射水市長選の結果
このページで紹介した、富山県射水市のマニフェスト選挙は、新人の夏野氏が現職の分家氏に勝ちました。同じ自民党系保守層が合併前の地域別に分かれて擁立した戦いで、国政レベルとは全然性格が違いますが、それでも現職を退けた30代の新市長誕生は、新しい風という感じがあります。
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このページで紹介した、富山県射水市のマニフェスト選挙は、新人の夏野氏が現職の分家氏に勝ちました。同じ自民党系保守層が合併前の地域別に分かれて擁立した戦いで、国政レベルとは全然性格が違いますが、それでも現職を退けた30代の新市長誕生は、新しい風という感じがあります。
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先日、閣議で神奈川県相模原市が19番目の政令指定都市になることが決定された。私が子どもの頃と要件が変わっているので、どの町が政令指定都市か覚え切れていない。
平成になってから指定されたのが、仙台、新潟、千葉、さいたま、静岡、浜松、堺、岡山なのだが、これらの都市には失礼ながら、仙台と新潟以外はどうも腑に落ちないのである。それまでの都市が人口百万都市ないしは圧倒的な地域の中心で、誰が見ても文句が言えない感じの町々だったせいか、どうもかさ上げの感がある。もちろん、これは一定以上の都市に自治権を強化する地方分権の流れといえるかもしれないが、静岡や岡山クラスの県で政令指定都市があると、逆に県などは要らないのではないかと思えてくる。相模原に至っては、周辺部にも圧倒的な存在感はない。町田と厚木の間の町ということ以外に何か知られているだろうか。せいぜい首都圏最大級のベッドタウンという話ではないか。三つも政令市があるなら、それらを強化すれば、神奈川県など要らないだろう。
サンデープロジェクトが明らかにした、橋下大阪府知事の(イメージと異なり、実は)深謀遠慮、大阪府の発展的解消こそ、まともな考えに思えてくる。
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超保守県である富山県の地方首長選でもマニフェスト選挙が始まった。県都・富山市と第2の都市・高岡市にはさまれた射水市(いみずし)であるが、これはもともと富山新港のある旧・新湊市と旧・射水郡(大門町、大島町、小杉町、下村)が合併してできた新市(合併後、市長選は2回目)だ。現職の旧・新湊市長に大門地区から立った新人候補(県議)が挑む地域間の競争が、この静かなる保守県で異例の動きになったようである。
新湊(しんみなと)は港町なので、地域的なまとまりが強く、時に県内の他では見られないような気合いが入る。港湾関係で旧・社会党系などもそこそこいて、県内平均よりはリベラルな町だ。地元の新湊高校が甲子園に行ったときなど、人口の5分の1?くらいが応援に行ったのか、町が閑散として「新湊がやってきた」と中央の新聞に書かれたくらいだ。このときは勢いでベスト8まで行ってしまった。普通、富山県勢は1回戦か2回戦で負けるのである。
大門(だいもん)は全国に知られたものはないけれど、一人著名人を出している。読売新聞の中興の祖にして日本プロ野球の基礎を築いた正力松太郎である。
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富山県の最有力地方紙『北日本新聞』が夕刊を休刊する。夕刊の創刊は1940年、戦争中に中断した後、戦後夕刊が復活したのは、奇しくも自由民主党が結党した1955年だという。全く関係はないが、自民党政権と同じ寿命だったわけだ。富山は自民党が負けない(今回は1区は負けた)超保守王国である。
もともと人口100万人程度の小さな県だし、メディア環境の変化からやむを得ないだろう。ただでさえ小さい市場に、ほかに石川県の『北国新聞』の姉妹紙『富山新聞』もあるし。持ち家率は全国一、生活保護受給率は全国最低なので、決して貧しい県ではないのだが。
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頭痛から覚めてNHK衛星第1で流れる各地のニュースを見ていたら、金沢の書店事情のレポートがあった。
