Comme d'habitude 試訳

 前項の英語版 As Usual に刺激を受けて、My Wayのフランス語原曲Comme d'habitudeの日本語訳を試みました。ギリギリ歌えるように音数を揃えるため(それでも、さだまさしのように歌わないと曲に間に合わない)に、完璧な訳にはなっていない自由訳です。これで、少し原曲のニュアンスが、フランス語を読まない人にも分かるかと。

朝目覚めると 君はまどろみのなか
寒くないかと シーツを掛けても
髪を触っても 君は気づかない
背を向けるのさ いつものように

急いで着替えて 部屋を出て
一人でコーヒーを飲んで 出遅れる
家を出ると 空は灰色
寒くて襟を立てる いつものように

いつものように 仕事も
楽しいふりをする
いつものように 微笑んで
いつものように 笑ってみる
いつものように 生きていく
いつものように

 こんなことしてないで、仕事しなさい(母が天国から叱っている)という感じですが、私がブログを書くのは、たいてい、仕事で煮詰まっているとき、いつものように。

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私が最も好きな歌

 もう2,3年前にこのブログで書いたのですが、私が最も好きな歌は、My Wayのフランス語原曲であるComme d'habitude(いつものように)。有名になったフランク・シナトラの英語版と違って、原曲であるクロード・フランソワの歌詞には、英語版のような唯我独尊のニュアンスはなく、普通の人々のそれほど楽しくない日常を描き、しかしそれでも愛する人とはスマイルと愛でなんとか生きていく、といった内容の静かに心にしみる歌なのです。
 中学生のころ、NHKのFMのシャンソン番組で知って、田舎ではそのテープを虎の子で聴き続け、大学に入ってからCDで入手し、ずっと聞いていましたが、動画ではクロード・フランソワを見たことがなかった(わたしの生まれた頃にできた歌なので)。それが、最近、家に光を導入してからスムーズに見られるようになったYou Tubeで多数、発見。ごく最近まで、古い映像はあまりYou Tubeにはないと持っていたが、ひょんなことからキリスト教民主党の古い映像を見つけ、これがあるならと検索をかけたら、まさに感涙もの。クロード・フランソワの歌詞つきの動画(歌詞だけ後でつけたのでしょう)もありました。
 また、今回、英語の歌詞でAs Usualとフランス語の原曲に近い訳にして歌っている歌手(誰かよく知らない)を発見。これは、日本でも岩谷時子の詞、越路吹雪の歌で有名になった「愛の讃歌」が、エディット・ピアフの原曲のニュアンスから離れているとして、美輪明宏が独自の詞で歌っているのに似ている。
 英語の歌詞に近い日本語ヴァージョンも美空ひばりの絶唱が。海外でもすごさがわかるようで、中国語や英語の書き込みもあり。
 これらの良さが分かってくれたら、地球上のどなたでも我が友と呼びたい。そう言っても誰もうれしくないでしょうが。もし、やや太めの私がふいに死んだら、これを葬式にかけてくれれば、ほかに望むことなし。

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World in Union

 数年前の新潟地震で被災者の心を癒した平原綾香の「ジュピター」。この曲がホルストの「惑星」のうち「木星」の部分から取られたことはよく知られているが、昨晩、NHKの衛星テレビで流れたイギリスの男子校の合唱教師の奮闘ドキュメンタリーで、これと同じ曲が合唱曲として彼の地では定番になっていることを初めて知った。
 曲名をWorld in Unionといい、実はラグビーのワールドカップ開会式で1991年から採用されているという。その年にはオペラ歌手のキリ・テ・カナワが歌い、オーストラリア大会ではUnited Colours of Sound というグループが、フランス大会でもロベルト・アラーニャなど世界各国から選ばれた歌手たちが歌ったようだ。だから、ラグビーが好きな人はとうに知っていたかもしれない。
 ただ、今回知って少し感動したのは、チャーリー・スカーベックという人がつけた歌詞が、人種差別のない世界を期待したものであることで、i Tunes で探したら、いろいろ個性的な歌手や合唱団が歌っていることに気づいた。例えばSoweto Gospel Choir というグループは、ネルソン・マンデラ・シアターでライブした録音があるし、グルカ兵師団の演奏もあった。
 平原綾香がこれを知っていたのか、知らなかったのか分からないが、日本で個々人の心を癒した曲が、彼の地ではもう少しコスモポリタンで人類愛的な曲として歌われているということが、同じ優しく深い旋律の働き方の違いとして興味深い。

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「ブラ1」に関する思い出

 青学でドイツの過去への取り組みに関する講演を聞く。普通、研究者のブログではこういうときに何を聞いた、と書きそうなものですが、講演とか口頭発表は内容を書くと著作権に関わり、案外扱いが難しいのです。せいぜい書けて自分の感想ぐらい。ちなみにこの講演は、ドイツでの近年の研究動向をおさえつつも、一般の人が聞いても理解できる内容で、ぜひ政治家や全国の教員に聞かせたいと思いました。
 その帰りに書店の宣伝を見て『のだめカンタービレ』の最新巻を買い、帰りの電車のなかで読了。そのとき、ドラマ版「のだめ」でもとりあげていたブラームスの交響曲第1番、通称「ブラ1」について思い出したこと2点。
 私が数年間、非常勤で講義に通っていた西日本の大学ではチャイムの音がブラ1の「ターララララーララ、ターララララララッラ」というあの有名な旋律でした。学生になぜ君たちの大学では、これがチャイムなのか教えて、と聞いたが、誰も知らなかった。
 実は、この曲が私は大好きで、その理由の一つが、かつて『週刊文春』の阿川佐和子氏の対談記事で確か著名ピアニストのU氏(名前は分かっているのですが、以下の内容の記憶が不確かなので、明言しません)だったと思うのですが、「ブラームスは老いていながら、その心の中になにか若い頃を思い出し、ほのかに燃えるものを持っているところがいい」という趣旨のことを言われていたような気がする。これが音楽の印象とドンピシャで、30超して大学院生をしていた私は何か励まされました。さすが世界の舞台に立っておられる方は表現が違うという強い印象を受けたのです。このインタビューは残念ながら文庫化された対談シリーズには収録されていない。切り抜きもなくしてしまった。
 そして、さらに「ブラ1」の記憶にあるのは、NHKの「みんなの歌」で、ブラ1のサビを「風さえあれば、風さえ吹けば、気球に乗って〜」という替え歌にしたのがあり、子供の頃、いい歌だと思って、これがいまだに頭に残っていたのです。
 今回検索してみて、すぐ分かりました。ホルストのジュピターを替え歌にした平原綾香さんに遡ること、20数年、1978年でした。なんと歌っていたのは和田アキ子さん。編曲は三枝成彰氏。そりゃ印象に残るわ。「風の歌」という題名でした。

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