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「教育大式」史書講読

 どんな学校、どんな会社にも、自分たちが開発したという「○○方式」という勉強や仕事の仕方があって、外部には全然有名でなく、実際にはどこか他でやっていてもおかしくないというものがある。
 私が出た筑波の前身は東京教育大学(もう知らない人も多いだろう)といい、この大学は名前に反して、教育学部だけでなく、文学部、理学部、農学部、体育学部の5学部を持つ総合大学だった。これは、それぞれの前身が東京高等師範学校、東京文理科大学、東京農業教育学校、東京体育専門学校なので当然なのだが、進学校で有名な筑波大附属駒場中学校・高等学校は、実はもともと農業教育学校の附属で、私も教育実習に行ったが、確か水田を持っていて、今も校長は筑波大の農学(今では生物資源学?)の教授が兼任しているはずだ。
 私がいた西洋史学は、教育大時代に筑波移転に反対した人が多いらしく、教育大では西洋史は強かったのに、その名残は私の恩師ともう一人だった。その恩師が教えてくれたのが、「教育大式」史書講読である。
 恩師は、西洋史学につきものの「史書講読」の際に、例えば、フランス革命の理解にドイツ語のフランス革命研究書を読むような、渦中の事件が起こったその国の言語でない言語で読ませようとする。それは、ヨーロッパはどの時代でも各国が単独に動いていたのでなく、国境を越えた政治、経済、社会の動きに敏感になるためと、その国特有の歴史解釈、文体などを客観的に批判的に見る視点を身につけるためで、実際に教育大時代には、そのような本を選んで読んだという。
 おそらく、そこには、フランス革命を研究するなら、フランス語の本は自分でたくさん読んでいて当たり前、その上にさらにドイツ語でも読むようでなければ、という、とても気合いの入った教育方針もあったのだろう。
 私は西洋史学ではドイツ語が主流のなかでフランス語を選択し、西洋史学専攻に入ると、案の定、ドイツ語とスペイン語を読まされた。もちろん、手に負えない。友人と共同戦線を張り、当たらずとも遠からずの訳で先生を誤魔化しつつ、何とか乗り切った。ときどき、西洋史の授業ではラテン語も出てくるぞ、ということで隣接の言語学のラテン語も取りに行ったが、私は、柳沼重剛先生(岩波文庫のプルタルコスの訳者)の落語のように面白い余談ばかりを楽しみに授業に出ているダメな学生だった。途中、イタリア語と出会ってしまうが、いまだに自慢できるほどの語学力はない。
 本当に不勉強だな、と思う。

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