金沢は私の生まれた高岡の親分筋(江戸から明治までは北陸の東京が金沢であり、北陸の大阪が高岡であった)に当たる町だが、書店事情は高岡で起こっていることが数倍のスケールで起こっている。つまり、中心街での書店の減少と郊外に大型書店という構図。
金沢の中心街、香林坊にあった「うつのみや」という書店は、私が子どものころの憧れだった。高岡の文苑堂より大きい富山の清明堂より大きい金沢の「うつのみや」、当時のコピーは「本のデパート」だったと思う。それが香林坊から撤退してずいぶん経つ。県庁近くや駅ビルの店舗は残っていたが、やはり郊外に重点を移していたようだ。しかし、今は、外商に力を入れ、金沢に著名人が来るときは、自ら会場に出向いて著書などを販売しているようである。逆に駅と香林坊の途中のもう一つの繁華街、名鉄丸越デパートのある武蔵ヶ辻では、近くの近江町市場に関連づけて食に重点を置いた新しい本屋もできたという。
しかし、状況が厳しいことは変わらない。今年の夏休みに行ってみたら、かつての「うつのみや」ほどではないが、とりあえず香林坊にあって、その代替にもなっていた中田書店(富山が基盤の書店)が撤退していた。数年前にはいったん金沢に進出していた大型書店ジュンク堂も駅前近くにあった店を撤退している。
高岡の文苑堂は中心街、末広町の店舗が専門書を置くのをやめ、軽くなった。富山の清明堂は近くの大和デパート内に紀伊国屋書店ができて無力化した。車に乗らない限り、高岡の中心にある私の実家からは、まともな本を買うには、電車で富山に行き、さらに市電で西町まで行き、紀伊国屋に行くしかない。さびしい。
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私は、よくここで書いているように、土産物屋(10数年前に閉店した今はなき母と祖母の店)の息子である。イタリア渡航中、ゼミの学生たちにちょっとした土産を買っていってやろう、と珍しく優しい気持ちになった。たぶん、ローマでもフィレンツェでも旧友に会えて気分がよかったからかもしれない。
しかし、土産というのは、存外難しい。まず、日本で簡単に手に入るものはダメ(例:ゴディバのチョコ)。嵩張る大きなものはもっとダメ(ヨーロッパ便エコノミークラスはスーツケースも20キロまで)。高いモノは金銭的にも厳しく、もらった者は恐縮する。学生に贅沢は禁物だ。かといって、あまりにもちゃちなものは、こちらの人格が疑われる。
迷っているうちに、コルソ通りでファブリアーノ(マルケ州アンコーナの近くにある紙で有名な町)の紙細工のショップを見つけた。きれいな紙製の小さなメモ帳(表紙が単色だが鮮やかだ)を7色のパックで売っていた。これを買うことにする。
ところが、私のゼミは15人なので、2パックで1冊足りない。だから、ゼミのためによいことをした学生に1冊ちょっとだけ大きいのを買う。
書店で売っている、ちょっとかわいい柄のしおり(アケーナという会社が作っている「モン・ジャルダン」というシリーズ)を1枚(これも12種類くらい違った柄がある)これに添えれば、なんとか形になるだろうと思った。意外に好評で、ほっとする土産物屋の息子であった。
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首都圏に出てきてからいつの間にか25年になった。会社勤めの2年余り以外は大学とその周辺にいて、途中大阪にも2年半いたわけだが、感情が入ったとき、言葉は富山弁になる。あるとき、父親と電話で話したあと、ゼミで(講義ではまずないが)いきなり富山弁で3分ほど話してしまい、自分で気づいて驚いた。たぶん、よく知る学生たちとの親近感で錯覚したのだろう。
ただ、富山弁がどんなものかは、なかなか説明しにくい。県民性を暴露する番組で、富山県出身の柴田理恵が語ることも、彼女が県中南部の「おわら風の盆」で有名な八尾(やつお、現在は富山市の一部、渡辺淳一『愛の流刑地』にも登場)出身なので、県西部出身の私には違和感がある。
しかし、立川志の輔は私の母の出身地、新湊(しんみなと、現在は射水市の一部)の生まれなので、富山弁を話すときは、かなり私の生来の感じに近い言葉だ。
