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i アプリでほしい植物図鑑・補遺

 以前、ここで i アプリに植物図鑑がほしいと書いたのですが、英語やドイツ語のアプリにはありました。Wild flowersというアプリには780種の野に咲く花があって、やはりそういうニーズはあるのだと分かった。ドイツ語のNature Lexiconは、一連のアプリで、私はこのうち「キノコ」(Pilzführer)の図鑑は、日本には自生しない種類も多いが、その形態が美しく、見ていて和むので、ダウンロードした。
 でも、やはり日本にある植物の図鑑がほしい。

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作りたい「誰がどこに行ったか」事典

 もし、私が日がな読書三昧だけで生きていける人だったら、作りたいのが、「誰がどこに行ったか」事典。全巻を読み通したことなど一度もない、岩波文庫のホッブズ『リヴァイアサン』を授業のために拾い読みしていたら、「ルッカのやぐらには、Libertas(ラテン語で「自由」)と書いてある」との記述が目に入った。
 どうも、ホッブズがルッカに行っているらしいのだけれど、今、その「自由」の字が残っているのか確かめたくて、もう一度ルッカに行きたくなった。シエナでイタリア語を遊学していたとき、「先週ルッカに行ってきた」とイタリア人の先生に行ったら、「あんな寂しいところ、面白かったか?」と聞かれたので、「寂しいくらいのほうが、歴史が感じられてよくないか?」と答えてみたが、実際、わくわくするものはなくて、寂しかった。ただ、面白い形の教会もあるし、わりと気に入った。この町は左翼が圧倒的に優勢のトスカーナ州のなかで、昔はキリスト教民主党、今は「自由の人民」と、右派の孤島でもある。
 こういう誰がどこに行ったかを町ごとに項目にまとめた事典が欲しい。やや違うが、昔、スイスに関心があったときに、スイスに関する歴史叙述の事典とでもいうべき本を2巻本で入手して、これはボンジュールという面白い名前の歴史家の編だったが、例えば、マキャヴェッリの項を引くと、マキャヴェッリがスイスについて書いた記述の情報が分かるというものだった。だから、今ここで妄想している事典も作ることは可能だと思う。まあ、趣味的なライフワークで、「やそだ総研」で自由研究ページにでもしようかな?

