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ドイツ・オランダの旅(2) エッセン

 アーヘンから再び国際特急「タリス」に乗り、向かったのがエッセン。今回は、デュッセルドルフやケルンにも行くのですが、これらの街をひとまず通り過ぎて、目的地のなかで一番奥にあるエッセンに先に向かったわけです。
 アーヘンでは、駅前のホテルに荷物を下ろすと、すぐにトラムに乗って世界遺産ツォルフェライン炭鉱遺跡に向かいました。このトラムに向かうアーヘン中央駅の地下道に素敵な電飾の壁があって、様々な色に変化し、しかも道も曲線でうねっていて美しかったです。
 トラムを降りると、いきなり写真で有名な、あの「ツォルフェライン(関税同盟)」という字の入った炭鉱のタワーがお出迎え。その奥に歩いていくと、いきなり4階に連れて行く長いエスカレーターがあり、これに載るとルール博物館の入口に着きます。
Zollverein
 この博物館自体が炭鉱施設の再利用で、入口の階にはコンベアや大きな機械がたくさん。それを過ぎると、階下に行く階段は、溶鉱炉の溶けた鉄のように光沢のあるダイダイ色。ここから全部見るのに3時間くらいかかってしまいました。
 まず、目を引いたのは、庶民の生活史的なアプローチによる、この地域の歴史の展示である。特に宝物でもないものが展示されていて、何かと思うと、それが実はこの地域の普通の人々の歴史をよく著しているのだ。
 例えば、かつてデパートでは、この地方に工場もある帽子がよく売れた。その売り子の女性の物語を、当時売られていた帽子(特に豪華なものではない)が語る。また、この地方のビール醸造技術者のハンスさん(中国の主要民族である漢族の「漢」=ハンと音が似ていて、それがよかったという)が引退後で中国で指導したビールが大成功、そのビールのラベル。イタリア人移民は自分たちの守り神に聖アントニオの像を造ったが、その像。
 この地方の石炭と鉄鋼については、詳し過ぎるくらいに勉強させてもらった。クルップ、テュッセンというこの地方の主要企業を興した企業家たちの立派な肖像や彫刻もある。フランスがルール進駐したときの反発を示すビラやポスター、ヒトラーとムッソリーニがこの地のクルップ社を訪ねたときの映像も、目を引いた。
 エッセンの街なかには巨大なシナゴーグがあり、この地のユダヤ文化について考えさせてくれます。ガザ侵攻に対する抗議に備えてか、表には警察がテントを張っていました。
Essensynagoge
(この項は書きかけです)

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