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原点回帰:1989へ

 仕事に追われて、研究者の心を忘れていた。セベスチェン『東欧革命1989』を読んで、もう一度、学生の頃の気持ちを取り戻す。ベルリンの壁に「空手チョップ」をしていた、あの頃に。
Sebestyen

 1989年も歴史になり、あのとき、われわれが信じていたことの幾つかが実は「神話」に過ぎないことも、この20年の間に分かった。ポーランドのヤルゼルスキ将軍による戒厳令は、ソ連の介入を防ぐための苦渋の選択とされていたのが、実はアフガン出兵のため余力になかったソ連に派兵の意志がなかったこと、むしろヤルゼルスキはソ連の介入を懇願していたことなどは、実は韓国の全斗煥と同じようなものだったのか、という残念な感じだが、一方で連帯側の賢明で慎重な改革姿勢はより明らかになった。

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サンプロ消滅は大損失

 テレビ朝日の「サンデープロジェクト」が来春になくなる。かつて宮沢首相の政治改革への決意コメントを引き出し、その不実行から自民党を下野させたといってもいい番組が、民主党政権成立直後になくなるのは、皮肉だ。実は、私は田原総一朗氏のインタビューや対談はなくなってもいいと思っている。残念なのは、11時頃から放送されていた特集ルポだ。硬派の実力あるジャーナリストたちが取材し、この枠で放送されたルポは、政治学の授業でもよく使わせてもらっている。自民党の支持団体の一つ、全土連推薦の参議院議員を追った回などは、自民党型選挙の説明にこれ以上ない教材だった。これが新番組に残ればいいが。

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年末年始ご無礼お詫び

 学界の皆様に。お恥ずかしいながら、体調芳しくなく、10月以降、授業と卒論指導以外ほとんどできていません。今年も年賀状を書くのはあきらめました。ご無礼すみません。頂いた本のお礼状だけは、年始に戻ってから、実際に本を読んだうえで、お送りさせて頂きたく存じます。私が学界の片隅にいられるのも皆さんのおかげなのに、数々のご無礼、どうぞお許しを。新年には立ち直らせます。八十田

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仕事の本は読みません(メールも)

 年末年始、実家に帰省するので、何を読もうかと迷ったが、とにかく体も心も休め、仕事を忘れて、純粋に読みたい本を、寝ながら読みたい。それで決めたのが、長谷川郁夫『堀口大學 詩は一生の長い道』河出書房新社。本文599頁(「あとがき」を除く)の大冊。
 大學自身の詩も訳詞も、外国のイメージと親しみのある日本語の、他に例のない共存をなしたものだ。大學は、私の母校である高岡高校の校歌の作詞者でもある。作曲者は團伊玖磨。もちろん、大學の詞をもってしても、校歌自体は卒業生以外には何の感興も生むまい。私がうれしく思うことは、郷里の先人たちが他の詩人でなく、大學のような上品で、知的で、それでいて人間に優しく、エロスすら伝えられる詩人を選んだことである。

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明治が熱い

 NHK衛星第1で、明治大学の学生とゴルバチョフの対話を準備段階から追った番組が放映された。ゴルバチョフ来日はこれが初めてではないが、今回は学生有志が対話のための招致委員会を作って、何度も議論を重ね、学生らしい質問を用意して、ありきたりの話にしないようにしていた姿がよかった。番組で見る限り、それに成功していると思う。学生の相談役として旧知の川嶋周一氏の姿もあった。こういう生きた勉強を学生にさせている明治がうらやましいし、大学とはかくあるべきと勉強させて頂いた。
 明治では最近、リビアの指導者カダフィとの衛星対話もあったと聞くが、懐の深い大学だ。国際人権運動組織「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」の東京オフィスも明治大学のなかにあると、週刊誌で読んだ。わが職場から歩いていける距離の、明治が熱い。

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サバイバル

 苦闘の末、すべてのゼミ生の卒論提出を完了。ただし、土曜夕刻まで臨時の講義。補講ではない。私の苦境を察して励ましてくれるゼミ生が唯一の心の救い。しかし、この間、持病もあって、研究上の約束は全部、反故にしてしまった。恩師友人にも大失礼をして、信用失墜をどう取り返す?もう、無理か?

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We shall never surrender!

 学生の卒論指導が佳境。使える時間のほぼすべてをこれに使っている。アパートに帰っても快適でないので、大学近くのビジネスホテルに泊まって添削することもある。頭痛は継続。神よ、私の命を21日まではつないで下さい。イヤ、マジで。

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下町の味のある日本語

 土日はテレビに面白い番組がなく、爆笑問題や鶴瓶のラジオを聞いたりするが、時々見るのが、東京のあちこちの街を紹介してくれるテレビ東京の「アド街ック天国」。実は、どこかいい場所はないかと引っ越しのヒントにもしている。もっともテレビで紹介されるような商店街のすぐ近くには住めまいが、高級住宅街は問題外として、下町のなかには歩いて行ける程度には近づきたい街もある。
 土曜日に放送された「砂町銀座」では、ときどき東京の下町で聞ける、味のある、いい江戸っ子表現があった。私は裏日本の田舎生まれだが、大阪人のねちっこさが苦手で、東京のきっぷのいい江戸っ子気質が好きだ。
 この街で20代の頃から毎日、長い間、継ぎ足しのダシで味付けした名物のお稲荷さんを作っている80代のおばあさんがいる。「いつまで続けますか?」とのレポーターの問いに、「もう終わりにもしたい。でも、続けられるかぎりは。」と答えていた。「終わりにしたい」ではなく、「終わりにもしたい」。深い、いい味の言葉だ。この「も」の使い方が絶妙だ。
 もう十分やってきた。今やめても誰も文句はいわないだろう。体力的には楽ではない。でも、まだ買ってくれる人がいるのよ。やめるだけが能じゃないんじゃないの。終わりは自分で決めるものではないのよ。いろんなニュアンスが想像できる。

