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金沢の書店事情

 頭痛から覚めてNHK衛星第1で流れる各地のニュースを見ていたら、金沢の書店事情のレポートがあった。
 金沢は私の生まれた高岡の親分筋(江戸から明治までは北陸の東京が金沢であり、北陸の大阪が高岡であった)に当たる町だが、書店事情は高岡で起こっていることが数倍のスケールで起こっている。つまり、中心街での書店の減少と郊外に大型書店という構図。
 金沢の中心街、香林坊にあった「うつのみや」という書店は、私が子どものころの憧れだった。高岡の文苑堂より大きい富山の清明堂より大きい金沢の「うつのみや」、当時のコピーは「本のデパート」だったと思う。それが香林坊から撤退してずいぶん経つ。県庁近くや駅ビルの店舗は残っていたが、やはり郊外に重点を移していたようだ。しかし、今は、外商に力を入れ、金沢に著名人が来るときは、自ら会場に出向いて著書などを販売しているようである。逆に駅と香林坊の途中のもう一つの繁華街、名鉄丸越デパートのある武蔵ヶ辻では、近くの近江町市場に関連づけて食に重点を置いた新しい本屋もできたという。
 しかし、状況が厳しいことは変わらない。今年の夏休みに行ってみたら、かつての「うつのみや」ほどではないが、とりあえず香林坊にあって、その代替にもなっていた中田書店(富山が基盤の書店)が撤退していた。数年前にはいったん金沢に進出していた大型書店ジュンク堂も駅前近くにあった店を撤退している。
 高岡の文苑堂は中心街、末広町の店舗が専門書を置くのをやめ、軽くなった。富山の清明堂は近くの大和デパート内に紀伊国屋書店ができて無力化した。車に乗らない限り、高岡の中心にある私の実家からは、まともな本を買うには、電車で富山に行き、さらに市電で西町まで行き、紀伊国屋に行くしかない。さびしい。

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頭痛からの脱出

 持病というほど大げさなものではないが、仕事やストレスが重なると、大阪時代に抱えた血管性の頭痛がときどき再発する。先週から授業以外のことはほとんどしていなくて、医者から薬ももらったが、頭痛の診断は難しいものなのか、痛みが止まるが目がしばしばして眠くなる副作用がきつくて途中で自分で止めた。
 大阪の医者からもらって助かっていた薬が切れて、その薬を今度の医者に伝えたのだが、自分の著書を振りかざし自信満々で前の医者の判断を覆す。薬が合わないときは医者にもう一度相談という原則は知っているが、たぶんそれを聞く人ではないだろうと思い、やめた。必要なら前の医者にカルテを送ってもらおうと思ったが、まだそういうことは日本では当たり前ではないようだ。
 とりあえず、4日続けて、家に着いたらすぐ寝て8時間以上寝るようにしたら、なんとか治まった。
 今後の対策。大阪の医者は慎重にスキャンをとってから判断した。東京の医者は私の説明から判断した。後者は基本的に説明が悪ければそれは患者の責任だという考え方だ。とすれば、医者を変えるだけではダメで、こちらが客観的なデータを持って提示する必要がある。近日中に脳ドックに行くことにする。
 いずれにしても大阪の若い医者のほうがよかったな。小さなクリニックだったが、診療時間超えても私の頭のスキャンをとってくれていた。

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濃厚接触者という言葉

 何とかなりませんかね。近くにいただけでこの言葉。いや、幸いに、まだこういう状況にはないのですが、もし今後、ゼミの学生が感染したら、私はこう呼ばれたくないし、逆に私が感染しても、学生をこう呼ばせたくない。たぶん、中立的な専門用語なのでしょうが、日常会話的にはやはり変です。「近接者」とか、もっと弱い言葉でも表現できるはず。パソコンの添付マニュアルのように、この世界ではこういうのですから、という感じ。やっぱり理系はダメだな。

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「メモリアル」を知っていますか?

 ロシア通やヨーロッパ通にはよく知られている団体ですが、以前からこのブログの親サイト「やそだ総研」でもリンクを張っているロシアの人権団体「メモリアル」が欧州議会のサハロフ賞を授賞しました。旧ソ連で政治的迫害を受けた人々の記憶が忘れないように運動している団体で、こうした記憶は現在のロシアの「プーチン流」興隆のなかで忘れられがちなことです。この機会に、偶然でも、一人でも多くの人に知られるように、ここにも掲載しておきます。

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EUだから起きる、シェンゲンだからできる?