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パルチザンの歌

 ヨーロッパ統合史を講じるなかで、レジスタンスを話すときに何かオーディオ・ビジュアルはないかと探すが、そもそも地下活動、ゲリラ戦法だったりするから画像は少ないし、イメージを作れるほどのものがない。ムッソリーニによりフランスで殺されたロッセッリ兄弟がモデルといわれる映画「暗殺の森」は録画してあるが、これはある意味で史実に近く、彼らインテリ亡命者の庶民からみれば結構いい生活にも見えてしまうスノッブな面も描いている複雑な作品なので、暗殺場面以外は見せるのが微妙である。
 ただ、音楽には、フランスの「パルチザンの歌」、イタリアの「ベッラ・チャオ」という比較的知られたものがある。「ベッラ・チャオ」に至っては、先日夜遅くに入ったサイゼリアでも流れていた。それには理由があって、日本にもときどきやってくるイタリアン・ポップの女王ミーナ(現在70歳)が来日コンサートでもラストやアンコールで必ず歌うようだ。だから、歌として浸透している。
「パルチザンの歌」もシャンソンの名曲集などに比較的入っている。ただ、これを歌っている歌手については、よく知らないなと思って調べてみた。i Tunesでもアンナ・マルリ(Anna Marly)とジェルメーヌ・サブロン(Germaine Sablon)の2人の録音がダウンロードできるが、特にマルリのほうが時代を感じる(ノイズも入る)古い録音っぽい。実はこれはもともとはレコードでなく、抵抗運動家向けのラジオ放送で、マルリ自らが歌ったのである。最初にレコード化したのはサブロンで、それに続いてイブ・モンタンやジョニー・アリディなどシャンソン、フレンチ・ポップ(ロック?)のスーパースターが録音している。
 欧米の新聞で日本の新聞が絶対及ばないと思うのが、十分に調査され、なかにはこれ専門の記者もいるといわれる追悼記事である。2006年にイギリスの「ガーディアン」が書いたマルリの追悼記事は圧巻なので、著作権に問題がないように内容をまとめて紹介しよう。(私がよく自分の感想や他の本からの情報を混ぜるのは、実はこのためである)もっとも、似たようなことは、フランス史の研究者がすでにどこかで書いているかもしれない。
 アンヌでなくアンナなのは、フランスっぽくないなと誰もが思うが、なんと本名はアンナ・ベトウリンスキといい、サンクト・ペテルブルクでロシア革命勃発直後の1917年10月30日に生まれている。父は「革命の敵」として翌年に逮捕され、処刑された貴族、母はギリシャ出身である。母は乳母車を押してフィンランド国境に行き、服の下に隠した宝石を賄賂として警官に渡し、国境を突破、フランスに逃れ、白系ロシア人が集まる町に育ったようである。
 子どものころから音楽の才能があって、当時フランスに来ていたプロコフィエフに教わった時期もあるらしい。自分で作曲し、ギターも弾け、当時ギターの弾き語りが珍しかったパリのキャバレーで評判をとる。芸名のマルリは、電話帳からお気に入りを選んだという。
 そこからまた国境を越えた冒険が始まる。1938年にオランダ人外交官と結婚するが、ドイツがオランダ、ベルギーからフランスに侵攻したため、スペイン、ポルトガルと逃れ、オランダの亡命政権がおかれたロンドンにたどり着く。夫はオランダ亡命政権の諜報活動に参加、アンナもやはりロンドン亡命中のド・ゴールの自由フランス政府と連絡をとる。空襲後の遺体収集・破壊家屋清掃のボランティアと同時に、活動家に食事を振る舞いながら歌も歌ったことが今日に残る曲のきっかけになった。
 彼女が歌うロシア語の抵抗歌に、ジョゼフ・ケッセルとモーリス・ドゥルオンという二人の作家がフランス語詞をつけた。BBCのフランス向け放送でアンナ自身が歌ったのである。これがフランス抵抗運動で最も歌われた歌となる。アンナはさらに連合国の各国の言語、英語、チェコ語、ロシア語でも歌ったという。解放後のパリでアンナは、ド・ゴール将軍の前で歌い、レジョン・ドヌール騎士章を受ける。
 戦後もこの人の人生は波瀾万丈で、夫と離婚後、ロシアからの亡命者と再婚、アメリカ南部に渡り、歌い続けるが、全米ツアーを行ったシャンソンの女王エデット・ピアフ(このツアーは、マーシャル・プランのお礼参りのような米仏文化交流史の重要な一齣である)にも楽曲提供している。1965年にはアメリカ市民権を獲得、ところが、これで終わらなかった。
 1960年代のアメリカ黒人の公民権運動、欧米の学生運動や社会運動の波のなかで、抵抗歌として再び光を浴びる。レナード・コーエンが録音し広まると、この時代のディーバ、ジョーン・バエズも歌うようになった。この評判が今度はフランスに伝わり、伝記が出版されるなど再評価、2000年のド・ゴール将軍のロンドンでのラジオ放送から60周年行事に招かれる。
 アンナは最晩年には、小さなロシア正教会があるアラスカの小さな町に住んでいたらしい。
 すごい人生だが、授業で語るには、背景の説明に百個くらい注釈が必要になり、時間的に無理である。どの大学でもいいから、一生に一回だけでも「政治と流行歌」という特殊講義ができないかな?
 
