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メモ帳を捨てられるか

 学部生の頃から、ずっとメモ帳を使ってきた。ところが、iPod touch を使い始めてから、メモ帳を使わなくなり、2009年はついにメモ帳には何も書かなかった。毎年同じものでないとイヤなので、ずっと『能率手帳』を使っていたが、今年はメモ帳を買うかどうか迷った。結局、買った。
 i pod touch は、使わない人には、携帯電話の i phone と区別がつかない。携帯を片手にメールを打っている姿は、通勤途上でも見るし、私自身もするが、あまり格好のいいものではない。i pod touch で書いても、メモ帳とまったく同じことなのだが、メモ帳が醸し出す、ひたむきさ、謙虚さ、熱心さというものがそこにはない。
 社会人になったとき、相手の話を熱心に聞くためにメモをとることを指導された人が多いと思うが、正確な記録をとるだけでなく、あなたの話を注意して聞いているという重要なコミュニケーションである。これが i pod touch ではできない。年に一回ほどでも研究者以外で学外の重要な人物に会うことがないとは言えない。その1回だけのためにも、メモ帳の用意は必要だ。
 日本社会でも電子機器には寛容になってきているだろうが、現在でも形だけ民主主義国のロシアと、非民主主義国の中国では、今だにVIPの談話等を高級官僚がメモをとっているシーンがニュースに出てくる。電子機器で使う細い入力用ペンを使えば、少しは印象がよくなるかもしれないが、それでは i pod touch を使う意味が減じるし、たとえ机の上に置いても、あまりいい感じは出ない。ゲームもできる機器だから、遊んでいるようにも見える。
 さらに、i pod touch での入力で漢字等はどうしても文字の変換が必要なので、私などは、やはり直筆メモほど早くは書けないのである。重要なシーンほど、もたもたしてはいけないのである。

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