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Routledge讃

 いささか告白めいたことを書くと、私自身は自分を外交史研究者とも政治学者とも歴史学者とも思っていない。本当は最もやりたいのは、政治文化史とでも言えばいいようなものである。ただ、そんな講座や科目は大学では成立しないから、一応それぞれのフィールドのルールになんとか合わせようとはしている。日本では、こういうのは、現代思想系の人がやるのだろうが、あのペダンティックな議論や気取った文体にはついていけない。もっと歴史的にやりたいのだ。
 しかし、欧州の学風はさすがに懐が深く、私のような関心は全然珍しくない。それを痛感するのは、そういったテーマで本を探しても、欧州の出版物には必ず何かが見つかるためである。ヨーロッパの政治や国際関係論を研究する人にはおなじみのRoutledgeなどは、私や私のゼミ生のかなり難しいのではないかというテーマでも、浮ついた評論ではなく、しっかりした研究書がある。
 例えば、先日、この欄でフランスの「レジスタンスの歌」を歌った、アンナ・マルリのことを書いたが、アンナ・マルリでAmazonに検索をかけると、Fighting Songs and Warring Words: Popular Lyrics of Two World Warsという研究書がすぐ見つかった。
 グローバリゼーションをエンターテイメントからやりたいという学生の求めに応じて探すと、これまた、Brand Hollywood: Selling Entertainment in a Global Media Ageという本が見つかる。
 こういう政治と文化の境界領域を扱うセンスを日本で持っていたのが、『朝日ジャーナル』や筑紫哲也さんだったのだが、もはやどちらも存在しない。自分らで小規模でも少しずつやるしかない。

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