 証拠不十分でドイツで有罪とならなかった被疑者を、死亡した娘の実父が誘拐して、フランスで裁判にかけるべく、フランスの裁判所の前につないだという事件があった。各国の法律がそれぞれの主権を維持している(ただし事件そのものは27年も前のことで、そのころはまだEUでなく、ECでしかなかったが)なかで、域内の自由移動ができる現状を象徴するような話である。

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気にしすぎ、求めすぎをやめよう

 ネットをかけめぐる雑多なニュースが、ある視点から見ると一つの方向を大きく表していることがある。
 今日、まずネットで見かけたのは、携帯できるトイレ擬音機の売れ行きがいいということ。「音姫」などのトイレの流水の擬音を出す機械が備え付けでないときに便利、という商品だ。ただ、海外ではそもそも女性にもニーズがない、超ドメスティックな商品。「音姫」にせよ、この商品にせよ、新しいマーケットを開いたという評価を私は信用しない。水がもったいないと言いながら、無駄な需要を増やし、要らない商品を買い込む(その結果、またゴミが増える)より、社会全体で繊細すぎる感覚を少し鈍化、武装解除してはどうだろうか。このような繊細さは磨くべきものではなく、むしろ海外などに行ったときに適応の障害になる可能性が大だ。渡辺淳一氏の言うのとは違う意味での「鈍感力」が必要だ。
 また、大阪では教師の服装を改善せよとの声を知事が拾っている。この種の議論で本当に欠けているのは、それが労働者の労働強化にならないか、給料に見合った要求か、ということ。体育や野外活動のあと、すぐ普通の授業をしなければいけない小中の先生に求めるのはナンセンスだし、学校には冷房のない教室も多い。民間なみの設備も給料ももらっていない公立の学校では、かわいそうだ。公立の親は、よけいな金や手間をかけさせず、とにかく基本の教育はできるように、くだらないクレームは控え、教師に基本業務に集中させるべきだろう。欧米諸国は日本以上に階級社会、資格社会だが、安い給料の人に多くを求める無茶は日本より少ない。

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グラビアの背後のイタリア

 仕事のためにずっとパソコンに向かっているときほど、本筋以外のどうでもいいこともどんどん連想してしまい、このようにブログにも手を出し、「お前の原稿を待っているのに、ブログなど書いている場合か!」などと叱られそうな私ですが、いろいろなことを考える脳という司令塔は一つなので、仕事で活性化すると、脳のなかの別の部門も刺激を受けて、仕事以外のこともいろいろ考えてしまいます。なんとか辛い仕事をこなしていこうという自己精神安定装置でもあり、OFFにはしていません。
 スーパーの帰りに寄った書店で、ふと目を留めたのが、あるグラビア女優の写真集。もちろん、美女は好きですが、そういうことを書きたいわけではなくて、その背景が明らかにイタリアのどこかではないかと思いました。イタリアで毎年末に話題になる翌年のグラビア・カレンダーの後追いをしている場合もある(だから本当の意味でデジャヴュで分かることもある)し、植物や建物の一部でなんとなく分かる場合もあります。こういう大型本は後で処理に困るので買わないのですが、個人では入れないような邸宅を借りて撮影している場合もあるので、裕福なイタリア人(超リッチならそもそも誰にも貸さないでしょうが)のライフスタイルがのぞける気がするのです。自分では調べる余裕はないですが、誰か写真業界の人や好事家がそういう視点から総覧みたいな本を編んでくれないかな。
 
 

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やそだゼミで読んだ本、読んでいる本(4)

 国際関係論という間口の広い科目を教えているので、ゼミでは自分の専門ではない本も学生の関心に合わせて読むようにしている。開発や援助に関心のある学生のために、私自身も何らかの説明ができるだろうこと、国連のミレニアム開発目標の理解にも役立つだろうと読んだのが、ジェフリー・サックス『貧困の終焉:2025年までに世界を変える』(早川書房)。NHK-BSハイビジョンの「プレミアム8」のインタビュー番組を録画に取っていたので、参考になるものは多い。ただし、前半は今の学生にはすべてが同時代の経験がない「歴史」で複雑すぎるので、ゼミではミレニアム前後から読み始めた。
Sacks

