葉を補って訳すこともあるが、もともとは単に「亀裂」で、このように言葉は専門分野ごとに違いますよ、この言葉は生物で勉強する「卵割」などにも使われますよ、などと言って、政治学では、国家や社会のなかで紛争を起こしうる対立軸として例えば、宗教、言語、階級などいろいろありますよ、と説明するわけだ。
 その際に、こうも付け加える。「ただ、街中で大声で話す言葉ではないかもしれないね、この言葉には別の意味もあるから。その意味を知りたい人は後で辞書を引いてね。」こう言うと、辞書を引くだろうという算段である。
 この言葉は、その「別の意味」でここ2,3日の外電に政治関連ニュースで登場した。日本同様、総選挙が近いドイツのキリスト教民主同盟(CDU)のヴェラ・レンクスフェルトというベルリンの左派の強い地域に立つ女性候補が、退屈な選挙ポスターでは効果なしと、同じ党のメルケル首相と自分の胸元が大きく開いたドレス姿をポスターにし、「われわれにはもっと提供できるものがあります」という二重の意味の面白いコピーを添えた。
 これで「クリーヴィッジ」のもう一つの意味がお分かりですね。ピンとこない方はこちらをご覧下さい。
 ドイツの風刺雑誌『タイタニック』には、メルケルさんが怒ってるぞ、という風刺漫画もあるのでご覧あれ。

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政治学研究者と日常生活

 裏玄関(法学部以外)から時事論文などを書きながら政治学というところに入ってきたので、未だに自分は無免許運転の感じがしている。とりわけ理論面で新しいアイディアが何一つ提供できていないのと、もう一つは実践面で何もしていないからだ。
 駒場にヴェネツィア市長で左派の哲学者のカッチャーリが講演に来たとき、「実践なしに政治を語ることは、セックスしないで愛を語るに等しい」と言っていた。後半はともかく、前半は分からないでもない。
 一つだけやりたいことはある。毎日歩いている歩道の再編・改良だ。私がこれまで住んだ足立区、江戸川区(都内でもっとも家賃が安いので)の人がようやくすれ違えるくらいの細い歩道でも樹木が歩道の半分くらいまで植えてあって、これは何か行政の惰性で植えられているなと思っている。環境を錦の御旗に狭い歩道にまでやたら樹木を植えて、公園などの本当の緑の開発をサボり、電動車椅子での移動も想定していないのではないか、樹木業者との利権構造もあるのではないか、などといろいろ疑ってみるものの、研究者として何か書くには都市計画や法規だって調べないと、まともな意見表明にはならない。結局、自分の専門ではない、時間がないという理由で何もしていない。
 この問題ではないが、都市計画にも福祉の視点がないといけないと、広井良典氏が新著『コミュニティを問い直す:つながり・都市・日本社会の未来』(ちくま新書)で越境的に書かれている。Hiroi2前著「持続可能な福祉社会:「もうひとつの日本」の構想」(ちくま新書)でも言及されていた問題をさらに敷衍して語られているようだ。新入生にはやや難しいだろうが、来年の新入生ゼミのテキストに決定!

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画廊「七本杉」

 郷里の高岡に戻り、用があって山町筋(御車山祭りの山車を持っている古い街区)の郵便局に行った帰りに、以前から見たかった末広町の画廊「七本杉」(しちほんすぎ)に行く。このブログのタイトル通り、私はこの通りに接した駅前商店街の今はない土産物屋の息子である。実家は別にあるが、自分の町内のような意識である。
 この画廊は、中学校時代の恩師で私の歴史・政治好きを助長?してくれた戸口拾(おさむ)先生が最近始められたものだ。戸口先生のお兄さんが有名な経済学者の篠原三代平先生。篠原先生がこの春に1ヶ月間、日経の「私の履歴書」連載で書かれたように、ご兄弟のご実家はこの通りの洋品店だった。その跡を、高岡の中心街である末広町が昔の繁栄を失っている中でもう一度文化の種を撒くべく、戸口先生が改装し画廊にされたのである。「七本杉」というのは、昔この通りにあった大きな杉のことである。
 おそらく商店2軒分ほどの間口で、地元の画家の作品を機会があるごとに展示されている。ちょうど今は、高岡四大祭シリーズポスター原画展(明日9日まで)をされていた。28年ぶりにお元気な先生にお会いできたのが嬉しかったが、それ以上に、先生が今も高岡の町の文化のために地道な、しかし意味の深い試みを続けておられることに感動した。
 行かれる方は、展示がないときは閉まっているのでご注意。水曜は定休だそうです。