 

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2015年ミラーノ万博の政治的意味

 万博というモノを考えたことがあまりなくて、2015年の万博開催地がミラーノだということを見逃していた。2008年にすでに決まっていた。環境に重点を置くということは、愛知のような感じか?2012年、韓国の麗水(ヨス)も何か目的が似ている。
 イタリアでは、歴史的には結構、万博は行われている。ミラーノだけでなく、トリーノ、ジェノヴァでの開催もあったようだ。
 現在のミラーノ市長は、ベルルスコーニ内閣で公教育相を勤めたこともあるモラッティ。地元サッカー名門チームのインテル会長の一族(会長本人ではない)の奥さんである。自身もビジネスパーソンであり、あのルパート・マードックのニューズ・コーポレーションのヨーロッパ現法の社長だった。ミラーノを中心とするロンバルディーア州は、ベルルスコーニの金城湯池であり、選挙では絶対に右派が負けない州である。
 ベルルスコーニ周辺の重要人物はかなりがミラーノ人脈といってよく、現政権はミラーノ政権である。左派のプロ—ディ政権でローマ・南部人脈が多かったのと正反対。ミラーノは、カトリック信仰の一大中心であり、歴史ある町なのだが、90年代の政界再編を招いた大汚職事件とベルルスコーニの台頭とともに、何かしら倫理的に問題のある町というイメージを持ってしまった。かつてミラーノ郊外開発を手がけ、アメリカ式のゲイティッド・コミュニティーを作ろうとしたベルルスコーニが、ここでまたぞろ郊外開発で利益誘導しないか、当然憶測される。

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上海万博の欧州各国出展まとめ

 上海万博へのヨーロッパの出展国に関する私的まとめ。
 フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー・EU、ルクセンブルク、イタリア、イギリス、アイルランド、デンマーク、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、オーストリア、スウェーデン、フィンランド、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニア、キプロス、マルタ、ルーマニア、ブルガリア、以上EU27ヶ国は全部出展(連合館に入るものを含む)。
 ノルウェー、リヒテンシュタイン、スイス、アイスランドのEFTAも全4ヶ国出展。
 他に、サンマリノ、モナコ、セルビア、モンテネグロ、ボスニア=ヘルツェゴビナ、クロアチア、マケドニア、アルバニア、ベラルーシ、モルドヴァ、ロシア、トルコ。
 久しぶりに本当に万国博の名にふさわしい、ほぼ欧州のすべての国が出展する。ここに挙がっていない国といえば、バチカン市国とアンドーラくらい。そもそもこの2国は特殊な国でもともと万博に出展は考えにくい。
 面白いのはここからで、国より小さい地域や自治体も出ている。環境などの実践例を表すケース館に、ロンドン、パリ&パリ首都圏、マドリッド、ハンブルク、アルザス、オーデンセ(デンマーク)、ローヌ・アルプス。ほかに小規模な展示が集まる集合のなかに、ヴェネツィア、リバプール、ブレーメン、フライブルク、イタリア環境省、ロッテルダム、デュッセルドルフ、ボローニャ、プラハ、ジュネーヴ、チューリッヒ、バーゼル、バルセロナ、ビルバオ、マルメ(スウェーデン)、ロッテルダム、ハノーバー、ヴロツワフ(ポーランド)、ブレスト(フランス)。

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グッとくるほめ言葉

 篠原涼子がキャリアウーマンを演じるCMで上司がグッとくる意外性のある言葉で、篠原をねぎらうものがある。テンパっている篠原に上司が「篠原君、コーヒーを...」「すいません、今ちょっと(手が離せないんです)...」「...入れました。」上司が自分で汲んできたコーヒーを篠原の傍らに置く。「やばい。グッときた。」と篠原。
 話は変わるが、なぜ、私が納豆以外のほとんどのものを残さず食べるようになったかというと、それは上京したときの体験による。
 大学に進学し、上京したとき、列車内で私は、そぼろ弁当を食べていたのだ。対面のシートで、食べている途中に私はむせて、細かい卵の粉を向かいに座っている紳士のズボンの裾に少し吹きかけてしまった。もちろん、すぐに謝ったが、その紳士は私を叱るどころか、私が単に食いしん坊なために一粒残さず食べ終わるのを見届け、下車するときに「あなた、とてもきれいにご飯を食べるね。大物になるよ。」と言い残した。
 彼の予言は外れたし、大物になろうという野心は当時も今もないが、この大人な態度は忘れない。わたしはグッとくる言葉をしょっちゅう言えるほど大人ではないが、時々はまねしたくなる。
 