 援助を考えるのに、ルポなどで伝わってくる現地の人々の状況に感情的に同情してしまうだけでは不十分なので、そもそも経済学者の本流にあって、東欧の経済改革に助言していたサックスの合理的な思考は、頭の整理によい。また、一方で、開発に関わってからのサックスが感じたIMFや世銀への疑問も書かれていて、単なる制度的理解でなく、政治学的理解もできるヒントもある。
 もちろん、現場にいる人にとっては、これでは物足りないし、原則論しか書いていないと感じられるかもしれない。しかし、サックスのような経済学者が出ていかなければ、そもそも経済に関する知識不足で、IMFや世銀には素人扱いされるのではないだろうか。いってみれば、今の日本の民主党がいかに官僚に馬鹿にされずに日本版ポリシー・ユニットを作れるかというときに、こういう人物が要るというよい見本ではないか。
 私の世代は、私たちが学生時代にすでに東欧改革に勤しんでいた若きサックスが、今また途上国の問題に取り組んでいる姿に感動する。あの時代、私たちも報道を通じて、サックス批判を読んで、若い学者が無理をしているという印象を持ったこともなかったわけではなかった。この本は、ボリビア以来、ポーランド、ロシア、インドと世界各地を「往診」してきたサックスの知的自叙伝にもなっている。だから、学生のために読んでいても、教える教師も学問とは何かについて、教えられる本なのだ。
 それにしても、私は学者には向いていないかもしれない。こういう場合、学者なら、ちょっとは批判的に書くべきなのだが、学生の相手をしていると、どうしてもほめるべきところはほめなければという傾きが強くなる。

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浅草サンバカーニバルの発案者

 仕事をしながらTBSラジオ「爆笑問題の日曜サンデー」を聞いていたが、著名人や有名な場所を様々な証言でふりかえるコーナー「27人の証言」(故人が多く取り上げられるが、爆問らしく、変に湿っぽくせず、関西のように長老へのヨイショでも終わらない面白いコーナー)で昭和の喜劇俳優、伴淳三郎を取り上げていた。私の世代では、晩年に出演されていた水谷豊主演のドラマ「熱中時代・刑事編」くらいしか記憶がないが、確かに面白い人だった。
 番組で話されていたのが、伴淳さんが浅草の衰退を嘆いて、なんとかしなければと台東区長を連れてブラジルに行ったことが浅草サンバカーニバルのきっかけになったとのこと。このことは、wikipediaにも出ている(ただし、wikipediaには地元商店街が神戸にならったとする説も紹介されている)から、結構有名な話なのかもしれない。もっとも、喜劇人らしく、このように世話を焼いた後で、「なんで俺がこんなことまでしなければならないんだ」と振り返ったという。自分でやっていて言う、この言葉が、なんともいい感じだ。
「あゆみの箱」など社会福祉にも協力されていたらしい。

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ツィッターとVIP

 NHKの朝のニュースで今更ながらツィッターの紹介があった。オバマ大統領もやっているというので、私もフォローしたが、もう何百万人もフォロワーがいた。試しに、オバマと同じくスマートフォンのユーザーとして知られる、あるフランス人VIPを検索をかけたら、確かにツィッターにいたが、つぶやきを非公開にしていた。そういうことができるとは知らなかった。
 この人自身がフォローしているのは2人だけ(オバマはその中に入っているか?)で、フォローにはリクエストが必要で、実際にフォローされている(この人がフォローを認めた)のは、全世界で175人。これはリクエストしても無理だなと思い、フォローのリクエストはしなかった。
 なぜ、この人の名前を書かないかというと、この人が上記のような対応をしている以上、こちらの態度も慎重でないといけないだろうからだ。VIPを相手に裁判には勝てない。

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「不毛地帯」と瀬島龍三氏について

不毛地帯」が再びドラマ化されて放送が始まった。昨日偶然テレビを点けて、最後の部分だけ見たが、協力のテロップに私の郷里の富山や高岡の団体名が出ていた。
 主人公の壹岐中佐のモデルである、伊藤忠商事の元会長で日韓関係にも関わった瀬島龍三氏(故人)が富山県小矢部市の出身だからであるが、私が高校生の頃はまさに中曽根行政管理庁長官(すぐ後に首相)のブレーンであって、私の母校である高岡高校(ただし瀬島氏は旧制の砺波中学から陸軍幼年学校・士官学校に進まれたので、ここの出身ではない:当時は士官学校のほうがエリートだった)でも講演会があった。この講演が異例だったのは、すぐ隣にある高岡工芸高校(私の父が教えていた)の学生も一緒に聞いたことだ。こういうことは、OBの藤子不二雄A氏(F氏は工芸高校の出身)が講演に来られたときでもなかった。校長以下の先生方が普通でない緊張感を示していたのをよく記憶している。
 進学校ゆえに鼻っ柱の強い学生もいて、つまらない話にはつまらないという反応があるものだが、その日は静かなものだった。瀬島氏の話には奇をてらったところは少しもなく、声も静かだったが、何かカリスマ性を感じていたたのかもしれない。
 シベリア抑留時代について歴史家の間で議論のある人だが、実際のところ、今も謎の多い人である。

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イタリアに「南部銀行」誕生?