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やそだゼミで読んだ本、読んでいる本(2)

 環境問題に関心があるという学生たちに応じて、読んだのがクロード・アレグレ『環境問題の本質』(NTT出版、2008年)。Alegre
 やそだゼミ的には、グローバル・イシューをヨーロッパ人がどう考えているかを読める、貴重な本。閣僚も務めた地質学者の本で、各章が「温暖化」「エネルギー」「遺伝子作物」などと個々のイッシューで分かれていて、いろいろな意見を紹介しながら過激な意見を廃してバランスがとれている。
 その意味で環境保護に熱心な人などは物足りないというかもしれないが、少なくとも初めからアメリカを一方的に批判するような本は扱いたくない。環境ブームに警鐘を鳴らしているものでは、同じヨーロッパでより有名なビョルン・ロンボルグの訳書もざっと見たが、気が進まなかった。
 しかし、ネット上のアマゾンの書評などは、それほど評価が高くない。誤訳が多いという指摘については、私の印象では特にそういうところがなくて、これは理系でないと分からないことなのか、どうか、それも分からない。しかし、このテーマの基礎的な認識には悪い本ではないと思う。
 NTT出版は、出す本にあまりはずれがない、新興出版社としてはすごい優秀なところだと思う。

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小池百合子氏の重要な貢献

 学生にアポ時間をリスケされたので、この記事を書いている。こういう場合でも、昨今の就活事情を考えると、とても学生を叱る気にはなれない。4年前期のゼミは毎回、全員揃うことが難しく、授業外にも個別指導を多くして対応しているのが現状だ。
 昨日、書店で見かけ、即購入したのが、小池百合子、畑中美樹『南地中海の新星リビア:高まる日本への期待』(同友館、7月刊)だ。Koike

 テレビ東京のニュースキャスター時代、中東との中継でアラビア語で話していた小池氏がカイロ大学卒であることはよく知られているが、この本の主たる著者は内容から見ておそらく畑中氏で、収録された対談で著名な小池氏を掲げているように思える。それは全然構わないと思う。なかなか日本からではよく分からないカダフィ大佐やリビアの動きがいろいろ分かる。それだけで十分である。
 本自体は著者の対談あり、ビジネスから古代遺跡までの記事、外交関係のクロニクルあり、交流協会の記録ありと形式はバラバラ、情報は雑多で、編集は落ち着かない。ただ、個々の記述自体は面白い。
 実はイタリア経済を影で支えているリビアに、日本がどう関われるか。実はもう関わっている人たちもいて、リビア自慢の製鉄所は実は神戸製鋼が作ったものらしい。まるで韓国や中国で行われたこと(
by 新日鉄)の再演である。
 

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左脇のアバターについて

 言うまでもありませんが、アバターは実物の「やそだ」に全然似ていません。ココログで宣伝していたアバターを試用しているだけです。まだ、髪型も服も種類が少なくて、これでもいちばん地味なものを選びました。

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やそだゼミで読んだ本、読んでいる本(1)

 卒論ゼミだけでなく、新入生ゼミやいろいろな演習科目で使う文献選定のために、日頃から自分の守備範囲以外の、しかも日本語文献を探さなければいけなくなった。国際関係論などといった間口の広い科目を担当しているため、自分の細かい専門でないもの、また同じ文献を二度使わない(講義科目を除く演習のみ)という痩せ我慢の自己ルールを設定したために、大いに迷う。ブログに書くのは、これを見た友人たち(誰も見ていないかと思ったが意外に読んでくれている人がいる)が、あれはいい、あれはやめろと言ってくれないかと思うからだ。
 新入生ゼミで読んだのは、広井良典『持続可能な福祉社会:「もうひとつの日本」の構想』(ちくま新書)。Hiroi
 この問題でのオピニオンリーダーだし、公共事業が福祉の代替となっていることなど超領域的な分析が多く、「不安定な若者に年金を」という具体的な提言もある。つまりはちゃんと主張のある本で、国際比較など統計や図表も豊富、それでいて思想面への言及もあり単なる政策分析で終わっていないことから、社会科学の総合的な入門にふさわしいと思った。やそだゼミらしく、日欧比較もできる点もよい。
 この本も刊行されて3年、来年は別のテキストも探したいが、今のところ、上記のような諸点を満たす代わりの本が見つからない。
 

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