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コッシーガ元大統領死す

 夏に逝く人多し。フランチェスコ・コッシーガ元イタリア大統領(終身上院議員)が死去した。「第1共和制の壊し屋」、大統領を辞めた後も終身上院議員として、独自の外交やときには中道新会派まで作って政権工作までしていた。
 その長い政治的余生は、キリスト教民主党の要職、内相、首相、上院議長を経て、56歳という最年少(イタリアの大統領は「50歳以上」でないとなれず、70代での就任も珍しくなく、まれに80代での就任もある)で大統領になり、大汚職事件で混乱の1992年、体制変革を進めるために、自ら任期前に辞任したというお騒がせ屋であったことによる。
 特に私が留学地フィレンツェに着いた1998年秋には、「オリーヴの木」プローディ内閣の総辞職を受けて、初の旧共産党出身首相ダレーマが選出される瞬間だったが、自ら中道諸派を糾合した新党「共和国民主連合」(UDR、後に分裂、解党)を組織し、その多数派工作をしたのが、コッシーガだった。彼は、冷戦期にイタリアで反共宣伝に使われた文句「共産主義者は赤ん坊を食べている」に因んで、それを時代遅れと笑うためにか、ダレーマに砂糖でできた赤ん坊の像を贈るなど、ユーモアと洒落っ気のある人物だった。実は、コッシーガは、同じサルデーニャ島サッサリの出身で、イタリア共産党の最盛期の書記長だったエンリーコ・ベルリングェル(ベルリングェル自身が貴族出身)のいとこでもあった。
 一方、影の部分もあり、CIAも絡む反共組織グラーディオの秘密活動が露見したときも、彼の名前が挙がった。謎も多い人物である。

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