i アプリでほしい植物図鑑・補遺

 以前、ここで i アプリに植物図鑑がほしいと書いたのですが、英語やドイツ語のアプリにはありました。Wild flowersというアプリには780種の野に咲く花があって、やはりそういうニーズはあるのだと分かった。ドイツ語のNature Lexiconは、一連のアプリで、私はこのうち「キノコ」(Pilzführer)の図鑑は、日本には自生しない種類も多いが、その形態が美しく、見ていて和むので、ダウンロードした。
 でも、やはり日本にある植物の図鑑がほしい。

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グーグルにノーベル平和賞を!

 突拍子もないと思われるかもしれないのですが、無理と分かって、あえて書いています。実は、ノーベル平和賞は、日本的な何もしないという平和ではなく、自由や民主主義、人権のために戦っている人々に贈られてきました。そこには、北欧の国らしい積極的平和(単に戦争がないだけでは平和とはいえず、圧政などの構造的暴力がある国は真の意味で平和とはいえないとして現状変革を訴える)の考えもあったと思う。
 ネルソン・マンデラ、ダライ・ラマ、アウン・サン・スーチー。こういう人たちに授賞することが、必ずしもその国の時の政権を覆すことにはならない。しかし、国際社会として、こういう人たちを素晴らしいと思いますよ、少なくとも西側(民主主義)の国々ではそう思っていますよ、という意思表示だったと思う。むしろ、確信犯的に論争的人物に贈ってきたところもある。
 アメリカですら、大っぴらに中国批判は難しいこのご時世、国家が無理なら、市民社会がグーグルを支持し、真の民主主義国でなければ、21世紀も世界のリーダーにふさわしい国になりえないことを、中国政府に、不断に、しつこく、あらゆる手段を使って、しかし、洗練されたやり方で、伝えていかなければならない。そうしないと、不幸なのは、実は中国国民である。

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ポポフ補遺

 恥を忍んで告白すると、私は気が短いせいか、国民的長編『坂の上の雲』を読んだことがない。全部、『週刊朝日』などからの間接的知識だ。前にここで、メドベージェフ・ロシア大統領が、イタリアのマルコーニよりも早い、真の「無線通信の父」だとしてロシアの物理学者アレクサンドル・ポポフを称えたことを書いたが、どうも当時の帝政ロシアが保守的で、ポポフの革新的な発見を利用できる形にできなかったことが、マルコーニの理論による無線を用いた日本に日露戦争で敗れる原因の一つになったようである。
 最近、メドベージェフやプーチンは、基礎研究の成果を応用、商業化できるようにするのが、ロシアの課題だとして研究拠点の予算を増やしているし、ポポフを引き合いに出すのにも、そういう問題意識があるのかもしれない。