 このところ、ベルルスコーニ政権をウォッチするのがアホらしくなって、イタリアの新聞をチェックしていなかったが、久しぶりに報道を見たら、「南部のための銀行」の設立を考えているという。
 イタリア統一以来ずっと構造的な貧しさを抱える(スーパーリッチな北部ミラノ周辺とすごいコントラストをなす)地域だが、実は1950年に当時のキリスト教民主党の肝いりで「南部公庫」が作られ、ずっと総理府の特命相で「南部担当相」がいた。それが公企業省(ここにも大臣が)などとともに、利権構造の一角を構成し、1990年代の行政改革の一貫として整理されるわけだが、その後も各省にいろいろ小さな南部開発機関ができてなかなか効果が出ないので、これを「イタリア開発」という政府出資会社にまとめたのが20世紀末。その10年後にこの話。まさに元の木阿弥、デジャヴュである。
 当然、性格づけは昔とは違うという説明はなされる。いわく、南部の中小企業を救うため、等々。日本の亀井大臣のような話か?

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昭和40年会

 私は長嶋一茂という人があまり好きではなかった。しかし、「太田総理」(爆笑問題は二人とも昭和40年生まれ、ただし田中さんのほうが学年は上)で「うつ」への対策を訴えているのを先日見て、気持ちが変わった。今の時代に必要な施策だし、知名度の高い長嶋氏がそれを訴えることは、社会的に大きな意義がある。
 今日の「報道ステーション」で彼が昭和41年1月生まれと知った。学年でいうと、昭和40年組である元ヤクルトの池山、古田、吉井、元ロッテと阪神の小宮山らと同年で、今や現役は中日の山本昌だけという。長く、元西武、現横浜の工藤選手が年上でまだ現役というのを、住む世界も能力のレベルも違いすぎる身だが、勝手に励みにさせてもらっていたが、まだ同い年にそういう選手がいるということに元気づけられる。
 わたしは、野村監督時代のヤクルトが好きだったが、それは同年代が主軸にいたからなのかもしれない。

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ギリシャは日本より世襲?

 ギリシャの総選挙で勝利した全ギリシャ社会主義運動(PASOK)のパパンドレウ党首。首相になれば3代目。保守派のカラマンリス(おじが首相、大統領)も完全な世襲でないにしろ、この一族の名前もよく聞く名前で、ここまでひどい世襲はなんなんだ?

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土産物屋の息子の土産

 私は、よくここで書いているように、土産物屋(10数年前に閉店した今はなき母と祖母の店)の息子である。イタリア渡航中、ゼミの学生たちにちょっとした土産を買っていってやろう、と珍しく優しい気持ちになった。たぶん、ローマでもフィレンツェでも旧友に会えて気分がよかったからかもしれない。
 しかし、土産というのは、存外難しい。まず、日本で簡単に手に入るものはダメ(例:ゴディバのチョコ)。嵩張る大きなものはもっとダメ(ヨーロッパ便エコノミークラスはスーツケースも20キロまで)。高いモノは金銭的にも厳しく、もらった者は恐縮する。学生に贅沢は禁物だ。かといって、あまりにもちゃちなものは、こちらの人格が疑われる。
 迷っているうちに、コルソ通りでファブリアーノ(マルケ州アンコーナの近くにある紙で有名な町)の紙細工のショップを見つけた。きれいな紙製の小さなメモ帳(表紙が単色だが鮮やかだ)を7色のパックで売っていた。これを買うことにする。
 ところが、私のゼミは15人なので、2パックで1冊足りない。だから、ゼミのためによいことをした学生に1冊ちょっとだけ大きいのを買う。
 書店で売っている、ちょっとかわいい柄のしおり(アケーナという会社が作っている「モン・ジャルダン」というシリーズ)を1枚(これも12種類くらい違った柄がある)これに添えれば、なんとか形になるだろうと思った。意外に好評で、ほっとする土産物屋の息子であった。
 

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