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シチリアのバスの中で

 この夏、シチリアを旅行したとき、アグリジェントからシャッカまでバスに乗った。前方でバスの運転手(日本ではあり得ないが、イタリアでは基本的に任された仕事=この場合は運転=をこなしている限り、それ以外のことは緩い。自分の好きな音楽をかけたり、客と大声で話す運転手もいる。もちろん、寡黙な真面目な人もいる)と客が大声で話していた。途中で若者とお年寄りの客通しがまるでイギリスのBrexitのように議論を始めた。
 若い方はどうもコムーネ(市町村)で仕事をしているらしく、「シチリアでは役所がEUや政府の補助金を使って民間企業を育成しないといけない」といえば、お年寄りは、「政府やEUの金が俺たちのためになっているか。生活状況は、50年代のキリスト教民主党の時代より悪いぞ。大体、なにが民営化だい。ここじゃ何をどこから買うかなんて、みんな決まっているような、しがらみだらけなんだ。シチリアが独立すればいい」若者「水でさえ、本土に頼っている。無理だ。」などと言っていた。
 シチリアをよく観察すれば、イタリア国内の南北の格差やEUに対する反感など、イタリアの抱える問題がよく表れているかもしれない。なにせ、この州は特別自治州で、現在の第1党は五つ星運動なのだから。
 面白かったのは、別の客が運転手に無駄話ばかりして遅れてるぞとケンカになり、運転手に、そんなに言うなら、別のに乗り換えてくれと言われ、本当に途中のターミナルで前後するバスに乗り換えたこと。なんか、イタリアに来たなあと変な感懐を持った。

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