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オープンコースウェアの衝撃

 4月から京都大学がiPodやiPhoneで一部の授業を視聴できるようにするというニュースが最近、各メディアに流れた。すでに東大、京大、早稲田、慶應などがタッグを組んで、先行するアメリカのMITからも学びながら進めている計画で、当初は学内の学生向けに始めても、ゆくゆくは広く学外にも利用されるものになるようだ。そういえば、ネットではすでに慶應の授業の幾つかを見ることができた。
 こういうサービスは、授業料を払っている学生の利益を害しないかという恐れもあろうが、iPodやiPhoneに流れるのは、多くは基礎・教養的な講義科目であって、専門のゼミや実験はむしろ大画面のネットで中継でもしないと無理だし、それを狙ってはいないだろう。それだけに社会人向け講座などには、逆に適している。
 iPhoneやiPodにはすでにiTunes Uというサービスがあって、映像もあるが、音声だけのものなどは案外無料でダウンロードできるものもあったりする。こういうもので面白いのは、「哲学入門」「政治学入門」などの基礎教養科目であって、たとえば、そもそも「哲学」「政治」とは何か、と定義するのは案外難しく、名門大学の教師ならどうアプローチするか、聞いてみるのは、教師にも参考になる。
 試みに英米の名門大学の講義(やはり多くは教養・基礎科目のようだ)を幾つか聞いてみた。大学の教員として、とても参考になる。オックスフォード大学の「初心者のための哲学」を聞くと、入門といっても、先生がメリハリのある声で一節語るたびに学生から鋭い質問が入る。先生が語り終わらないうちから、学生が何か言い出す、あの海外の大学の独特の雰囲気が伝わってくる。いい質問も悪い質問もあるのだが、どれも自分の頭で考えているという感じがあって、予想不可能な質問を快刀乱麻を断つように裁いていくプロの先生の仕事だ。時間は日本と同じ90分だったが、時間の半分は学生の質問、さすがとしか言いようがない。これが教養科目なのだ。
 一方、日本でも上記のような名門大学以外でも、すでに授業内容をネットでは公開しているところがある。ある無名の大学(さすがに大学名は書けない)が公開していて、その内容を見てみたが、ただ録画したという感じで、精彩のない老教授が学生への配慮も映像化することへの配慮もなく、淡々と授業をしているのを見たことがあり、これは逆効果になると思った。つまり、このような公開によって、「こんな授業の大学には行きたくない」と思われる可能性もあるのである。相当の自信と準備がないとできないし、やってはいけない。
 しかし、教師たるもの、自分の勤め先でやれる環境になったら、自ら率先して手を挙げるべきだろう。それくらいの気持ちがなければ、こうした公開が進んだとき、学生は他大学の優れた授業を見て、自分の大学の先生にがっかりするかもしれない。しかし、その逆もあるかもしれないのである。名門大学のなかにも自分の研究ばかりで教育に不熱心な人もいる。選りすぐりの講義を並べて、こんなにいい講義をしていますよ、という打ち方もあるし、そうすれば実際に授業がよくなる。オープンなFDのようなものである。
 もし、保守的で怠惰な教員が、そういうものは、すごい装置がある理系大学しかできないと高をくくっていたら、全然分かっていない。iPodやiPhoneのアプリや対応するデータの送信は、中小でもやれる規模だ。それだけ、コンピュータや周辺技術が向上しているのである。うかうかしていたら、名門はおろか、下に見ていた大学にも先を越されるだろう。
 

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ブロガーは現代のモラリスト?

 柄にもなく、前項で哲学書から引用してしまった。自分の身辺や自分の気に入った本の話とかを毎日ダラダラと書くブロガーって、現代のモラリストなのかな?モンテーニュ『エセー』のようなブログはあるか?

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i アプリでほしいもの:植物図鑑

 iPod touchに有料アプリの「色の辞典」をダウンロードする。「広辞苑」もあったが、8千円くらいなので、すぐには入れない。ほかにもほしいものがある。前回書いた仕事関係でなく、人生を豊かにするために。
 それは、「動物図鑑」「植物図鑑」の類。検索しても見つからなかった。種類が多くて画像データが重くなるなら、日本にもともとあるものや、基本的なものだけでも。旅先で、この花なんだろう、というときにつかえないか。そのためには、花の色による検索ができるといい。
 そこで思ったのだが、はたして、もともとある本のほうの植物図鑑で、白い花とか黄色い花とか、そういう括りの索引はあるだろうか。分類学的な科目でなくて、こういう索引もあってもいいと思うのだが。
 中学生のころ、生物の授業のために買った植物図鑑が手元に残っているが、受験や就職など、人生のキャリアにまったく関係なさそうな、こういう本を開くと、何か落ち着くのは私だけだろうか。

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iPod touch 増強中

 iPod touch に各種レファレンスをダウンロード中。前項で書いた『小学館伊和・和伊中辞典』に続き、『プチ・ロワイヤル仏和・和仏中辞典』、『デジタル大辞泉』(小学館)、『山川世界史小辞典』、Subway Mapなど有料アプリをiTunesで買ってダウンロードした。海外製のアプリで、ドイツ基本法とイタリア憲法も原文で入った。これからアプリを作ってほしいのは、『国際政治経済辞典』(東京書籍)、『政治学事典』(弘文堂)、『新・解説 世界憲法集』(三省堂)。こういうのが入れば、特によく使う辞典・事典を、オフィスと家に1冊ずつ置くなどしなくてもよくなる。『国際政治経済辞典』だけでも実現すれば、ものすごく助かるのだが。