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焦点としてのオーストラリア

 教材用にNHK衛星で流れるヨーロッパを中心とする国際ニュースを録画、編集しているが、火山に振り回されるヨーロッパの報道は正直うんざりだが、この間のオーストラリアの報道がとても考えさせられる。
 スリランカからのタミル人の庇護申請者たちがボートでインド洋を遠くオーストラリアを目指している。すでにオーストラリアのラッド首相就任から、この種のボートの到着は112隻目という。クリスマス島は庇護申請者でいっぱいになり、前政権で使用され、人権上難ありとして閉鎖されたオーストラリア本土の難民センターを改修し再使用することになってしまった。インドネシアに依頼して同国に留め置いた人々への措置をめぐって両国間に齟齬が起きている。
 一方で、カシミール問題にもオーストラリアは深い関心を示している。この地域における人権問題でEUとも協調している。
 オーストラリアの対応としてうまくいっているものも、そうでないものもあるが、オーストラリアがアジアの人の流れと人権問題に直面していることは、日本としても無関係な問題ではないはずなのだが。
 
 
 
 

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上海万博とEU

 5月1日に開幕する上海万博にEUがどう関わるのか、「人民日報」の日本語情報サイト「人民網」でチェックしてみた。それによると、域外諸国で開催の万博にはEUそのものは出展しないという慣例を破り、今年後半のEU議長国でもあるベルギー館の一角に展示スペースを確保するらしい。そういえば、数年前の愛知万博では、EU加盟国の展示館をまわるスタンプラリーはやっていたが、EU館というのはなかったように思う。私は行っていないので、報道記事の情報だが。
 EUの祝日、5月9日の「シューマン・デー」には、シューマン宣言60周年の記念式典も行うという。近年、地域統合の実を上げつつあるAU(アフリカ連合)も、アフリカ合同館に機関としての展示を行うようだ。
 EUの展示内容については、テーマが「インテリジェント・ヨーロッパ」、EU各都市の共通する特徴とそれを支える創造力と技巧が示されるというが、どういうものか分からない。これはあるいは、ユーロ札の表に描かれている各時代の建築様式のように、特定の建物のコピーでなく(ユーロ札の場合は券種が少ないので加盟国全部を出せないという理由もあったが)、こんな感じという抽象化されたものになるのだろうか。
 なお、私からのミニ情報として、こういうことを考えるのに、便利な本がある。土木学会が80周年で刊行した『ヨーロッパのインフラストラクチャー』。書店では見つからないかも。Amazonで古本なら買えます。
 国際関係論を教えながら、中国に行ったことがない(あまり行きたいと思ったことがない)という決定的な欠点を持つ私も、EU加盟国の展示を見ることを自分への動機づけで上海に行く(中国初上陸)ことを考えているが、人混みや行列が苦手な私は、まだ予定も立てず躊躇している。半年間いつ行っても人でいっぱいだろうが、やはり、人があまり行かない時期に行きたい。

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絶対見逃せないキッシンジャー

 絶対見逃したくない、政治外交関係のテレビ番組の備忘録。先日の「時空タイムス」で編集された一部が流れたキッシンジャーのインタビューがまんま見られる。
4/17(土)16:00~16:50、NHK-BS1「アメリカで最も危険な男 ダニエル・エルズバーグの回想(前編)」
4/18(日)同上(後編)
4/20(火)0:00~0:50、NHK-BS1「マーガレット・サッチャー 裏切られた"鉄の女"」
4/23(金)0:00~0:50、NHK-BS1「キッシンジャー アメリカ外交秘話を語る(前編)」
4/24(土)同上(後編)