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私が死刑について大学で語っていること

 以前から死刑廃止議連で活動していた亀井郵政改革・金融担当相が、久しぶりにこの点について発言していて、ネット上では批判的な議論が優勢のようです。私は特にこの問題について社会的発言をしてはいませんが、このブログをご覧の特に研究者以外の方々のために、死刑に関して、私が大学の授業で語っていることを書いておきます。もちろん、特にオリジナルな意見ではなく、多くの専門家の意見を参考にしたものです。
 家族を殺害されるなど、被害を受けた当事者は、どんな罰を犯人に要求してもいいかと思います。どういう意見を持ってもよく、私も自分の考えを学生には強制しません。しかし、どのような刑罰を科すべきかという国家の法制度のデザインは、国民感情や多数決でなく、専門家の意見を踏まえて、国権の最高機関である国会で公開で十分な政治的議論をした後に決めるべきだと思います。
 特に、国際的文脈は無視できません。世界に比べて犯罪が多いと言えないこの国に死刑が残っていて、かつ今もかなり実施していることには、何らかの説明が必要です。EU27ヶ国はもちろん、これを含みより広い欧州評議会(欧州審議会)47ヶ国が事実上の死刑停止国(法律上残ってても、実施を停止している国を含む、これにはロシアも含む)となっているだけでなく、アジアでもフィリピン、台湾、韓国といった、かつて「開発独裁」といわれた国々が現在、死刑を停止しています。世界では死刑存続派は、特に先進国では日米のみになりつつある、少数派であるという現実はよくよく考えたほうがよいでしょう。
 日本で死刑が執行されると、欧州評議会や国際人権NGOから非難する文書が届きます。彼らのいう、誤った場合に取り返しがつかない刑罰であるから、その方法が残酷だから、という死刑に反対するロジックに十分に反論できるほど、われわれはしっかりした死刑実施の論理を持っているでしょうか。
 犯罪そのものの残酷さでは、これらのロジックには十分な反証にはなりません。そもそも国家によって死刑で殺されるために凶悪犯罪を起こした大阪の池田、秋葉原、茨城の荒川沖(いずれも私自身住んだり通ったことのある町です)の事件もあります。
 もはや、経済面で中国やインドの台頭が明白である以上、これまで以上に人権や民主主義という普遍的な価値に関わっていかなければ、この国の将来はありません。中国は世界最大の死刑実施国ですが、麻薬所持や政治犯でも死刑にするなど、死刑を実施している国と同じように見なされることは、理由がまったく異なっていても、日本の国益にも合いません。そういう区別は、死刑を支持しない人々には最重要の問題ではないからです。
 死刑そのものの執行の仕方の問題もあります。まともな民主主義国ならば、犯罪者にも国家の側が苦痛を与えることは極力避けなければならないことです。十分な時間を置かず突然執行され、しかも薬品等を使わず、苦痛が多い絞首(実は死ぬのは必ずしも易しくなく、死亡まで十数分を要する場合もあります)で行うという手続き自体もよく知られていません。つまり、この点において、日本は薬品等を使用するアメリカの幾つかの州よりも残酷とさえいえます。犯罪者ならどんな苦痛を与えてもいいというのは、江戸時代の仇討ち、敵討ちの感覚であり、こうした復讐、自力救済を退けたのが、近代の法制度のはずです。
 以前から、日本弁護士会が提案しているように、数年のモラトリアム(執行停止)をして、徹底的に議論するだけでも、世界は評価するでしょう。繰り返しますが、死刑を存続するにしても、凶悪犯罪の存在だけでは世界は説得できません。人権や民主主義などの普遍的な価値をめぐっての「一国主義」は、イラク戦争のアメリカの「一国主義」よりも、はるかに問題なのです。
 死刑存続には、相応の論理が必要です。あえて、この点では、私は亀井氏を支持します。
 

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運転免許更新で

 運転免許を更新にいったら、いつの間にか、戸籍の欄が専用の機械を通したときだけ見える新しい方式に変わっていた。しかし、いっそのこと、明治以来、差別の温床(被差別部落の記憶が長く残るなど)だった戸籍そのものを廃止すればいいのに、と思ったのは私だけだろうか。もはや住んでもいないところに自分の記録が繋がれていること、これこそ、憲法上の居住の自由の精神にも反した、究極の無駄ではないのか。
 民主党には、そういう根源的な社会改革をしてほしいのだ。無駄減らしを他をサボる理由にしないで、早いうちに、選挙のインターネット使用と男女別姓を実現してほしい。そういう改革もどんどん出していかないと、国民の支持は続かないだろう。
 実は戸籍は日本独特の制度である。なくすためには、納税者番号などが逆に必要になるだろうが、これを個人情報の保護で問題という人は支持できない。これから社会保障を充実させたり、脱税を防ぐためにはむしろ必要なことだ。リスクでいっぱいのこの時代、自分が生活に困窮する場合も考えておかないといけない。その場合は、お金のある人からがっちり税金をとって、再分配して窮地を救ってほしい。私も払える限りは納税するから。

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郵便局で

 郵便局で添削した学生の卒論草稿を速達で出す。提出が近く、すぐに会えない学生にも1日でも早く返却するためだ。カウンターで封筒やボールペンを単品ずつで売っている。やっと客のニーズが分かったようで、遅すぎる。これまでも大きな局にはレターセットのようなものはあったが、いらないものも入った売る側の論理でできた代物だった。

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