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気にしすぎ、求めすぎをやめよう

 ネットをかけめぐる雑多なニュースが、ある視点から見ると一つの方向を大きく表していることがある。
 今日、まずネットで見かけたのは、携帯できるトイレ擬音機の売れ行きがいいということ。「音姫」などのトイレの流水の擬音を出す機械が備え付けでないときに便利、という商品だ。ただ、海外ではそもそも女性にもニーズがない、超ドメスティックな商品。「音姫」にせよ、この商品にせよ、新しいマーケットを開いたという評価を私は信用しない。水がもったいないと言いながら、無駄な需要を増やし、要らない商品を買い込む(その結果、またゴミが増える)より、社会全体で繊細すぎる感覚を少し鈍化、武装解除してはどうだろうか。このような繊細さは磨くべきものではなく、むしろ海外などに行ったときに適応の障害になる可能性が大だ。渡辺淳一氏の言うのとは違う意味での「鈍感力」が必要だ。
 また、大阪では教師の服装を改善せよとの声を知事が拾っている。この種の議論で本当に欠けているのは、それが労働者の労働強化にならないか、給料に見合った要求か、ということ。体育や野外活動のあと、すぐ普通の授業をしなければいけない小中の先生に求めるのはナンセンスだし、学校には冷房のない教室も多い。民間なみの設備も給料ももらっていない公立の学校では、かわいそうだ。公立の親は、よけいな金や手間をかけさせず、とにかく基本の教育はできるように、くだらないクレームは控え、教師に基本業務に集中させるべきだろう。欧米諸国は日本以上に階級社会、資格社会だが、安い給料の人に多くを求める無茶は日本より少ない。

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