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「チリの闘い」を見て

「チリの闘い」3部作(90分×3)を見に来た。右派と米国に潰されたアジェンデ左翼政権のチリのドキュメンタリーで、撮影後に監督も軍事政権に捕まるが、フィルムは国外に出ていてセーフという奇跡のような映画。当時のイタリア共産党の危機感はチリの事情が分からないと理解できないが、この映画を数年前に見て感想を熱く語っていたのも、イタリア研究の先輩だった。
 第1部は右派側に注目した映像で、アジェンデ政権に対するありとあらゆる嫌がらせが連発される。それでも労働者のアジェンデ支持は衰えなかった。残った手段が、第2部の軍によるクーデタ。最後にアジェンデが残る大統領宮が空爆されるが、それまでの左派の分裂や混乱も出てきて、見ていて心が痛む。
 朝日の劇評が書くように、この映画の白眉は第3部で、これだけで一つの映画としても見られる。アジェンデの国有化路線を潰すために右派と米国が起こさせるストや買占めとそれに対する労働者の抵抗が、どちらもここまでやるかと見せられる。右派がトラックやバスを止め、工業・農業・小売の経営者団体がストをすると、労働者は工場や農地を占拠、自主管理して、職場には乗り合いで来て生産を続ける。しまいには直販や買占め摘発、「人民商店」までやる。後世のわれわれは彼らがいずれ敗れると知っていても、その健気さに感動する。
 1秒も退屈しない、超弩級の作品だった。

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シチリアのバスの中で

 この夏、シチリアを旅行したとき、アグリジェントからシャッカまでバスに乗った。前方でバスの運転手(日本ではあり得ないが、イタリアでは基本的に任された仕事=この場合は運転=をこなしている限り、それ以外のことは緩い。自分の好きな音楽をかけたり、客と大声で話す運転手もいる。もちろん、寡黙な真面目な人もいる)と客が大声で話していた。途中で若者とお年寄りの客通しがまるでイギリスのBrexitのように議論を始めた。
 若い方はどうもコムーネ(市町村)で仕事をしているらしく、「シチリアでは役所がEUや政府の補助金を使って民間企業を育成しないといけない」といえば、お年寄りは、「政府やEUの金が俺たちのためになっているか。生活状況は、50年代のキリスト教民主党の時代より悪いぞ。大体、なにが民営化だい。ここじゃ何をどこから買うかなんて、みんな決まっているような、しがらみだらけなんだ。シチリアが独立すればいい」若者「水でさえ、本土に頼っている。無理だ。」などと言っていた。
 シチリアをよく観察すれば、イタリア国内の南北の格差やEUに対する反感など、イタリアの抱える問題がよく表れているかもしれない。なにせ、この州は特別自治州で、現在の第1党は五つ星運動なのだから。
 面白かったのは、別の客が運転手に無駄話ばかりして遅れてるぞとケンカになり、運転手に、そんなに言うなら、別のに乗り換えてくれと言われ、本当に途中のターミナルで前後するバスに乗り換えたこと。なんか、イタリアに来たなあと変な感懐を持った。

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ヨーロッパの守護聖人たち

 マザー・テレサが列聖された。つまりコルカタ(カルカッタ)の聖テレサとなったわけだが、同時に彼女は毎年行われるカトリックの「世界青年の日」と自身が創設した「神の愛の宣教者会」(Missionaries of Charity)の守護聖人となる。
 この「守護聖人」(patron saint)が気になって勉強し直しているのは、輪講の「ヨーロッパ地域文化入門」で、これまで「ヨーロッパ統合の父たち」について話してきたのに飽きて、今年から「ヨーロッパのシンボル」という表題に代えたからで、聖ベネディクトを始めとして6人もいる「ヨーロッパの守護聖人たち」についても言及しようとしているからだ。もっとも、6人いてもメインはあくまで聖ベネディクトであるらしい。
 実は、聖ベネディクトがヨーロッパの守護聖人であると知ったのは、ヨーロッパ諸国が毎年共通テーマで発行している「ヨーロッパ切手」で「人物」をテーマとした年に、複数の国が取り上げたのがEUの父ジャン・モネとヨーロッパの守護聖人である聖ベネディクトだったからだ。
 私も一応、西洋史学の卒業なので、修道会などの重要性は知っていた。ただ、「ヨーロッパ」とは、ヨーロッパ人にとっても当たり前の認識ではなく、歴史的に形成されてきたものだ。また、カトリック教会についていえば、当然ヨーロッパでの布教に貢献したことが大きく、パウロ6世によってヨーロッパの守護聖人にされた聖ベネディクト以外の5人がヨーロッパの守護聖人とされたのは、ヨハネ=パウロ2世の時代であることもよく理解できる。北欧や東欧の布教に貢献した聖人もいることは、それぞれにヨーロッパ的役割を演じているからだろうが、このco-patronageというのが、なんとも興味を引くのである。
  ヨーロッパの街々を旅して、その街の守護聖人が誰かという話を聞くのは楽しいものだが、守護聖人にもいろいろあり、特定の職種の守護聖人もいるし、ヨーロッパの守護聖人の一人であるシエナの聖カタリナ(カテリーナ)のように幾つも「掛け持ち」している守護聖人もいるのである。

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イタリア&欧州100都市踏破を目指す、私的なこだわり

 海外旅行が好きである。若いときはお金がなくて、仕事に関係のない海外旅行はできなかった。ようやく40代後半になって、その余裕が少しできてきた感じである。また、それなりに責任のある仕事が増えて、これまで以上に仕事のストレス解消のため、休暇が必要になってきていることもある。
 同じ年代には100名山登頂を目指す友達がいるが、私も、イタリアが多数の個性的な都市で成り立っていることからよく言われる言葉「チェント・チッタ」(直訳すれば「100都市」だが、文字通り100に留まらない多さを含意)にならい、定年までにイタリアで100都市、イタリア以外のヨーロッパ諸国で100都市に行こうとしている。もちろん、これ以上の人もたくさんいるだろうが、老後にも備えないといけない(定年以降はあまり余裕はないだろう)ので、その中で自分で実現可能な目標としたものだ。
 もちろん、こんなことにこだわる必要はまったくない。ただ、一つ言えることは、私が職業的には国際関係論とヨーロッパ政治を教える大学の教師であることで、やはり大学風辺や本だけの知識でなく、いろいろな街を見たほうが、教師としてもいいだろうということ。もう一つ真面目な理由は、国境線が何回も変わり、人の移動も多いヨーロッパは国単位だけではとらえられず、個性ある都市をたくさん見ないとよく分からないということだ。
 街の数え方には私独自のルールを作っていて、その街の胆である何かを見て、1回以上食事したところ(ただし、孤立した遺跡など物理的に食事が難しいところを除く)を、基礎自治体(市町村)単位で1つと数え、明らかに一つの都市の延長部分に当たる街は数えず、単に通過しただけの街も含めない、というものだ。このルールを適用すると、現在イタリアが41、イタリア以外のヨーロッパが42であり、重い病気になったり、失職したり、日本経済が崩壊しなければ、14年後の定年までにちょうど達成できるだろう。
 どれだけ見ても分からないことはいっぱいある。全部知ることなどできないし、その必要もない。ただ、多く見たほうがいいことは間違いないだろうし、その方が楽しいだろう。

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