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「暴力」概念について:自民党へのレクチャー

 仙石官房長官が自衛隊を「暴力装置」と表現したことについて、自民党などから批判が集まっている。制服組が不快感を持ったという報道もされている。しかし、あまり自民党は感情的にならないほうがいい。見る人が見れば、自民党のほうの知的水準も問われる。
 むしろ、仙石長官は弁護士らしく、インテリくさい発言をしてしまったというのが真相だ。だから、正しいリアクションは、「あなたは評論家ではない!政府の責任者だ!」というべきであり、「暴力」という言葉の国民一般の浅い理解レベルに合わせて、あまり気取った分かりにくい表現をすべきでなかったというべきである。
 この発言に対し、自民党の谷垣総裁はツイッターで革命勢力なら使うかもしれないが、とつぶやいたが、これも不正確な知識である。それほど過激でない、左翼でもない普通の社会科学で使う、英語などヨーロッパ言語での「暴力」(violence)の意味に近い。これには、日本的な「暴力」だけでなく、強制力とか示威などのニュアンスを含む。
 たとえば、手元にある政治学の入門書(繰り返すが、左翼の本ではない)にどう書いてあるかというと、「紛争解決がゆきづまり、打開できない場合の最後の手段としてのみ、暴力、すなわち強制力が採用される。政府とは、所与の領域内で規制を行い、その規制を強制するに際して、暴力を排他的かつ合理的に使用する団体である。」
(C.A.リーズ『政治の世界』邦訳、p.6)
 政治学では、現実の力を冷静に分析するので、実力を行使して他人にその意に沿わないことを認めさせ、相手の行動を制約することは「暴力」という。その意味で国家や国軍が「暴力装置」であるという認識は間違っていない。
 もちろん、政府の責任者がこれを使うセンスは疑う。しかし、それはセンスの問題であって、責任の問題でない。
 むしろ、自衛隊員の立場に近づきすぎて、自民党側が「自衛隊は暴力装置でない」という答弁を引き出そうとするなら、それこそ、シビリアン・コントロールの否定になる。つまり、文民のほうが抑制すべき強制力の意味を深く理解していないということになる。哲学者からは笑いものになるだろう。
 だから、自民党は今回の発言であまり調子に乗らないほうがいい。明らかな議会軽視の柳田発言とは筋が違う。
 

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