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王立美術歴史博物館で目的が行方不明

 ベルギー滞在4日目は朝から雨、風も吹く。この天気では本屋や博物館しかないでしょうということで、この日はブリュッセルに留まり、昨年下半期のベルギーがEU議長国のときに作られた「ブリュッセルのなかのヨーロッパ」という観光リーフレットに従って、散歩コースをたどっていこうとする。
 このリーフレットにはないが、20年前に来たときは欧州委員会のビルの近くにEU本ばかりある書店があったなと思って検索すると簡単に見つかった。この「ヨーロッパ書店」は、実は1966年からあったらしく、20年前は欧州委員会ビルの手前にあったのが、今はサンカントネールの博物館群の裏のオルム通りにある。ここを散歩の起点にするとよいと思われた。小さな店舗だが、EUものだけなので、さすがに職業柄じっくり書架を見る。ハンガリー人の書いたリスボン条約の分析本と、ブリュッセルの新興のユーロ研究機関「ブリューゲル」の本、ユーロスケプティズムに関する本、地中海連合の前史的研究本を買う。オックスフォードの色々な新刊も気になったが、買うと荷物になるので書名を覚え、帰国しても入手できるか不安なものだけ買った。ネイホフやアシャーなど法律学術書専門出版の本は高いので、研究費で買う予定にして、今回はパス。サンカントネールに向かう通りには、ヨーロッパ各地の地方政府のオフィスがある。見かけたのは、エミーリア=ロマーニャ、ヘッセン、カタルーニャ、アキテーヌ。
 この後、サンカントネールの軍事史博物館でベルギー近現代史の復習をするはずであった。ところが、隣の王立美術歴史博物館に入ったが最後、半日出てこられなかったのである。
 企画展は「中世の死」葬式風景や中世の墓(骨入り)から死に関するさまざまな思想や美術表現まで、「死」のオンパレード、もう一つのエトルスキ人のバーチャル3D展示は本物のエトルスキ遺物をイタリアで腐るほど見てきた私には、子どもだまし。あんまり面白くない、食事をしたら本来の目的である軍事史美術館に行こうと、館内のレストランで美味しいランチを食べたら気分がよくなって、待てよ常設展示も見ていこうと思ったら、これがアリクイの巣にアリが落ちていくように引き込まれてしまった。私のそれなりに仕事に関係があったはずの「目的」は、大きな館内で行方不明になる。
 古代エジプトだけで百貨店のほどの1フロアを占領。ミイラの棺桶だけで20くらいもある。オリエントの粘土板、ギリシャの壺絵や彫刻、ローマの大きなモザイク画、中世の宗教画・彫刻、近世のタピスリー、科学史上の様々な道具、先史遺物と、ヨーロッパだけで早くも物量で疲労感。
 ところが、ヨーロッパ以外の世界中の文明の遺物がある。古代から近世までの中国は銅剣から唐三彩まで、ガンダーラなどインド周辺の仏像、チベットの仏教画、東南アジアの物品も多数。太平洋諸国の展示物にはバカでかいモアイ像があるかと思えば、アステカだけでなく数々の古代中南米文明、アメリカインディアン、エスキモーの民俗、イスラムの宗教画と陶器、一体これだけのものをどこから集めてきたんだと圧倒される。この館だけで16世紀くらいまでの世界史を全部教えられるわ。大英博物館やルーブルと比較してはいけないかもしれないが、それらに次ぐくらいのすごい博物館だ。
 観光ガイドは、ルーベンスやブリューゲルなど名画のある王立美術館は詳述し、この王立美術歴史博物館(原語は「美術史」でなく、「美術&歴史」である)についての説明は少ないが、この2館を合わせて、いわばベルギーにおけるルーブルのような存在なのだろう。つまらないと自分が思うものはさっさと通り過ぎたのに、出てきたのは午後の3時、もう軍事史美術館に行く元気はなく、欧州委員会のビルの見えるシューマンという地下鉄駅で戻る。欧州委員会ビルには元日のエストニアのユーロ参加を祝う垂れ幕が掛かっている。17ヶ国目だ。

Estonia

 夕食時に地元の人に好かれる書店で、アール(美術)通りにあるフィリグランに行くが、教養人のサロンのような作りでカフェが真ん中にあるが、通好みの選書はしてあるものの、決して大きな書店ではない。フランス外交官の本とリスボン条約のミニ本を買う。私はあまり好きになれなかったな。
 雨の中、さすがにもういいや戻ろうと思って、レストランの多いブシェール通りの店に入ったけど、パエリヤ(観光客目当てか、旧スペイン領だからか、やたら看板に掲げられていることが多い)で結構値段がかかってしまった。滞在中はもうパエリヤは注文しない。

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