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欧州文化首都「ルール地方」

 今年の「欧州文化首都」に指定されているドイツのエッセンを中心とするルール地方についてのルポが、時事ドットコムの特集に掲載されている。産業史跡を中心とする、この地方の文化的側面がよく理解できる。
(注)「欧州文化首都」=EU(指定開始時はEC)が1985年から指定してきた「欧州文化都市」が1999年に「欧州文化首都」に改称、EU域外の欧州諸国の都市も選ばれるようになった。その年限りの指定で、近年は複数の都市が指定されることも多く、今年は、ほかにトルコのイスタンブール、ハンガリーのペーチも指定されている。EUの後援のもと、指定された都市で様々な文化行事が行われる。一都市に留まらない「地方」としての指定は、今回のエッセンとルール地方が初。欧州文化首都の簡単なリストはこちら

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ASEANと死刑

 中国での死刑が気になって以前ここで書いたが、新聞を読んでいて、ことは華僑世界というか、中国系が多数、あるいは少数でも有力な国々に広がることに気づかされた。みな儒教圏だからという、安易な文化論では説明にならないだろうが、刑法上は似ているところがあって、シンガポールやマレーシアでも麻薬の所持や密輸で死刑になりうる。実際の法律の運用で中国ほど簡単に死刑を執行しないだけだ。だから他のASEAN諸国は、自国が犯罪者の吹きだまりにならないように、その流入を防ぐために厳罰を解けないという。いずれにしても、中国を過度に特殊視もできないようだ。
 つまり、仮にカトリックの影響力が強いフィリピンなどで死刑停止の方向に進んでも、ASEANという固まりでは、その方向に進むことは想像しがたいということになる。ASEANがわれわれの予想以上に地域統合を深め、ASEAN憲章も存在するなかで、それでもEUとは違った、人権や民主主義への取り組みがでてくるわけだが、それ自体を今すぐ、「EUに比べて足りない」式の議論にしなくてもいい。むしろ、イスラーム法学の影響も含めて、ASEANという固まりがこの易しくない問題をどう解くか、これからが見ごろである。

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やそだゼミで読んだ本、読んでいる本(5)

Superclass
 私は学部の1年生のゼミでは「福祉」を、2年生のゼミでは「グローバリゼーション」をテーマに輪読用のテキストを選んでいる。自分に課している課題は、自分の狭い関心で選ばないことと、「ネヴァー・リピート」、同じ本を次の年に繰り返さないということである。前年度の2年生ゼミで使った、ジャック・アタリ『21世紀の歴史』(林昌宏訳、作品社)は、私自身かなり面白かったので、繰り返したかったが、安易に流れないように、自分自身も常にチャレンジの姿勢で学びたいので、本を変える。
 2年生のゼミはコースを選択した学生が、さらに卒論研究に向けて3年のゼミを決めるための準備だから、社会科学の入門というか、本の読み方は1年生で学んでいるので、社会科学的な関心での情報収集、分析が鍵になる。だから、私はあえてジャーナリスティックな本を選ぶ。
 今回は、デヴィッド・ロスコフ『超・階級(スーパークラス):グローバル・パワー・エリートの実態』(河野純治訳、光文社)を選んだ。ジャーナリストの本だが、著者は商務省高官として国際交渉も行い、大学や財団の研究者としての経験もある。アカデミックなことは期待しないで読み始めたが、序論で、ちゃんとエリート論の古典、ライト・ミルズ『パワー・エリート』(邦訳、東京大学出版会)を踏まえて、その時代とは大きくエリートの姿が変わった現状の叙述と分析を始めている。著者が学んだコロンビア大学での入門的な講読の授業では、ミルズの本は人気テキストだったというから、私がロスコフを選んでも、そんなにおかしくないのではないかと思った。
 この本には、世界を動かすグローバリゼーションのただ中にいる各界の人物が登場するだけでなく、その背後にある組織や社会構造も明らかにしていて、国際情報の収集入門としては、とてもいい本だと思った。学生には、ここに出てくる人物(政財界の大物からアンジェリーナ・ジョリーまで)を調べさせ、毎回2人ずつほど紹介させる。ただし、アメリカ歴代大統領は常識の範囲なので、カット。すべての登場人物について、その人の著書や伝記があれば、日本語の本については、リストを作らせ、ウェブで海外情報を調べさせるために原著の索引を固有名詞の綴りの確認用に渡した。
 しかし、最も重要なのは、こういうエリート層の影響力のもとになっているものは何かを考え、彼らの思考を理解することである。たとえば、この本に出てくる人たちにプライベート・ジェットを使う人が少なくないが、それは必ずしも個人的な贅沢のためではない。その答えは、この本で。

