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生きるための技術

 雑誌『at プラス』03号(太田出版)が「生きるためのアート」という特集を組んでいる。この特集では、アートという言葉の語源にある、日本語の「芸術」に留まらない「技術」「技芸」「技量」という意味も踏まえていて、冒頭に内田樹氏の「大人になるための経済活動」というエッセーを掲載している。
 内田樹氏は、専門である哲学を活かして、しかも誰もが理解できる言葉で、現代の若者や社会をわれわれに解き明かしてくれる。実際、多くの大人に読まれており、入試で使われる文の作者としてベスト10に入るはずだ。神戸の女子大で教えておられることから、私も女子大に勤めてから、よく読むようになった。
 今回の文もなにげない日常の観察から、われわれの社会の問題点を析出してくれている。生活に困窮した若者たちがネットカフェの個室に一泊1500円で泊まるが、同じ境遇の若者が集まれば、まともな部屋を1部屋借りられるお金が集まるのに、なぜそうしないのか、と内田氏は考える。若者を単純に批判せずに、この問題の背後に、子どもの頃から個性を重視せよと教えられ、なんでも自分専用のものを持たないといけないと消費社会のなかですり込まれているのではないかと推理する。
 だから、これこれの服や靴がないと、そもそも「自分」が手に入らないと思い込んでしまうから、少額のお金しか手に入らないと、「自分」が実現できないと思い込んでしまう、だから「自分探し」がずっと始まらない、というふうに考察が進められている。
 これは、若者に限ったものでなく、すでに中年に達した私たちも、かなりの程度、こうした思考にとらわれている。だからといって、昔ながらのコミュニティには戻れないわれわれは、せめて仕事以外でもできるだけ多くの人間関係を持って「リスクをヘッジ」しないといけない、とされている。内田氏は合気道や麻雀の同好会を作って実践されている。定年後にいきなり趣味を始めても、そこで初心者(こども)扱いされることに、責任ある立場にいた人が耐えられるだろうか、という指摘は鋭い。
「親密圏」や「おひとりさま」といった考え方の危うさも指摘されている。要するに、こういう生き方ができるのは、センスがよくお金がある人たちであって、社会に対してまともな対応ができない弱者がいることへの考察が足りない。
 あまり引用しすぎると、営業妨害になるので、これで止めるが、他者とのかかわりの中でしか個性も主体性も出現しないという、一見当たり前のことを、社会分析に関する衒学的な言論が多いなかで敢えて述べられていることが素晴らしいと思う。しかも、全然、筆致が陳腐ではないのだ。
 新社会人に読んでほしいなどと上から目線で勧めたりはしない(全然、他人事ではないのだ)が、たぶん参考になると思う。卒業生にもコピーでも渡せば、よかった。
 
 
 

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