昨日、比較政治学会という学会でイタリアの政権交代について話したのですが、今日その学会が終わったあと、久しぶりで渋谷で映画を見ました。すばらしいことに渋谷のBunkamuraの映画館、日曜夜に千円で見せてくれるという素敵なことをしてくれていました。大阪の映画館もこういう洒落たことをしてほしいものです。また、東京至上主義の本音が出てしまった。
「トリノ 24時からの恋人たち」という映画で、もうずいぶん前から上映されていたはずです。まわりはリアル恋人たちでいっぱいでしたが、でなければ女性の仲良しコンビで、こういう映画はおっさん一人はなんとなく恥ずかしいです。
甘いラブ・ストーリーではないです。しかし、名作というものではないにしろ、見て納得のいく佳作でした。「佳作」というのは、なにか残念賞のようですが、言葉の原義に戻ると、「佳」の字は「よい」とか「よろしい」という意味があったはずで、ほめすぎにならないようにこの字を使いたいのですが、でないと、よくある「佳子」さん(いい名前です。私の小学校時代には同名の学級委員がいました)は「残念子」さんになってしまうはずです。
ひとつにはトリノのシンボルである塔(オリンピック中継でよく見ましたね)と、その中にある映画博物館がうまく使ってあったこと。イタリアでも日本以上に多い不安定な仕事に生きる若者たちの焦りや幻滅もよく現れていたこと。トリノ郊外のベッドタウンがよく描かれていたことです。
映画「トリノ24時からの恋人たち」日本語サイト http://www.crest-inter.co.jp/torino24/
モーレ・アントネッリアーナ塔を写すウェブキャム http://www.regione.piemonte.it/webcam/mole.htm
国立映画博物館(トリノ) http://www.museonazionaledelcinema.org/index.htm
観光的なイタリア紹介では、まるでイタリア人が中世の町並みが残る歴史的中心にたくさん住んでいるような印象を与えかねないものが少なくないのですが、イタリアでも労働者、庶民階級は大都市の周辺の殺風景な団地に住んでいるのです。ヒロインがその町の川辺を歩くと対岸に同じような形をした多数の団地が整然とたくさん並んでいて、都心からの路線の終点のバス停でさびしくバスを待つ光景なども、実は日本とよく似たところはたくさんあるのです。同じような町に住んだ経験からいえば、イタリアの間取りのほうが確かに日本より少し広いし、日本ほど家賃は高くはないです。ですが、日本人ほど電化製品その他を多数置かないので、別の意味で寂寞感があるものです。
実は、これは学会が終わったあとのまったくの遊びで見たのですが、神様は小さな偶然を用意してくれました。この映画のある決定的な場面でベルルスコーニの画像が効果的に出てきます。ベルルスコーニがどんな人か知っている人は笑えます。特に政治学研究者は絶対に。映画館の中では今ひとつ意味が伝わっていない感じでした。映画ですので、どういう場面かはネタばれになるので書きませんが、個人的には、昨日ベルルスコーニで自分の話を終えた一研究者には最大の週末の「落ち」になりました。
今日はよく眠れそうです。(社長@渋谷のネットカフェ)