« マン島補遺 | トップページ | エラスムスって天神様? »

夜行急行「能登」の終わりに

 寝台特急「北陸」と夜行急行「能登」がまもなく定期運転を終えるとのニュースが流れた。「能登」は、私の青春の列車である。上野・金沢間を結んで半世紀、私と同じ感懐を持つ人も多いだろう。
 寝台料金のかかる「北陸」にはそれほど乗っていない。一方、「能登」は何回乗ったか分からない。何がよいと言って、夜行の「急行」だから、特急料金がかからず、お金のない学生にはよかった。乗車券のお金(7~8千円)さえあれば、郷里に、あるいは東京に着ける。特急に乗れるお金があっても、こちらに乗れば飯代、酒代が浮く。座席は寝台車ではないから、普通の座席、しかも特急じゃないから、快適なリクライニングじゃなく、昔のローカル列車のような対面座席もあったかと思う。
 今では珍しい夜行の急行「能登」は、上野を11時くらいに出て、翌朝6時くらいに金沢に着く。あるいはその逆だ。金沢発は10時過ぎで少し早かったはずだ。体力のある若いころは、夜を移動に有効に使い、翌朝すぐ着いたところで動いた。もう一つ、例えば家族親類に不幸があって、飛行機の終わった直後に聞いても、11時ころに上野に行けば、翌朝の飛行機の始発より早く実家に着くし、自分で自動車を運転しても同じくらいかかる(また気持ちに余裕がないと危ない)から、交通手段の発達した現在でも比較優位があったのである。この点では、今でも失われていない。北陸人は進学率が高く働き者で、東京に出て行く、あるいは商売で往復する人も多いから、他の路線よりは乗車率がよく、長く続いたのではないだろうか。
 金沢や私の郷里の高岡はその点で、ちょうどよい位置にあった。途中の町では本当に夜中に乗り降りしないといけないが、金沢や高岡は、寝酒を飲んでも冷めたころに着く。アメリカでも同じことを言う人がいて、経済学者のガルブレイスもたしか『不確実性の時代』で、彼が若い頃は政策提言のためにボストンからワシントンへの夜行列車に乗ると、ニューヨークから乗るより、一杯飲んで寝られるから有利だったとか書いていた記憶がある。
 列車だから、辛いことを抱えた旅でも、考えに考え、思いに思い、一通り気持ちが整理できて、一眠りしたころにちょうど着く。向かうべきところには着実に向かっているが、こちらの気持ちが整理がつかないうちは着かない。そういう人間的なスピードの交通手段だった。
 体力的に徹夜がきつくなって、少し余裕もできて、今はもっぱら安い始発の飛行機を使っているが、このような時間の使い方が選択できなくなるのは、たとえ、もう無理でも、寂しい。

|

« マン島補遺 | トップページ | エラスムスって天神様? »