« ドイツ北西部の旅(2) ゴスラー2日目 | トップページ | ドイツ北西部の旅(4) オスナブリュック »

ドイツ北西部の旅(3) ブラウンシュヴァイク

 ブラウンシュヴァイクという長い名前の町は、なぜか中世史に関する文献でよく目について気になっていた。今回の旅の前にプラーニッツの論文の邦訳(私の学生時代には、こういう中世史の研究文献が多く訳されていたのである)で30年ぶりくらいに復習したら、ドイツの都市の起源に二つあり、一つがburg(城砦)であり、もう一つがwik(商人居住地)であると書いてあった。このwikがブラウンシュヴァイクの「ヴァイク」と同じなのである。
 現在ではニーダーザクセン州第2の都市ということで、街は近代的だ。ただ、この街について、日本語情報は少なく、『地球の歩き方』でも1ページのみ、地図もない。とりわけ、フェルメールを持っている美術館が有名らしく、まずはここから攻めようと思った。といっても地図もないので、携帯のグーグル・マップで見たら、どうも「シュロス」(城館)と呼ばれるところが町の中心らしいので、そこに行ったら、道草の種ができた。
 この「シュロス」、地元のブラウンシュヴァイク公爵の宮殿だったらしいのだが、えらく大きく立派で、左側の翼に博物館があったので、思わず入ってしまった。企画展が公爵夫人(もちろん昔の話である)のマリーという美女で、そのポスターにも釣られた。あまり来る人もいないようで、日本人の私が入ったら、「どうして?」という目だった。
 この宮殿の歴史を短くまとめた映画を見ると、この立派な建物は実は21世紀に入って完成した最近の再建で、しかもそれまで2回にわたって戦争で破壊されているという。写真を見ると文字通り壊滅状態、瓦礫の山であった。
 この宮殿の近くにある、日本で人気のフェルメールの絵が1枚あるアントン公美術館は工事中で、長期休館中だった。
 意外に面白かったのは、州立博物館でやっていた、地元のブラウンシュヴァイク公爵でナポレオンのフランス軍と闘った人の企画展で、よく考えるとワーテルローの戦いやウィーン会議の200周年なのである。この公爵が戦死したのが、カトル=ブラというところで、その戦士のシーンと、ワーテルローの戦いのシーンの二つがミニチュアでジオラマになっていた。地元の人は前者に思い入れがあるのだろうけど、各国のたくさんの兵が軍団ごとにつくられたワーテルローのほうが外国人には面白い。
 この博物館には、地元の歴史の常設展があって、これがドイツ史のよい復習になった。

|

« ドイツ北西部の旅(2) ゴスラー2日目 | トップページ | ドイツ北西部の旅(4) オスナブリュック »