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奇書『ギリシャ共産党は主張する』

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「活動家集団・思想運動」編・訳の『ギリシャ共産党は主張する』(スペース伽耶)という変わった本を見つける。英語を通しての重訳。編者も、出版社もどんな集団なのか、あとがきを読んでもはっきりしない。不破哲三のギリシャ共産党理解を批判的に見ていることは分かった。左翼だが反日共なのだろう。
 ユーロ危機に際してのゼネストに元気づけられて、〈帝国〉批判をギリシャ左翼の声を使って行おうとしているのだろうが、ギリシャ社会に深く根づく腐敗や統治のまずさの責任の一端は、共産党や労組、一般国民にもあるはず。そこに斬り込まずに、どうする?
 珍しい本を作ってくれたことには感謝するけれど、やはり便乗商法に思えてしまう。

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4月6日夜のテレビは外交漬け

 4月6日(火)のための備忘録。夜8時からNHK BShiの「プレミアム8」の「世界史発掘!時空タイムス」でキッシンジャー外交の特集。夜10時55分から、NHK総合の「爆笑問題のニッポンの教養」に明石康氏が出演。

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松下政経塾の内部映像

 教育機関とその卒業生の成果との関係は論じるのは、難しい。本当にその機関のおかげなのか、本人の努力なのか見極めるのが難しいからだ。しかし、誰が見ても明らかに成果を上げている機関というのはあって、数多くの国会議員を輩出している松下政経塾はその例である。
 当初、創立者の松下幸之助氏が党派を問わず、優れた政治家を養成するとして、この学校を作ったときには、学校で政治家が作れるか、と批判的な見方もないではなかった。しかし、どの大学や学部よりも成果を上げている。これだけの数の議員を出している機関は、中央官庁以外にはないはずだ。民間教育の成功例として、もっと記憶されていい。
 これまで活字メディアでは情報があったが、今日、初めて内部の映像をテレビで見た。日テレの「バンキシャ!」がその教育活動を紹介していた。
 それにしても、元検事のコメンテーター、今日もぶち壊しのメチャクチャ・コメント。司会の福澤さんと鈴江アナがかわいそう。

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中国の死刑がなぜ恐ろしいか

 中国が覚醒剤密輸の日本人に死刑を適用する旨を連絡し、日本から岡田外相や菅副首相が慎重な対応を求めている。世界最大の死刑実施国、中国の刑罰が覚醒剤の所持でも死刑になりうるということも異常だが、このことよりもっと怖いのは、誤って、あるいは意図的に、覚醒剤所持とされれば、われわれの誰もが中国で殺される可能性があることである。
 以前、この頁で、私が子どものころ見て、初めて国家や政治の恐さを知った映画『カプリコン1』について書いたので、繰り返しになるが、この映画では、火星着陸を映像技術で偽装した政府の陰謀を暴くジャーナリストに警察が踏み込み、麻薬を警察が自らその住居に置いて、麻薬所持として逮捕するのである。この映画では、警察が指紋をつけさせるために瓶を持たせたりもしたかもしれない。(この点やや不確か)
 今回、中国で逮捕された人々は、本当に犯罪を犯していたのかもしれない。しかし、だから死刑になっていいと簡単に切り捨てることはできないのである。実はこれは他人事ではない。
 真の意味で法治国家でない国では、誤認逮捕や意図的な逮捕が起きうる。誤認でも捕まったら、その後はまともな扱いは期待できない。中国でなくても、例えば、アメリカ人が中南米の国で誤認逮捕され、アメリカでは考えられないような、人権を無視した劣悪な刑務所に送られ、不当に長い刑期を過ごした例が、CBSのドキュメントで放映されたことがある。国際法は原則、内政不干渉で、特に犯罪人(および、無実でも「犯罪人」とされた人)に対しては、介入は難しい。それどころか、国際的「逆ギレ」であるとして平然と批判される可能性もある。
 アメリカや日本でも死刑判決が出る可能性のある重罪、例えば、殺人なら、自分がしていなくて、国家により意図的に犯人に仕立てられても、偽装する権力側も相当周到に準備しないと、馬脚を現す。しかし、所持の偽装は簡単だ。その物品を本人に触らせたり、実際に吸わせて尿を採取すれば、物証も取れる。さらに、政治犯として裁きたいが、それができない場合でも、単なる薬物使用者として死刑にすることも可能である。だから、恐ろしい。

