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小党マニア宣言

 小さな政党の情報を読むのが好きである。クソ真面目なものより変わったもののほうが面白い。政党が多いイタリア政治を追っているうちに、いつの間にかそうなったのかもしれない。
 ニューズウィーク日本語版では今週「今、読みたい本」とカバーストーリーになる特集は、国際版では既に8月9日号にWhat to Read Nowと出ていた。ブックリストはさすがの内容で、夏休みらしく現在の問題を時事情報に流されず、その本質を歴史に探ろうと、tea partyのような政府への不満爆発の大衆政治運動の多くの実例を過去のアメリカ政治史から集めた選書である。
 バリー・ゴールドウォーター(共和党保守派)、ジョージ・ウォレス(アメリカ独立党、アラバマ州知事)、ヒューイ・ロング(民主党、ポピュリスト、ルイジアナ州知事)、ノーマン・トーマス(アメリカ社会党)。小党マニアにはたまらない、関連書籍のブックリストだ。
 1年前くらいにわれわれがtea partyに気づいたときは、無名性の大衆運動だったはずだ。今はそこにGlenn BeckとSarah Palinという2人のアイコンがある。どうして、こうなっていくのか、やはり歴史にヒントを得たい。
 ところで、小党マニアというのは、私以外にいるかどうか分からないが、小国マニアは間違いなくいる。吉田一郎『国マニア 世界の珍国、奇妙な地域へ』(ちくま文庫)5年前刊の単行本が文庫になったようだ。植田健嗣『ミニ国家「リヒテンシュタイン侯国」』(郁文堂)は、マニアとお呼びしては失礼な、まじめな研究書。
 

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コッシーガ元大統領死す

 夏に逝く人多し。フランチェスコ・コッシーガ元イタリア大統領(終身上院議員)が死去した。「第1共和制の壊し屋」、大統領を辞めた後も終身上院議員として、独自の外交やときには中道新会派まで作って政権工作までしていた。
 その長い政治的余生は、キリスト教民主党の要職、内相、首相、上院議長を経て、56歳という最年少(イタリアの大統領は「50歳以上」でないとなれず、70代での就任も珍しくなく、まれに80代での就任もある)で大統領になり、大汚職事件で混乱の1992年、体制変革を進めるために、自ら任期前に辞任したというお騒がせ屋であったことによる。
 特に私が留学地フィレンツェに着いた1998年秋には、「オリーヴの木」プローディ内閣の総辞職を受けて、初の旧共産党出身首相ダレーマが選出される瞬間だったが、自ら中道諸派を糾合した新党「共和国民主連合」(UDR、後に分裂、解党)を組織し、その多数派工作をしたのが、コッシーガだった。彼は、冷戦期にイタリアで反共宣伝に使われた文句「共産主義者は赤ん坊を食べている」に因んで、それを時代遅れと笑うためにか、ダレーマに砂糖でできた赤ん坊の像を贈るなど、ユーモアと洒落っ気のある人物だった。実は、コッシーガは、同じサルデーニャ島サッサリの出身で、イタリア共産党の最盛期の書記長だったエンリーコ・ベルリングェル(ベルリングェル自身が貴族出身)のいとこでもあった。
 一方、影の部分もあり、CIAも絡む反共組織グラーディオの秘密活動が露見したときも、彼の名前が挙がった。謎も多い人物である。

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私と祖母の神保町

 私の祖母は、私の現在の勤め先である女子大の前身の職業学校の卒業生です。その思い出を大学のホームページにエッセーとして書きました。

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高岡と高松

 wikiには信頼性を欠く情報もあるけれど、自分が知っている項目もことさら引くと面白いことも書いてある。高岡市美術館は戦後、高松市美術館の次にできた公立美術館で、当時は、東京都、京都市、神奈川県くらいしか公立美術館がなかったという。高岡市美術館のHPでもこの事実を確認した。
 高岡市美術館は私が子どもの頃は高岡市立美術館といい、これは古城公園内にあったのが、移転した高岡高校の跡地に移ったときに改称されたわけだが、同じように戦後の公立美術館の走りである高松市美術館も同様の改称をしている。この「立」があるのとないののニュアンスの違いは何だろう。「民活」で民間の参加を期待しているのだろうか?
 高岡と高松をつなぐもの、それは工芸だ。納富(のうとみ)介次郎という人がいて、この人が現在の石川県立工業、富山県立高岡工芸、香川県立高松工芸、佐賀県立有田工業の4高校の前身である工芸学校あるいは工業学校を創立させた。とりわけ、高岡と高松に「工芸」の名前が残っているのがいい。
 高岡市美術館を古城公園から現在地に移すときに、同じ古城公園にあった図書館も近くに移し、高岡の文教街区を作る構想もあったはずだ。しかし、駅前に開発したビルに図書館を入れた。通勤客の利便性などは後付けの理屈でテナント不足の穴埋めだろう。あの一角は何をやっても振るわないデッドゾーンだ。
 図書館を駅前におけば利用者数は上がるだろう。しかし、軒並みシャッター通りになった末広町に図書館だけ置いて、何か文化的なムーブメントは起きたか?美術工芸と諸学の連携なくして、どうして文化の種を育成できるか?高岡にはもう高岡高校と高岡工芸しかない。中心街には大学はないのだ。

(最近、気持ちに余裕がないので、ちょっとした合間に140字以内で携帯入力も簡単な、ツイッターでつぶやいていたのですが、有名人でない限り、ブログのほうが多くの人に見てもらえます。で、数回にわたってつぶやく内容は、それをまとめてブログ記事にすることにしました。)

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