よく、語尾や節目に「〜やろ(〜だろう)」とか、「〜やし(〜だし)」というので、関西弁に似ているかというと、大阪弁ほど強くないし、やや柔らかいところは、京都に似たところもあるが、それほど上品でもない。意味のない「〜が」がやたら入る。「先生、おやつにバナナは入るがですか?(おやつにバナナは入るのですか?)」
ネット上にも紹介がたくさんある、県内だけで有名な「富山弁かるた」を参考に、実際の会話や、単語でお教えしよう(迷惑か?)。ただし、県内にも微妙な差があり、ここでは、全県共通のもの以外は、県西部の言葉で紹介する。
会話で、たぶんいちばんよく使うのは、「きのどくな(気の毒な)。」ありがとう。相手に気を遣わせているという意識。贈り物をもらうときにも使う。
私がいまだに東京でもすぐ出てしまうのが、「な〜ん。」いいえ。短いヴァージョンもあり、「なん、ちご。」いいや、ちがう。「なん、ちごちゅが。」いいや、違うと言っているだろ。
「全然」の意味でも使う。「寒いがか?」寒いのか?「な〜ん、さむない。」ううん、全然寒くない。他県の人を迷わすのは、「なん、つかえん」。これは「使えん」ではなく、「(差し)支えん」の意味で、「全然構わない」。「この消しゴム使(つこ)てもいいがぁ?」この消しゴム、使ってもいいの。「なん、つかえん。」全然、構わないよ。
「〜したら」と勧める場合は、「〜られ」。「富山に来られ。」富山に来てね!(来たら?)。「〜せんまいけ」は、英語のLet's do it. (〜しよう)
「ねぐさい(根臭い?)」汗をかいた後、放っておいた服のように、なんともきつい臭さを表す。
以下は、特徴的な単語。
「おつくわえかく」正座で座る:柴田理恵の生まれた県東部では「おちんちんかく」と言う(テレビでも紹介)が、県西部ではこう言う。
「きときと」新鮮な
「ごんぎはん」お坊さん:「〜はん」は敬語。
「じゃまない」構わない
「ずらかして」「ずらかいて」どけて
「つんだって」連れだって、付いていって
「はしかい」賢い、ずる賢い場合にも使える。機転が利く、判断が速い感じ。
「ぼんぼする」おぶる
「わかはん」長男
こういう高岡(富山県西部の中心都市、東京と同時に市制施行した30数都市の一つ)の情報は、同じニフティで「姫」さん(私の恩師を「〜ちゃん」と呼んでます)が書いているブログ「折おりの記」に詳しいです。先週は、開町400周年を祝うイベントが行われ、勝野洋、浅野ゆう子が前田利長夫婦を演じたようです。カラー写真で出てます。
ところで、何でこんなこと書いたのかな。疲れているのかなぁ。
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ゼミの学生を連れて、那須湯本近くに来ていた。湯本に「鹿の湯」という古い温泉があるのだが、そこで硫黄泉に浸かったあと、山のほうを見ると、広々とした丘陵に多数の石が置かれている風景が目に飛び込んでくる。
あの世に行ったかのような、不思議な風景が広がっていた。普通の地蔵と違って、合わせた手を高く掲げて祈る千体地蔵。

賽の河原での石積みのように、大きい石に小さい石を縦に積んだ石群のいちばん先にある殺生石。親不孝な坊さんが熱泉で罰が当たったといういわれがあるようだ。
芭蕉も句を詠んでいるようだ。
最後に近くの神社に笑うくらいみごとなミズナラの樹を発見。その名前「生きる」。両手を挙げてヤッターと言ってるような元気な樹。面白い木なので、私と学生たちの健康を祈って、お賽銭を入れておいた。

この地は生死の象徴のような面白いコントラストを用意している。その中で湯浴みするわれわれ、生きている人間。
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総選挙気分を脱するために、総選挙ネタはこれで打ち切りにして、最後にこれだけは言いたい。
我が郷里、高岡(富山3区の中心都市)は今回も政権交代を選択しなかった。同じ北陸でも石川、福井は民主が小選挙区か比例復活ですべて通っている。いつまで保守と一緒に凋落を続けるのだろうか。いいかげんに変われといいたい。開町450周年を祝っている場合だろうか。東京と同時に市制施行した30数都市の一つだが、その勢いはもうない。
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