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病院と薬局で考えたこと

 4月1日、新学期に備えて、心配なところをチェックしてもらうため、これまで行ったことのない大きな専門病院に行ってきた。その病院は、脳神経外科や循環器外科など診療科を幾つかにしぼった専門病院(病院名は伏す)で、はっきり言って、総合病院にはある小児科と婦人科がないので、中高年中心の病院である。医師もちゃんとした説明をしてくれるし、質問にも的確に答えてくれる、いい病院だった。
 玄関にいきなり、本日より、脳神経外科の医師が一人やめたので、同じ科の縮小・再編を行う、という張り紙があった。カウンタでも馴染みの先生が辞めたことを知ってとまどっている人がいた。ここでも医師不足かと思ったが、大きい病院で、出勤表を見ると、たくさんの医師がいるので、全国的な動きとは区別が必要なようだ。むしろ、この病院は専門分野では設備が充実しているようで、より専門的な医療に特化することが行政からも求められているのだろう、患者の地元にある専門医を紹介すると書いてある。確かに、日本のように、いきなり大病院にも小病院にも、どこに行ってもいいというのは、ちょっと海外でもない、問題のある体制である。イギリスでは、ホーム・ドクターが診て、手に負えないのだけ大病院に委ねるし、ドイツでは、医者が十分なところには開業を制限し、医者不足のところで優先的に認める。
 病院自身が季刊のパンフレットを作っているくらい、よく整っている。そのパンフレットで、大学に大学評価・学位授与機構があるように、病院にも今は日本医療機能評価機構があることに気づく。その基準のヴァージョン○(病院が特定されるので、番号はここでは書かない)指定を受けたとあった。全国にも限られた数しかないようだから、これは誇りなのだろう。詳しく知らないが、ヴァージョンという言葉は、あるいは、「優良」などと書くと、他が「不良」のように見えてしまう(そうすると誰もそこに行かなくなる)ので、到達度のように表しているのではないだろうか。
 報道にあったように、1日から全国で義務づけられる、詳しい明細書が出た。この病院では、すでに昨年からできていたようだ。
 その病院の外には、大きな処方箋薬局が2軒もある。大きい方の薬局は、真ん前にあり、ピンクのブレザーの制服を着た案内係の女性がドアの前に待っていて、こちらは水の流れのように自然に中に案内される。中はカフェかレストランのようにガラス張りで明るく、机と椅子が多数あり、患者というより客は、各テーブルで待っていれば、向こうから薬を持ってきて説明にくる。お茶も出た。薬局で茶が出たのは初めてだ。
 ひょっとして、と思うのは、接客の有名な先生で、「エチカの鏡」にも出た平林都さんという人の影響ではないかと思った。この方は、伝説のマナー教師で、病院もサービス業である以上、待っている人にはお茶の一つも出さないのはおかしいと、指導した病院(私が今回行った病院ではない)でお茶を配っていたのである。
 別にお茶が欲しいわけではない。しかし、診察などを過ぎた後は、ちょっとうれしいかも。でも、日本的な行き届いた配慮に慣れすぎると、ずぼらな(大らかな?)海外に行ったとき、変になる気もする。

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新年度の目標

 新年度はQOLを向上させたい。すべての前提として、痩せる。エイプリルフールではない。

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