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憲法について私が授業で話していること

 まもなく今年の憲法記念日が終わる。私個人の印象論でしかないが、今年ほど憲法論議が低調だった年もなかったのではないかと思うくらい、静かである。普天間基地の移転問題で徳之島の3町長との会談を控えた鳩山首相は、それどころではないとでもいうのか、憲法について何のメッセージも出せなかった。閣僚たちの多くは外遊し、この日を含む連休を各地域により違う時期に休日取得することがもっぱら経済的な計算から検討されている。党の綱領に自主憲法制定を掲げる自民党も50年間一度も改正できず下野している。しかし、憲法こそはこの国の民主主義の基礎、他の祝日は全部飛ばしてもいいくらいの重要性がある日だったはずだったである。
 新聞各紙も今ひとつ。護憲リベラルの雄だったはずの朝日は、ギリシャ財政危機(それ自体は重要でないとはいえないが)で紙面を埋め、憲法関連は薄っぺら。読売や産経は少なくとも政治家へのインタビューや座談会を掲載している。最も本質的な問いをしたのは、東京。一票の重みや国民投票法への取り組みの薄さ、国民投票法が想定しているはずの投票年齢の18歳への引き下げへの取り組みの薄さを指摘している。
 私は例年、ヨーロッパの比較政治を扱う授業の3回目が連休前最後のコマになるので、比較憲法をそこで必ず扱うことにして、せめて憲法記念日だけは、憲法のことを少しは考えよう、と言うのだが、いい大人たちがこの有様では若者たちに憲法のことを考えよというのも無理な話かもしれない。今年は特に自分が言った言葉の空しさを感じた。
 もちろん、私はまず学生たちに、改憲でも護憲でも皆さんの考えは自由だし、特定の考えを押しつけるつもりはまったくない、ただ、このテーマを語る私自身もこの問題では中立的ではあり得ないので、その点を注意して聞いてほしい、と断ってから話すが、根本的に聞かれれば、私自身の考えは公明党(支持者ではない)の「加憲」に近い。つまり、環境やプライバシーなど新しい権利を追加するが、根本的な改憲はしないということである。
 ただ、問題となる憲法第9条については、戦争放棄はともかく、「戦力不保持」という、現実と完全に乖離した文言自体は変えたほうがいいと思っている。「自衛のための戦力のみ」保持と改正しても、自衛戦争の可能性を排除できないという人もいるが、憲法の条文が現実性を失うと、生存権など人権規定の実現の要請も緩んでしまう。書いてあっても難しいことはやらなくてもいいじゃん、すぐできなくてもいいじゃん、ということでは、憲法の憲法たる基礎が緩んでしまう。だから、ドイツはPKOに関して憲法判例まで作って派兵を可能にしたのだが、これすらも、だから9条を変えてはいけないというふうに解される傾きがこの国にはある。だから、私はあまりにも頑なな護憲派は、人権重視とは思えない。今日のPKOがまさに人道のために介入すら想定している世界的な流れとも反する。
 日本国憲法にはない「庇護権」(asylum)については、必ず言及する。イタリアやドイツなどに規定のあるもので、政治的迫害を受けて逃れてきた外国人をその迫害を受けた国に帰国させてはいけない、という民主主義や人権の根幹に関わる原則である。たとえ、今日では、この条文があるがゆえに、もはや表玄関から入れない経済移民も難民審査を受けるためにまずは政治的迫害を受けたと言ってしまうという、ややこしい事態を起こしているとしても。
 憲法前文には、翻訳調だという批判もあるが、ヨーロッパの主要国の前文や条文とシンクロするところもあるし、たぶん日本独自では書けなかった普遍性を持つ、ある意味で希有なチャンスが活かされた文である。私は、安倍内閣が改正した教育基本法も、もとの文言のほうが教育のよい意味で理想主義的な内容が表れていてよかったと思っている。旧法の第1条のなかにあった「真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた」をなぜ削除したか、旧前文のなかにあった「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」という文言をなぜ「伝統を継承し、新しい文化の創造」という陳腐な内容にしたのか、いまだに納得がいかない。
 つまり、憲法には、中曽根元首相などの言うような、日本の風土の美しさや愛国心などの情緒的なものを入れるべきではなく、普遍的な理念を示すべきなのであり、憲法は日本国の基本設計図であると同時に、世界に対してこの国はこういう考えでできていますよ、というメッセージでもあるはずである。
 だから、法学部でなくても、文化的なことをテーマに勉強する学生にも、自分のこだわる国の憲法くらいは読んでおいてほしい、と「世界憲法集」(現在、日本語で入手可能なもので3種あり)なども文献案内に入れ、図書館にも入れている。EU統合などの影響で、欧州各国では憲法改正が多く、この種の本も改訂が頻繁にある。三省堂の『新解説世界憲法集』も第2版が出た。

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