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ウェストファリアへ

 3日からドイツ北西部を観光旅行しようと思っている。きっかけは、国際関係論の授業で毎年教える宗教改革やウェストファリア条約の説明に使う歴史的絵画である。
 宗教改革の決定的な場面というのは、ルターの95か条の掲示よりも、ウォルムスの帝国議会でのルターの不服従だったと思っている。その場面を描いた同時代に近い絵は、しかし、あまりにも当時の古い筆致で描かれ、今日から見ると分かりにくい。文学部史学科でなく、国際学部で教えるので、原型に近いものよりも、むしろ状況がよく分かる後代の絵のほうが説明には使いやすい。そこで選んだのが、ドイツ好き以外にはあまり知られていないが、ゴスラー(ゴスラル)という世界遺産の街にある皇帝居城の絵画だった。これは、今のわれわれが見ても誰が誰か分かる。というのも、我々がよく知っている登場人物たちの個別の肖像画を見て勉強して描いた絵だからである。この絵からたまたま知ったゴスラルを手元の中世史の文献(私は西洋史学科卒で西洋史には進まなかったが、当時入手した本が幾らかある)で調べると、結構当時は重要な街であったことが分かった。その近くにやはり中世史文献によく出てくるブラウンシュヴァイクという街も見ることにする。
 ところで、どうやって行くか調べると、最寄りの空港はハノーファーだという。ハノーファーはウィーン会議(1815年)の結果、王国になったので、王国昇格200年である。このことを気づかせてくれたのは、歴史書ではなく、商売道具に近い、山影進先生の教科書『国際関係論講義』(東京大学出版会)だった。主権国家にはいろいろあるよという記述で例に引かれている(p.23)のだが、たまたま昨年がハノーファー公国と英国の同君連合結成(1714年、1837年解消)300年でもあったということで、これも絡めて、ここを起点に周囲をめぐることを考えた。
 そして地図を見ると、ウェストファリア条約の調印地、ミュンスターとオスナブリュックがそう遠くない。よく歴史書の挿絵に使われるテル・ボルフの「ミュンスター条約の批准」という絵(タイトルは本によっては「ウェストファリア条約の調印」となっているものもあるが、同じ絵である)に描かれた場所、ミュンスター市庁舎の「平和の間」にも行ってみたくなった。この辺は第二次世界大戦の空襲でかなりやられてしまって歴史的な街並みはほとんど再現だとも聞く。ただ、そんなことを言えば、日本の寺社仏閣でも原型のままというのは少ないのであって、むしろ忠実に再現されているなら、空間の大きさとかが分かるし、まわりの風景などもイメージを得るには重要だ。
 昨年、カール大帝死去1200年の記念行事を見るため、アーヘンを起点に、ケルン、デュッセルドルフ、エッセンを旅したが、エッセンに着いたとき、もう少し先に行けばミュンスターだと思いながら、マーストリヒト、アムステルダムのオランダ行きを優先したのである。だから、今回は前回の連続の意味もある。実際、去年との歴史的なつながりはあって、ちょうどこの辺はフランク王国とその他の民族の境界地域で、カール大帝が勢力を伸ばしつつ、司教座教会などを作っていったところなのである。
 後は旅立ってから、書こう。
 

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