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そして、電子辞書も不要になった

 iPod touch のアプリに「小学館伊和・和伊中辞典」が登場した。物書堂という会社が販売しているもので、4800円で、冊子版(2冊で1万4千円強)よりも安い。もちろん、同じ辞書の入っている電子辞書よりは、さらに安い。数年前に電子辞書を買ったばかりで、イタリア旅行の荷物が一つ減ったことを喜んでいたが、これだけ小型になるなら、もっと待てばよかった。これで、外国の図書館に入るときも、文献持ち込みもコンピュータ持ち込みの申請も不要になる。いっそiPhone も買ってしまえば、この時代、さすがに携帯を窓口に預けろというところはないだろう(電話自体は館内で使わないで、とは言われるだろうが)から、たぶん、どこでも大丈夫。

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iPad はゼミを変える!かも

 駒場の院生時代に周囲の影響でMac党になった私には、Appleから新製品の広告が次々届く。正直、めったに見ない。そう次々に出ても、いちいち相手にしていられない。Apple信者から見れば、iPhone は持たず、iPod touch に留めている私は、Mac党とも言いかねるかもしれない。
 しかし、今回は無視できない感じだ。新製品の iPad は、両手で持つとちょうどいい大きさのインターネットのできる回覧板のような、薄い板だ。これは、使い甲斐があると思う。少人数のゼミで、テーマにあったサイトをすぐ出して、回覧。コンピュータ室に行かなくても、教室を暗くしてスクリーンに映さなくても、気軽にみんなで回し読みができる。友人たちの気軽な集まりで写真を回覧もいいだろう。
 私には、iPhone よりも欲しい商品。ただ、まだ発表直後で、日本発売は少し後らしい。国内販売開始の通知を予約した。

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メモ帳を捨てられるか

 学部生の頃から、ずっとメモ帳を使ってきた。ところが、iPod touch を使い始めてから、メモ帳を使わなくなり、2009年はついにメモ帳には何も書かなかった。毎年同じものでないとイヤなので、ずっと『能率手帳』を使っていたが、今年はメモ帳を買うかどうか迷った。結局、買った。
 i pod touch は、使わない人には、携帯電話の i phone と区別がつかない。携帯を片手にメールを打っている姿は、通勤途上でも見るし、私自身もするが、あまり格好のいいものではない。i pod touch で書いても、メモ帳とまったく同じことなのだが、メモ帳が醸し出す、ひたむきさ、謙虚さ、熱心さというものがそこにはない。
 社会人になったとき、相手の話を熱心に聞くためにメモをとることを指導された人が多いと思うが、正確な記録をとるだけでなく、あなたの話を注意して聞いているという重要なコミュニケーションである。これが i pod touch ではできない。年に一回ほどでも研究者以外で学外の重要な人物に会うことがないとは言えない。その1回だけのためにも、メモ帳の用意は必要だ。
 日本社会でも電子機器には寛容になってきているだろうが、現在でも形だけ民主主義国のロシアと、非民主主義国の中国では、今だにVIPの談話等を高級官僚がメモをとっているシーンがニュースに出てくる。電子機器で使う細い入力用ペンを使えば、少しは印象がよくなるかもしれないが、それでは i pod touch を使う意味が減じるし、たとえ机の上に置いても、あまりいい感じは出ない。ゲームもできる機器だから、遊んでいるようにも見える。
 さらに、i pod touch での入力で漢字等はどうしても文字の変換が必要なので、私などは、やはり直筆メモほど早くは書けないのである。重要なシーンほど、もたもたしてはいけないのである。

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